Episode05/創造

 道路の端に寄り、民家の塀を片手で触りながら移動する。

 起きる気配はないが、慎重に行かなければならない。いつ目が覚めてしまうかわからないからだ。

 夢の中だというのに、現実と遜色ないほど建物や道の位置が現実と同じ場所にある。


「砂風……飛んで行こうよ~。ノロノロしすぎ。牛歩かよ」

「いや、こうしてないと、なにかの拍子に目覚めてしまいそうで不安なんだよ」


 幽体離脱が終わるパターンは二つある。

 まずひとつは、覚醒し目が覚めてしまい肉体に戻されるパターン。

 そして、もうひとつは、意識がなくなり夢へと変わってしまうパターン。

 後者の場合も、結局夢から覚めて現実に戻されてしまうことは変わらない。

 家からまだ50mも歩いていない地点で、ようやく第一の十字路に到着した。

 左右の道路を見ると、なにやら現実にはなかった屋台のようなものが目に入った。

 現実では、あそこにはなにもなかったはず……。


「ちょっとあれ、たしかめに行こう」

「ん」


 十字路を左に曲がり、再び塀や壁に片手を付けながら移動を再開する。

 屋台に近づくにつれ、それがなんの屋台かわかった。

 たこ焼きだ。

 ジューっとたこ焼きをつくる音が耳に伝わってくる。

 ちょうどいい。前回のオレンジゼリー、あれが単純に薄かったのか、それとも夢の中ではどのような食べ物でもほとんど味がしないのか、確かめることにしよう。

 屋台まだたどり着き、塀から手を離し屋台の前に立つ。


「おじさん、たこ焼き二つ……?」

「ヘイ、マイド」


 たこ焼きをつくるのは的屋のおっさんだと相場が決まっている。と考え、相手をよく見ずおじさんなどと言ってしまった。それは謝るべき偏見だ。

 しかし、しかし、だ。

 これは誰にも予想できない。

 屋台でたこ焼きをくるくる回しつくっているのは、人間サイズの蛸だった。

 ……エイリアンにも見える真っ赤な蛸は、触手をうねうね動かし器用にたこ焼きをつくっている。


「砂風、砂風……蛸がたこ焼きつくってるよ……ぶふっ!」


 いやいやいやいや。どこに笑える要素があるんだよ?

 いくらなんでも夢だからって、こんなヘンテコな宇宙人みたいな人物? を出さないでいただきたい。

 というか、なんか眼孔怖いし……。


「ハイ、タコヤキフタツ、センエンネ」


 言いながら蛸は、たこ焼きを二つ袋に入れて手渡してきた。


「あ、はい。ありがとうございます……」


「センエン」

「え……あ……」


 どうしよう。そういえばそうだった。

 夢の中だから金銭なんて存在しないと思っていた。油断していた。

 でも……。

 僕はポケットをまさぐるが、当然そこには財布など入っていない。


「センエン!」


 や、ヤバい。なんか、蛸さんが次第に更なる赤赤に変色し始めた。

 口から白煙をヤカンのように吹き出す。「センエン!」


「す、すみません。手持ちないんで返します」

「……フザケルナー!」

「ひぃ! やっぱり!」


 蛸は突如膨張すると、屋台を破壊しながら大きく大きく変貌していく。


「オマエタチヲタコヤキノグザイニシテヤル!」

「ひぃいいいい!」

「うわ、気持ち悪ぅ」


 瑠奈はいつの間にか蛸と僕から距離を置いていた。

 あわてふためきながら、僕も急いで逃げようとする。

 が……。


「わ!?」


 なにかが足に巻き付き逆さ釣りの姿勢にさせられてしまう。


「タコヤキー!」

「瑠奈! 助けて!」

「んー……そうだ! ちょうどいいタイミングじゃん!」


 なにが!?


「砂風、その足に巻き付いてる触手を切断すれば助かるよ」

「だから切ってくれ! 瑠奈なら簡単にできるだろ!?」


 そう。瑠奈は空を自由自在に飛ぶだけではなく、風を操ったり凝縮して刃のように見えない剣を作り出したりすることができるのだ。

 だから、これくらいお茶の子さいさいなはず!


「ちょうどいい機会だから、なにか切れそうな武器創造しなよ。さあ、砂風が武器を作り抜け出すのがさきか、蛸が砂風を潰すのがさきか! 勝負!」

「ちょっとォおおお!?」


 くそっ!

 見慣れない屋台があったからって、近寄るんじゃなかった!

 武器……切れる武器、武器、武器……。

 パッと頭に思い浮かんだのは、ギラリと光るナイフ。


「タコヤキー! タコ! ヤキ!」

「だぁあああ!? ぶべっ!」


 触手に掴まれたまま僕は真上に掲げられたかと思えば、地面に一気に振り落とされ、未だかつてないほど強烈にコンクリートに叩き付けられた。

 幸い痛みはなかったが、こんなんすぐに目覚めちゃうぞ!

 今日は珍しく目覚めないでいてくれたが、次の一発が来たらどうなるかわからない!


「砂風砂風、視界に手を入れないようにして、武器を手に握っているのを想像して振ってみ? 多分、まだ


 砂風じゃ視界に入れたまま武器を創造するのは無理だから」


「うー! わかった、やればいいんでしょ!?」


 手を背後に回して視界に入らない位置に持っていく。そのままナイフの柄を握るように手を開き、ちょうどナイフの柄が掌の内側に収まるくらいの空間をあける。

 それをそのまま触手に向かって振り切る!

 これはナイフだ! これはナイフだ!


「タコヤキ?」

「へ?」


 たしかに、手元にはなにかが握られていた。

 それを眼前に持ってきて確かめる。


「つ……」


 柄しかねー!

 ナイフはナイフでも、ナイフの柄の部分しか創造できていない!

 当たらないはずだよそりゃあ!


「あ……」

「タコ~ヤッキ!!」


 ドスンッ!

 と、一際大きな音を立てながら、僕は先ほどよりも強く、強く、地面に叩き付けられた。同時に振動が辺りに伝わる。


「あーあーあーあー、まったくもう……」


 瑠奈が仕方ないなぁ、といった声を上げながらこちらに駆け寄ってくる。

 意識が遠退く。

 あ、目が覚めちゃうなぁ、これ……。

 最後に見た光景は、空を飛びながら触手を次々空気の剣で切断していく瑠奈の勇姿だった。

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