Episode04/飛行
空に月が浮かんでいるのが見える。星空が爛々と輝いており、冷たい風が、頬をやさしく撫でていく。背中にはコンクリートの感触。
またダメだったのか……いつになったら瑠奈みたいに飛べるようになれるんだろう?
「なにしてんだか……」
瑠奈が視界の端からひょっこり顔を覗かせる。
「いや……屋上からじゃダメだったから、なら、踊り場くらいの高さからなら飛べるんじゃないかなと……」
「……はぁ~」
瑠奈は大袈裟にため息を吐く。
「じゃあ、わたしからひとつアドバイスを提案しようかな? アドバイスというか、なんというか……とりあえず聞きたい?」
「聞きたい聞きたい!」
っていうか、そんな飛ぶためのコツとかあるんだったら最初から教えてくれてもよかったじゃないか。
僕は立ち上がり瑠奈に教えを乞う。
「まず、スタート地点の高さはぶっちゃけ関係ない」
「え……高いところから飛んだほうが成功しそうじゃない?」
「全然関係ない。わたしだって地面から飛んだでしょ?」
たしかにそうだ。前回、偶然僕が女になったとき、瑠奈は地面で僕をお姫様抱っこし、その地点からそのまま上空へと飛翔していた。
「問題は、砂風は多分、空にふわふわ浮かぶイメージでチャレンジしてる点だと思う」
「んん? あや、きちんと飛ぼうとしてるんだけど」
「違うじゃん。きちんとどこまで飛ぶか考えないで飛び出してるでしょ?」
まあ、飛び続けようと考えているから、どこまで飛ぶかなんて明確には決めていない。
「空中飛行と空中浮遊の難度の差は、想像よりも遥かに広い。だから、まず砂風は、簡単なほう……空中飛行からチャレンジしなくちゃ」
「ん? 違いがいまいちわからないんだけど……」
瑠奈は少し考えるそぶりを見せ口を開ける。
「空中飛行は現在地Aから目的地Bまで飛ぶ技術。空中浮遊は着地せずに現在地Aから空中に浮かんだままにする技術。って言えばわかりやすいかな?」
「現在地Aから目的地B……」
「あーもう。百聞は一見にしかず。実際にやってみよう」
瑠奈は周りのマンションや建物をぐるりと見ると、一番近い位置にあるアパートの屋上を指差す。
「あれが今回の目的地Bね? で」瑠奈は僕の足元を靴でカツカツ蹴る。「今砂風のいるその場所が現在地A」
「う、うん」
「AからBだけを見るようにして、一気にBまでジャンプ! 跳ぶような感じで飛んでみて? 目的地から目を離さないまま一気に飛んでみて」
「わかった。やってみる」
瑠奈にもらったアドバイスのとおり、僕は目的地ーーアパートの屋上を凝視する。そのまま現在地で大ジャンプするように跳ぶ。
すると……。
「おーっ!」
あり得ないほど高いジャンプ力。いや、違う。アパートの屋上目指して斜めに真っ直ぐ飛んでいた。が……。
「あ、あー……」
あとちょっとのところで止まったかと思えば、ゆっくり地面にゆらゆらと降りてしまう。そのまま地面に着地した。
「おしかったじゃん」
「うん……うん! 届かなかったけど、飛べた! 飛べたよ!」
凄い成長した気がする。以前までは毎度毎度墜落しかできなかったのに、きょう、僕は空を飛ぶことに成功したのだ!
「じゃあ次は届きそうだね。あと、コツとしては、本当に飛べるかなぁ、飛べなかったらどうしよう、落下しないかなーーみたいに、少しでもマイナスなことをイメージしたら、上手く飛べないから注意してね」瑠奈は無い胸を張る。「絶対に飛べる、飛べるのが常識、飛べると確信するのが一番大切だから」
「なるほど……ここは幽界」
肉体がすべてを支配する
つまり、思い込み、確信、強い意志が最重要項目。だからこそ、飛べるかどうか少しでも不安になったら失敗に終わってしまう。
瑠奈のおかげで、幽体離脱で一番重要なことがわかった気がする。
「ちょっともう一回チャレンジしてみるよ」
「ん。おっけぃ、わたしも後からついてくよ」
少し背後に下がり、先ほど飛んだ位置まで戻る。
そして、目的地を凝視。
今なら飛べる!
軽々とジャンプした僕は、そのままスマートにアパートへと向かって飛ぶ。
頬を切るやや冷たい風が心地好い。これが夢だと忘れそうになるくらいリアリティー溢れる世界。
今度は見事にアパートの屋上に着地。
感動で身震いしてしまう。
「よっ、と」
瑠奈も直後に隣に飛んできた。
「よかったじゃん」
「うん、やった! 飛べた! 僕は空を飛べたんだ!」
まだ、瑠奈みたいに目的地を定めず空中をふよふよ浮かんでいるのは無理だろうけど、それでも、それでも! 大きな一歩には違いない!
……なんだか調子がいいなぁ。
興奮したり目が覚めやすくなると云われている飛行をしたりしているのに、今日はまだまだ目覚める気配がしない。
「ねえ、瑠奈?」
「ん? なに?」
「まだ大丈夫そうだから、これから離脱時間を延ばすために地面に降りて、壁づたいに近所を歩き回ろうと思うんだけど、付き合ってくれない?」
「べつにいいよ。じゃ、行こっか?」
瑠奈は華麗に元居た地面に着地した。
僕もそれにつづき、地へと身を投げ出す。
が……。
「あれ、あれぇえええ!?」
てっきり、瑠奈みたくゆっくり静かに降りられると思っていたら、結構な速さで落下した。
幸い両足で着地したが、なんだろう……痛みがないからいいけど、これだと格好悪い気がする……。
「いつか、瑠奈みたいに空中を浮遊したり、華麗に着地したりできるようになれるのかな……」
「努力すればできるようになるよ。ま、がんばがんば」
こうして、僕は若干の悔しさを残しつつ、夢の世界の近所を瑠奈と一緒に見て回ることにしたのであった。
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