Episode02/幽体

 久しぶりに幽体離脱に成功した僕は、いつもどおりに部屋から出てリビングに飛び出した。


「あ、砂風……え?」


 瑠奈が僕の姿を見るなり目をまるくした。なにやら驚いている様子。


「久しぶりだから驚いた?」


 あれ?

 なんか声色が高い気がする。


「砂風、どしたの? 鏡見てきなよ」

「?」


 僕は言われるがままに鏡を見た。

 そこには僕ではなく見知らぬ女性の姿が映し出されていた。髪が長くなり、ツーテールのように黒髪を纏めている。

 あれ……?


「女の子になってる!?」


 急な出来事に対して思わず声を上げてしまう。

 なんで? なんで?

 いまだかつてこんな現象に遭遇したことはない。空も飛べず武器もつくれないのに、もっと難度の高い変身をオートでしたかのような現象に遭遇している。


「砂風ぇ……なに? わたしと仲良くなるために頑張ったの?」


 いつの間にか僕の側ににじり寄っていた瑠奈が、僕の肩に手を回す。そのまま胸を揉み始めた。


「ちょっとたんま!」


 瑠奈より胸がある!?

 あそこの感覚がない!

 うわー!

 どうしようどうしよう!?

 せっかく女になれたこのチャンス、活かさぬ手はない!

 自分で自分の胸を揉んでみた。

 お、おお……柔らかい。

 でも、どうして離脱直後からこんな状態になっているんだ?


「多分あれじゃない? ほら、現実でTS物の小説を書いてるから影響されたんじゃない?」


 瑠奈は普段なら自ら触れてこようとしないのに、きょうはやたらとべたべたボディータッチをしてくる。

 なるほど……幽体は必ずしも肉体と同じ姿をしてはいないということか。


「今度から毎回その姿で現れてよ」

「そんな無茶言わないでくれ……」 


 今回のは偶然こうなっただけだ。おそらく次回はないだろう。


「ねぇねぇ、添い寝しよ?」

「いつもしてるじゃないか」

「いつものブッサイクな奴とじゃなくて、今の姿の砂風と一緒に寝たい。それにほら、幽体離脱してるからお互い触れられるよ?」


 一瞬誘惑に負けそうになる。

 いつもなら触ろうとしても逃げられるあんなところやそんなところを触り放題なのだ。しかし……。


「いや……絶対に横になったら目が覚めちゃうか、金縛り状態に戻って一から幽体離脱するはめになる。そしたら今の姿のままいられる保証はない」

「えー……」モミモミ。「勿体無いなぁ」さわさわ。


 何処を触っているんだ何処を……。

 胸や下腹部を無心にまさぐってくる瑠奈の手を離し、やることリストを思い出す。

 ……うん、やっぱり性別が変わったところでやることはいつもと変わらない。


「空を飛ぶため急いで練習し……」


 意識が戻りそうになる。布団の感触、なかったはずの股間に着いている物の触感が復活し始めたからだ。

 待て待て、まだ三分も経っていない離脱直後に戻るなんて、いくらイレギュラーがあったとしても勿体なさすぎる。

 僕は狂ったように壁をタッチしまくる。次に腕立て伏せをするように屈み床をタッチ……あ、布団の感触がなくなってきた。


「あ、ならさ? きょうは特別にわたしが抱っこして空飛んであげるよ。空飛ぶ感覚知りたいでしょ?」


 ふんふんと僕の体臭を嗅ぎながら、瑠奈はそう提案する。

 なるほど……どうせ戻る前兆が来たんだ。もう数分くらいで戻らされてしまうだろう。なら、一回空中を飛んでみたい。


「わかった。じゃあ早速外に行こう」

「わーい、いこいこ」


 ……きょうの瑠奈、妙にテンション高いな。男が嫌いなのは知っているけど、僕まで嫌わなくてもいいじゃないか。

 早足気味にリビングから廊下へ出て、玄関の扉を開け外に出た。


「それじゃ、わたしの首に手回して?」

「う、うん」


 普段ならなかなか触れられない瑠奈の肩から首に手を回す。すると、瑠奈は僕を軽々と持ち上げお姫様抱っこのように抱き抱える。そのままジャンプするかのように跳ぶと、空に向かって飛び始めた。


「おお……」


 風が頬を切る感触が心地よい。やや冷たい風がやさしくふんわり頬を撫でゆく。気持ちいい。こんなリアルな感覚で飛翔できたら、さぞ気持ちがいいんだろうな。

 ただ……。


「近い近い。瑠奈、きちんと上を見ないで大丈夫?」


 瑠奈がニヤニヤしながら僕の顔を見ているせいで、景色に意識を集中できない。


「大丈夫大丈夫。わたしの属性は風。空気。だから、空を翔ぶことに関しては右に出るものはいないよ」


 たしかに、僕とは違いスマートに空へ空へと飛んでいく。下の町並みが段々と小さくなり、ミニチュアサイズのおもちゃのように瞳に映る。

 ああ、でもいいなぁ……これが瑠奈の体温……暖かくて安心するなぁ。

 あっ! ヤバい!

 瑠奈に対して性的な目線を向けた途端、股間に付いている物の感触が再び復活した。


「いつもその姿ならいいの……に?」瑠奈は空中でいきなり静止した。「………………………………い」

「い?」

「いやぁああああ!」

「!?」


 瑠奈がいきなり手を振りほどき暴れたせいで、僕は空高くから落下を始めた。


「ちょっと!?」

「不細工に戻ったぁああああ!」


 どうやら変身が解けてしまったらしい。瑠奈は汚物を見るかのような視線を向けてくる。その瑠奈を見ながら僕はフォールアウト。地面へ地面へと落下していく。

 うわ止まらない止まらない!



 あまりの緊迫した興奮状態により、僕は地面に衝突する直前で目が覚めてしまった……。

 現実の布団に戻る。隣から恨めしそうな目線を感じる。


「あの……瑠奈さん、酷くはないですか?」

『うう……わたしの砂子……返して……こんな……不細工……要らない……』


 追い討ちまでかけてきよる。

 こうして、世にも珍しい女性体験は終了したのであった。


 追記しておくと、この出来事により、度々砂子になってくれと言われるようになってしまった……。しかし、まだ変身どころか自力で空も飛べない身。女体化できるのはまだ先の話だろう。

 

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