10、

 かつてカインとシェスカが受けた依頼で訪れた森。

 そこは、通常ならば生息していないはずの魔物が生息する森であった。

 その森で何が起きたのか。

 アミアのその問いかけに、カインとシェスカは答えづらそうにしていたが、話すと約束した手前、話さないわけにもいかず、カインが口を開いた。


「討伐した魔物の素材を回収しようとしたら、シェスカが待ったをかけてきやがったんだよ」

「え? そりゃまたどうして……」


 冒険者の収入源は依頼料だけでない。

 道中で遭遇した魔物を討伐し、その魔物から得た毛皮や牙。種族によっては骨や魔石と呼ばれる、魔力が込められた石など。素材として魔物から採取できるものも立派な収入源となる。

 それはシェスカもわかっているだろうに、なぜ素材の採取に待ったをかけたのか。

 当の本人に視線を向けてみると。


「……人型の魔物から素材を採取するなんてこと、倫理的にどうなのかしら?」

「これだもんなぁ」

「だって、魔物とはいえ元は人間だったかもしれないのよ? そんな追剥みたいな真似、神の教えに背くわ!」

「俺たち冒険者はその日一日を生きてくのに精いっぱい努力してんだよ。そのためには人型の魔物だって狩らにゃいけねぇ。狩った魔物を有効活用するために素材を採取する。魔物討伐って行為そのものを楽しむよりよっぽど倫理的じゃねぇか」


 どうやら、シェスカが素材採取に待ったをかけた理由は、彼女自身の信心深さによるもののようだ。


「たとえそうだとしても、人間から物を奪うことは許されることじゃないわ!」

「だから、そんなこと言ってたら俺たちは飯のくいっぱぐれだって言ってんだよ!」


 だが、その信心深さは冒険者として生きることを決めたカインにとって真逆のものであり、受け入れることが不可能なものらしい。

 少なくとも、ここしばらく発生することのなかった二人の喧嘩の火種になってしまうほど、取り扱いに注意が必要な話題であることをハヤトとアミアは悟った。

 いつまでも平行線をたどりそうなこの二人の口論に、ハヤトもアミアもため息をつき。


「とりあえず、二人の考えが正反対ってことはよぉくわかったよ……」

「魔物が寄り付くから、これ以上の口論は勘弁してくれ……」


 自分たちが原因の一端であることはわかっている。

 多少、火花を散らすことはあるかもしれないとは思っていたのだが、まさか山火事レベルの争いになりかけるとは思いもしなかった。

 もっとも、普段からじゃれ合いのような小さな喧嘩はあったし、少し時間を置けば収まるのでさほど強く止めることはない。

 それよりも、ハヤトもアミアも、シェスカがそこまで神の教えに固執することが少し気になっていた。

 冒険者も人間であり、心の拠り所は必要なものだ。

 それは金や名誉、権力であったり、色欲であったり、冒険そのものであったり、人によって様々ではある。

 当然、宗教も心の拠り所の一つではあるのだが、シェスカのように熱心な冒険者は見たことがない。


「シェスカは随分信心深いんだね……冒険者にしては珍しい気がするけど」

「だろ? あんまりどっぷりつかると金ばっかむしり取られることになるってのによ」


 ファーランドにも宗教は存在している。

 カインがいうように、信心深さに漬け込んで利益だけをむさぼり、信者の生活を破壊するような存在もないわけではない。

 だが、グランバレアが国教と定めているバビロニカ教をはじめとする多くの宗教は、先人たちの教えを受け継ぎ、よりよく生きることを目的とし、その目的のために日々努力と研鑽を重ねることを是とし、信者たちのほとんどがその態度に個人差はあれど、熱心に祈りをささげている。

 その態度はシェスカの熱心さに通じるものがあり、ハヤトはもしやと思い、問いかけた。


「もしかして、シェスカは僧院で育ったのか?」

「僧院?」

「バビロニカ教の組織で、修道士を養成する場所だよ。確か、護身のための体術も教えてるって聞いたけど」


 信者の中には、本格的にバビロニカ教の教えを学ぶため、俗世を捨て、本格的に教会に身を置き、修道士としての修行を望むものもいる。

 そんな彼らの中には、布教と自身の見聞を広めるため、旅をする修道士も少なくない。

 その道を選択する修道士が道中の危険から身を護るために体術を学ぶための施設を僧院と呼ぶ。


「えぇ、そうよ」

「なら、シェスカの言い分もわかるね」

「けど冒険者である以上、魔物から取れた素材も有効活用しないと、俺たちの生活はままらななくなるぜ? 装備だって、タダでもらえるわけじゃねぇんだからよ」

「頭ではわかってるわ、わかっているけど……」


 カインの言葉に、シェスカは少しばかり弱弱しく返す。

 頭では理解できていても、感情が追い付かない、ということなのだろう。

 彼女の態度からそれを理解したカインは、それ以上は何も言わなかった。


「けど、それだけじゃなさそうなんだけど?」

「そうだな。バビロニカ教の教えの中には、『生きるための殺生はやむを得ない。だが、糧となる生き物ならば、その血肉、革、骨に至るまですべてを無駄にするなかれ。人ならば、その罪を忘れず、堕落することなく生きるべし』って言葉があったはずだ。人型魔物の素材を採取したからって、カインと衝突し続ける理由にはならないと思うけど」


 シェスカは、冒険者がバビロニカ教の教えに背くことを是とはしていないが、やむを得ない事情の下でそうしていることも理解している。

 そうでなければ、実力はともかく、指名依頼をされるほどの信頼を得ることはまずできない。

 おまけにほかの冒険者とたびたび衝突しているという噂も聞いたことがないため、衝突はカインとだけなのだろう。

 となると、カインとの間だけに何かがあったはずだ。

 そう推測し、アミアは再び、シェスカに問いかけてみた。

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