9、

 魔術で安全地帯を確保したハヤトたちは、カインの提案の通り、食事を兼ねた休憩を取っていた。


「まさか、魔術で安全地帯を作るなんてね……」

「てか、魔術でこんなことするって発想自体、あんま聞かないぞ? 何を教えてんだよ、お前の師匠は」


 カインがハヤトをジト目で見ながらそう問いかけると、ハヤトはあっけらかんとした態度で。


「精神力を鍛えるなら肉体も鍛える。使えるものはなんでも使う。軍人や騎士はともかく、よほどのことがない限り、冒険者は自分の生命を最優先にすること。この三つを徹底的に」

「いや、それって魔術師としてどうなんだ?」


 魔術師として魔術を教えるということは、職人が弟子に技術や知識を教えることと同じで、基本的にはその技術の基本的な部分から教える相手の実力に見合った段階の技術の習得させるということでもある。

 そのため、教える技術がどのようなものか、その魔術を習得するときの心構えや危険性を教え込むことが基本となるのだが、ハヤトが語ったその教えはその基本から大きく逸脱していた。

 最後の教えはともかく、使えるものは何でも使う、などという言葉は、魔術師ならまず教えないことだ。


「知らねぇよ。魔術にしても、実戦で使えなきゃ意味がないから、とか何とか言って、基本中の基本以外はほとんど何も教えてくれなかったし」

「え……てことは、あの魔術の使いかたは」

「師匠との実戦訓練で編み出した」


 その答えに、カインもシェスカも目を丸くした。

 魔術師の修行は魔力増加や魔力運用の効率化、魔術に関する知識の習得など、体よりも知力や精神力を鍛えることに重きを置いている。

 そのため、魔術師が魔術を使う修行というのは、魔術を実際に使うことができるかどうかを試す時であり、回数を重ねるものではない。

 だというのに、ハヤトの師匠は基本的な理論や運用方法だけを教えて、いきなり実戦を行わせたというのだ。

 異常以外の何物でもない。

 むろん、それはハヤトもわかっている。わかっているのだが。


「けどなかなかどうして、師匠の言葉は的確だったんだっていつも思うよ」

「……まぁ、そうだろうけどよ」

「それよか、俺とアミアとしては別のことが気になるんだけど?」


 そう言いながら視線を向けてくるハヤトに、カインは少しばかり驚いたような表情を見せながら聞き返す。


「なんだよ、気になることって」

「カインとシェスカ、何があったんだ?」

「へ?」

「え……」


 二人が知人であることは、シェスカとパーティを組むきっかけになった盗賊の討伐依頼でなんとなく察していた。

 だが、いまでこそぎこちないながらもそれなりに連携や協調性を出してきてはいるが、一時は団体行動が危ぶまれるほど険悪な雰囲気を漂わせていたのだ。

 あまり他人を悪く言うことのない性格のシェスカが、カインに対してだけはそれだけ辛辣に接するのだから、よほどのことがあったに違いない。

 あまり他人の過去を詮索することは褒められたことではないが、事あるごとに衝突を起こすのならば、いっそのこと、その背景を聞き出してしまって気に留めないようにすればいいのではないか。

 ハヤトとアミアはそう考えていた。

 どこかのタイミングでそのことについて話すことができれば、と思ってはいたので、この場で聞いてしまおうという考えのようだ。


「あ~……話していいのか? あのこと」

「そうね……いつまでも黙っているというのも居心地悪いし、話しておきましょう」


 個人のことならばともかく、シェスカも絡んでいるためか、カインはシェスカに視線を向けながら問いかける。

 シェスカは数秒ばかり考えたが、ハヤトに話すことに同意した。


「んじゃ、ざっくりで話すけど」


 シェスカから許可を得られたことで、カインは自分たちの間にあったことについて、かいつまんで説明を始めた。


「もう二年くらい前かな。駆け出しだった俺はどうにかでかい稼ぎが欲しくて、護衛依頼を受けようとしてたんだよ」


 薬草や魔物から採取できる素材などの収集依頼や討伐依頼などの報酬は、護衛依頼の報酬と比べて低い傾向にある。

 一獲千金を目指して冒険者になったカインにとって、比較的安全な依頼で地道に稼ぐよりも一発大当たりを狙うほうが性に合っているため、高額報酬の依頼を探していたようだ。


「運よく、俺でも受注できる依頼があったんだが、その時にシェスカと組むことになったんだよ」

「そうだったわね……たしか、魔物が多く生息している森を抜ける商団の護衛だったわね」

「あぁ。森狼や緑小鬼だけじゃなくて、スケルトンとかリビングデッドとかドッペルゲンガーみたいな人型の魔物も生息していたんだよな」

「……なにそれ。魔物の見本市か何かか?」

「いや、当時は俺もそう思ったわまじで」


 魔物の生息地というものは、だいたい決まっている。

 森の中であれば森狼や大蜘蛛をはじめとする動物型の魔物や植物型の魔物が。湖や川、海などであれば大海蛇シーサーペントや半魚人など、水生生物型の魔物が、という具合だ。

 緑小鬼やオーガのように生息地を選ばない特殊な魔物を除けば、魔物はそれぞれ、自分たちが暮らしやすい環境に身を置いている。

 だが、その当時の依頼で訪れた森には、そのセオリーが通用しない種類の魔物が生息していたらしい。


「そりゃまた……なんというか、珍しいものにぶつかったな」

「あぁ。生き残ったってのは、俺の武勇伝の一つだぜ」


 にへへ、と笑みを浮かべながら、カインは自慢げに語る。

 だが、重要なことはそこではない。


「で、その依頼で何があったのさ?」


 いつの間にポシェットから出てきたのか、アミアがカインに問いかける。

 アミアのその問いかけに、カインもシェスカも気まずそうに視線を逸らす。

 だが、話す、と約束した手前、話さないわけにはいかない。

 カインもシェスカも、ため息をつきながらその先を語り始めた。

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