7、穏やかな人間ほど怒らせると怖い

 森狼の群れからの襲撃を乗り切った一行は、その後は穏やかな行程でトネリコ村へと向かうことができた。

 やや緊張感に欠ける雰囲気をまといながら、旅を続けること数日。

 一行はついに、トネリコ村まであと数時間という距離に来くると、意外な人物との再会が待っていた。


「ハヤトお兄ちゃん!!」


 声がした方へ視線を向けると、そこにはハヤトとアミアにとって、懐かしい顔があった。


「おっ」

「ん? どうした? 知り合いか??」

「あぁ、少し前に世話になったことがあるんだ。トネリコ村の子だよ」


 明るい笑みを浮かべ、薬草や野草を詰め込んだ詰め込んだ籠を抱えながら、自分たちの方へ駆けてくる少女に視線を向け乍ら、ハヤトは冒険者にそう答える。

 そうしているうちに、少女はハヤトに向かって飛びつき、愛らしい笑みを向けながら。


「おかえりなさい、ハヤトお兄ちゃん!」

「ただいま。いい子にしてたか? アリシア」

「うんっ! 毎日お母さんの手伝いしたり村長に薬草を届けたりしてるよ!」

「お? ちゃんとお手伝いしてるんだ。偉いな!」

「えへへ~」


 ハヤトに褒められ、アリシアはにへらと笑みを浮かべてる。

 その様子に微笑ましさを覚える冒険者たちだったが、自分たちの目的が頭の中から抜け出たわけではない。


「なぁ、その子はあんたの知り合いか?」

「随分懐いてんな。妹、ってわけじゃないよな?」

「まさか、お前……」


 ハヤトがアリシアといかがわしい関係にあるのではないかと推測したのだろうか。

 冒険者の一人が、汚いものを見るような目でハヤトに視線を送り始めた。

 その意図を察したほかの冒険者も、同じような視線を送りつけてくる。

 だが、彼らが思っているような趣味を持っていないハヤトは。


「いや違うから!」


 と、苦笑を浮かべながら否定する。

 だが、否定されれば逆に勘繰ってしまうのが人間というもの。

 否定されたことでその場にいる全員が。


『え~? ほんとでござるか~?』


 と、なぜか極東の出身者のような口調で一斉に問いかけてくる。

 その中にちゃっかりカインも入り込んでおり、いやらしい表情に、ハヤトはだんだん腹が立ってきた。

 自分が穏やかな人間であり、できることならあまり争いごとはしたくない性質であることは、ハヤト自身が理解している。

 理解しているのだが、何物にも『限度』というものがあり、困ったことに人間の許容量というものは特に自身の矜持に関わることになると、途端に小さくなるらしい。


「……お前ら、いい加減にしろよ?」


 全身から怒気を漂わせ、手のひらを冒険者たちの方へかざしていつでも魔術を発動できるよう、構える。


「ちょ、ちょっと待て」

「じょ、冗談だよ、冗談!」

「一回落ち着けって! な?」


 ここ数日、一緒に行動したことで、ハヤトが穏やかな人間であると認識していた冒険者たちは、ハヤトなら多少からかっても多めに見てくれるだろうと予測していた。

 だが、内容が内容だからということもあってか、予測よりもハヤトの許容量は小さかったらしい。

 その許容量を見誤った結果、こうして怒りを爆発させてしまったのだから、自業自得というものだ。

 もっとも。


「は、ハヤトお兄ちゃん。どうしたの? なんか、怖いよ?」


 アリシアまで怖がらせてしまうことになっているのだが。

 アリシアの声で、若干ながら正気に戻ったハヤトは、不安そうにしているアリシアに微笑みを向け。


「あぁ、大丈夫。大丈夫……それよりアリシア」

「何?」

「先に村に戻って、俺たちが来たことを村長さんに伝えてくれないか?」

「え? うん、わかった」


 ハヤトに頼まれ、アリシアは少し困惑しながらも村へと戻っていく。

 その背中を見送ったハヤトは、自分をからかってきた冒険者たちに向き直る。


「さて。というわけで、先触れは出したし……ちょっとくらい、お仕置きしてもいいよな?」


 再び空恐ろしい笑みを浮かべて、冒険者たちの方へ向き直った。

 その手のひらからあふれ出ている魔力に、冒険者たちはがくがくと震え始める。


「い、いやあの……」

「ほんとに悪かったって!」

「ゆ、許してくれたっていいじゃねぇか!!」

「人をからかうことについては、まぁ、いいだろう。俺だってそういうことをすることもある」


 どうにか許してもらおうと反論をする冒険者たちだったが、すでに怒りの許容量をはるかに超えているハヤトに、どんな言い訳も通用しないらしい。

 からかってきたことについては、別に構わないと言った次の瞬間。

 ハヤトの顔面に鬼が宿った。


「だが、からかっていい内容と悪い内容がある! 俺は他人の人格を確定するようなことでからかうことも、からかわれることも許さねぇ!!」


 怒鳴りながら、魔力がこもった手のひらを地面に押し付ける。

 その瞬間、冒険者たちの足元から、何本もの蔦が伸び始めた。

 蔦はするすると伸びていき、まるで意思があるかのように互いに絡み合い、拳のようなものを作り上げる。

 そのあまりの早さに冒険者たちが驚愕しながら眺めていた次の瞬間。


「いだっ?!」

「でっ?!」

「な、なにしやが……いてぇっ!!」


 蔦の拳は冒険者たちの頭を殴り始めた。

 それも一度ではなく、何度も何度も、執拗に殴り続けている。

 中には平手打ちを食らっているものや、『オラオラ』とか『無駄無駄』という声が聞こえてきそうな早さで全身を殴られているものもいた。

 一分ほど、蔦は冒険者たちを殴り続け、やがて満足したのかするすると地面に潜っていく。


「これに懲りたら、もうこういうことで俺をからかうじゃない。いいな?」

「は、はい……」

「ず、ずびまぜんでした……」


 蔦がすべて地面に潜ると、ハヤトは笑みを浮かべながら冒険者たちに告げると、ぼろぼろの状態で冒険者たちはその言葉に了承の意を示した。

 それから十分もせず、一向は残りわずかな道を歩き始めたのだが、その胸中は。


『これからは、気心知れてる相手以外、できるだけからかわねぇようにしよう……』


 まだ痛む頬や体をさすり、怒り心頭のハヤトの顔を思い浮かべながらそう誓っていた。

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