6、襲撃は都合よく

 簡単ではあるが昼食を終えたハヤトたちは、馬たちの体力が戻ったことで再び出発する。

 まったくの無警戒というわけではないが、斥候からは魔物の痕跡や盗賊の気配などの報告がまったくされていないため、旅路は平穏そのもの。

 歩きながらあくびをする冒険者もいるほどだ。


「しばらく通らなかったけど、この辺りは平穏そのものだな」

「そうだね。けど、油断は禁物だよ?」

「わかってるさ。アミアも、周辺の警戒頼んだよ?」

「もちろんさ」


 ひそひそと、アミアとそんな会話をしながら、ハヤトは周囲に気を配っていた。

 そのやりとりに、近くを歩いていた冒険者が気づき、声を掛けてくる。


「なぁ、あんた。さっきから誰とひそひそ話してるんだ?」

「うん? いや、誰とも話してないけど」


 どうにかごまかそうと、笑みを浮かべながら穏やかにそう返すが、自分の観察眼によほどの自信があるらしい。


「そんなわけないだろ? さっき食べた飯が歯に詰まったって感じの口元の動き方じゃなかったぜ? それに、さっき聞いた覚えのない声があんたのポシェットの中から聞こえたんだよ」


 そう言いながら、冒険者はハヤトのポシェットへと視線を向けた瞬間、ポシェットに隠れているアミアが身を震わせる気配を感じ取った。

 霊獣という存在は、人々の間で認知されてこそいるが、個体数が少ないためか、滅多に遭遇できない、非常に珍しい生物だ。

 そのため、心ない人間が霊獣を見つければ、捕獲し、貴族などの上流階級に売り飛ばされてしまう。

 上流階級の人間の手に渡ったその後の扱いなど、わかったものではない。

 ハヤトが心ない人間ではなく、むしろ穏やかで善意に満ちた人間であることを知っているからこそ、 アミアはこうして行動を共にしているが、それが非常に幸運であることをアミアは知っている。

 だからこそ、こうして不特定多数の人間がいる空間では、ポシェットの中に身を隠し、その姿を見せないようにしているのだが。


――まさか、こうもずけずけと聞いてくる人間がいるとは……まぁ、いままでつっこまれなかったことのほうが不思議なくらいだったけど


 いままでも人混みの中でアミアとこそこそとしたやりとりをしていたことはあるが、そのことをつっこまれたことがない。

 あまり関わらないでおこうとしていたからかもしれないが、今まで遭遇したことのない状況に、ハヤトはどうこたえたものか、困惑していた。

 そんな様子のハヤトにお構いなしに、冒険者はぐいぐいと迫ってくる。

 どう答えたものか、冒険者の圧に気圧されそうになりながら、ハヤトが考えていると。


「全員警戒! 魔物が出たぞ!!」


 突然、森の方から警戒を促す声が響き、冒険者たちはマークスと商品を囲み、それぞれの武器を構えたり、魔法の準備をしたりして態勢を整えていた。

 全員の準備が整った瞬間、茂みから狼型の魔物たちが爪と牙をむいてこちらに飛び出してくる。


「《岩石槍ロックランス》!」


 飛びかかってきた魔物の一体にむかって、鋭い岩の穂先がハヤトの足元から伸びる。

 飛び上がっていたため、魔物は回避することができず、魔物は岩の槍に貫かれ、口から赤黒い血液を滴らせながら、力なくうなだれた。


「森狼だっ! 前衛は無理せずに囲んで対応、後衛は下がって援護を!!」


 ルーカスに雇われた護衛たちのリーダーと思われる男が、その場にいる全員に指示を飛ばす。

 それに従い、前衛を担当する冒険者たちは森へ近づき、後衛を担当する冒険者たちは馬車の方へと近づく。

 ハヤトもまた、馬車の方へと近づくが、背中を見せた瞬間。


「危ねぇっ!」


 冒険者の一人が声をあげる。

 振り向くと、前衛をすり抜けてきた森狼がハヤトの背中に飛びかかってきていた。

 だが、ハヤトは動揺することなく、右手の人差し指と中指を伸ばし、その先を森狼に向け。


「《石弾ストーンバレット》!!」


 土魔術を発動させる。

 その瞬間、円錐状の石が高速で発射され、森狼の眉間を貫く。

 口や目、鼻から赤黒い液体を垂れ流しながら、森狼は地面に落ちる。

 襲撃してきた森狼は、倒れたその一体で最後だったのだろうか。あるいは、群れのリーダーがこれ以上の犠牲を払うわけにはいかなくなったのか。

 それ以上、森狼が襲ってくるということはなくなった。


「……終わった、のか?」

「そうであってほしいな」

「どうだろうな……一応、油断はするなよ?」


 襲撃が収まったことに安どのため息をつく冒険者がいる一方、まだ何かあるかもしれないと考え、警戒を解くことができない冒険者数名が斥候からの報告が来るまで待っていた。

 数分して、斥候が戻ってきたが。


「大丈夫だ。森狼たちは奥の方へ戻っていったぞ」

「なら、出発して大丈夫だな?」

「あぁ。マークスさんにもそう伝えてくれ」

「了解」


 これ以上の脅威がない報告がされたことで、ようやく警戒を解くことができた。

 その後、警戒を続けていたリーダー格の冒険者がマークスと御者に報告し、一向は再びトネリコ村への旅路を進みだす。

 そう何度も魔物の襲撃は起きるわけではなく、森狼の群れによる襲撃を乗り越えてからの行程は実に穏やかなものだった。

 だが、さすがに緊張感は残ったらしく。


――アミアのことについて、何も聞かなくなったな……まぁ、こっちとしてはその方が都合がいいんだけど


 先ほどしつこく質問攻めにしてきた冒険者からの追及がまったくなくなったことに、ハヤトもアミアも安どのため息をついていた。

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