11、帝都で最初の依頼、最初の災難

 天井の扉を押し開けたハヤトを迎えたのは、出来上がった料理を取りに来たウェイトレスの悲鳴だった。


「きゃぁぁぁっ??!!」

「うわぁっ?! す、すみません!! 不審者じゃないです、依頼を受けた冒険者です!!」

「あんたみたいに足元から出てくる冒険者がいてたまるかっ! この変態!!」

「ごもっともで!!」


 変態扱いされたハヤトが当然のように抗議するが、その抗議を聞いてくれるはずもない。

 変態のレッテルを張られたまま、ハヤトはウェイトレスに引きずり出され、尋問にかけられそうになった。


「さぁ、キリキリ白状しなさい!」

「あんたの目的は何?! なんであんな場所から出てきたの?!」

「まさか、わたしたちの誰かを拉致しようと……」

「なわけあるかぁっ!!」

「犯罪者はみんなそう答えるものよ!!」


 話が変な方向へ向かいそうになり、抗議するハヤトだったが、興奮状態のウェイトレスたちは話を聞いていない。


――ま、まずい……多勢に無勢だ。このままじゃ、衛兵に突き出される!!


 危機感を覚え、この場を脱出しようと考えたその時。


「どうした? 早く出来上がった料理を……」

「あ、マスター!」

「今ちょうど、不審者をとっ捕まえたところで」

「あ?」


 不審者という単語を聞き、マスターと呼ばれた強面の男がハヤトの顔を見たが。


「……って、あんたか。随分早く帰ってこれたな?」

「魔物との遭遇がそれほどありませんでしたし、何より、酒蔵と直接行き来できる扉を見つけましたもんで」

「あぁ、あれに気づいたのか。まぁ、気づかなくても問題はなかったんだがな」

「もしかしなくても、あのクエストの主目的って下水道にあふれた魔物の間引きだったりしません?」

「お? それに気づいたならお前さんも一人前だな」


 その不審者が、昼間に自分が直接依頼をした冒険者であることに気づき、その表情をやわらげ、そんな会話を繰り広げ始めた。

 その様子に、さすがにウェイトレスたちも冷静になり。


「あ、あの……もしかして、その不審者が言ってることって」

「あぁ。本当のことだ」


 マスターから帰ってきた言葉を、ウェイトレスたちは最初こそ信じなかったが、さきほどのマスターとハヤトのやり取りと、マスターの真剣な表情から、嘘を言っている様子がないことを察し。


『す、すみませんでしたっ!!』


 一斉にハヤトに向かって頭を下げて謝罪する。

 誤解が解けたことで、ハヤトは安どのため息をつき。


「まぁ、ともかくまずはお客さんの対応をしてくださいよ。さっきからカウンターの奥から物騒な気配がしてますよ?」


 今はとにかく、一秒でも早く料理を運ぶことを提案していた。

 ハヤトの言葉に、ウェイトレスたちはやっと自分たちが客人を待たせていることを思い出し、大急ぎで出来上がった料理を受け取り、注文した席へと運んでいく。

 そんな様子を眺めながら。


「なんというか、今日で一番疲れた出来事じゃないかなぁ」


 とため息交じりに呟いていた。

 そんな様子のハヤトに、マスターは申し訳なさそうに苦笑を浮かべながら、労い。


「さてと。それじゃ、カウンター……いや、裏口でいいか。そこまで来ちゃくれねぇか? 酒はそこで渡してくれ」

「あ、はい」


 マスターに促され、ハヤトはカバンから布でぐるぐる巻きにされている何かを取り出し、巻き付けている布を取り除く。

 厳重すぎるほどの布の中から出てきた数本の酒瓶を受け取ったマスターは、笑みを浮かべた。


「お? なかなかいい時期の奴じゃねぇか。お前さん、もしかして目利きか?」

「いえ、相棒の鼻の良さに助けられました」

「相棒?……あぁ、あの小動物か」

「小動物言うなぁっ!!」


 マスターの言葉に、今まで隠れていたアミアが叫びながら飛び出し、ハヤトの頭に見事な着地を決める。

 その華麗さに、思わず拍手を送りたくなったが、アミアの雰囲気がそれを許さなかった。


「僕はネズミでもなければ小動物でもない! 誇り高き霊獣、カーバンクルだっ!!」

「お、おぅ……そいつぁ、悪かったな」

「それを言うに事欠いてネズミだのげっ歯類だの小動物だのと! 君たち人間は外見でしか物事を判断することができないのかっ?!」


 今までもその容姿からネズミだの小動物だのと言われてきたため、ある程度ならば怒りを抑える理性をアミアは持ち合わせている。

 だが、今回は下水道の探索という鋭い嗅覚を持つものに対しては拷問以外の何物でもない内容の依頼をこなしてきたすぐ後だ。

 そのストレスから解放されてすぐに、自分にとって我慢ならない言葉を言われてしまったため、いつも以上の怒りをぶつけているらしい。


「あ、アミア。もうそれくらいに」


 さすがに見かねたハヤトが、なおも抗議し続けているアミアをなだめながら、両手でその体を包み込んだ。

 そのまま優しく、毛並みを整えるように全身をなでていくと、怒りよりも心地よさが勝ったのか、アミアの顔はトロンとした、いかにも気持ちよさそうなものへと変化した。

 その様子を見たマスターは、怒りが収まったことを察したらしく。


「な、なんというか……すまんかったな」

「い、いえ。こちらこそ……」

「詫びと言っちゃなんだが、今回だけ飯をおごってやるよ」

「え? いいんですか?」

「構わねぇよ。お前さんへの歓迎のしるしだ」


 突然、料理をごちそうすると言われて困惑するハヤトだったが、マスターのその言葉で断ることも失礼と考えたようで。


「それなら、御馳走になります」


 ということになった。

 当然、腕を振るうマスターは。


「おう! 任しときな!」


 気持ちのいい笑みを浮かべながらそう返してくる。

 こうして、ハヤトとアミアのグランバレアで過ごす最初の夜は更けていくのだった。

 なお、出入り口があるにも関わらず、わざわざ冒険者に依頼を出す理由について尋ねたところ。


「道中で下水道に湧いてくるスライムやら巨大ネズミやらの間引きをしてもらうことが本当の目的なんだよ。まぁ、お前さんらみたいに抜け穴を見つけた奴はそんなにいないがな」


 ということを、依頼者であるマスター本人から聞かされ、ハヤトとアミアは苦笑を浮かべるのだった。

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