10、目的地に到着するとそこには……
スライムを倒したハヤトだったが、採取をすることなく、その場を立ち去った。
何も、スライムに素材がないというわけではない。
コアを破壊するとスライムは爆発してしまうため、採取できるものは少ないのだが、粘液は魔法薬の素材となるし、非常にまれなことではあるが、鉱石のかけらを落とすこともある。
そのため、普段ならばハヤトも採取をするのだが。
――こんな不衛生な場所で採取した素材はあまり収入につながらないし、長居したくない
という理由で採取をあきらめていた。
時間もあまり残されていないため、あちこちに付着している粘液を避けながらハヤトは先に進んでいく。
スライムとの戦闘があった場所から数分もすると、周辺の雰囲気が少しばかり変化していることに気づき。
「アミア、ちょっと出てきてくれないか?」
「どしたの?……あれ? ここ、下水道じゃなかったっけ??」
「そのはずなんだけど、なんか雰囲気が一気に変わったんだよ」
「う~ん……ちょっと待ってね」
顔を出したアミアはハヤトの肩へと移動し、周辺を見回す。
少しの間、ハヤトの肩の上で観察をしながら唸りながら考え込んでいたが、ある一点に視線を向け、疑問の答えが出たらしい。
「ねぇ、ハヤト。あれってもしかしてあの棚に並んでる瓶、お酒なんじゃないかな?」
アミアが指摘する場所へ視線を向けると、そこには何かの棚のようなものがある。
その棚らしきものに近づき、陳列されているものを確認すると、そこには大量のワインがあった。
「みたいだな。てことは、ここがマスターの話していた酒蔵ってことか」
「ラッキーだね! 早くお酒を回収して、地上に戻ろうよ!!」
嬉々として提案するアミアにハヤトは苦笑を浮かべながらうなずき、ワインやシードル、ウィスキーが入っている思われる瓶をそれぞれ一本ずつ、手に取る。
そのままカバンの中に入れるようなことはせず、カバンの中にあったマントや寝具用の布を巻き付け、多少の衝撃では瓶が割れないように対策をしていると。
「ねぇ、ハヤト。ちょっと気になることがあるんだけどさ」
「うん?」
「天井、見てよ」
「天井?」
アミアが突然、そんなことを言い出したため、ハヤトは促されるまま、天井へ視線を向ける。
「あれ?」
「気づいた?」
「あぁ。なんでランプに火が灯ったままなんだ?」
「ここに来るには、あの下水道を抜けなきゃいけないんだよね?」
「あぁ。それに、魔物の類もいたみたいだから、頻繁に出入りするなんてことはできないはず」
では、誰がランプの油を補充しているのだろうか。
そんな疑問を覚えたアミアとハヤトはが思考を巡らせていると。
「ん? 何か聞こえた??」
「俺の耳には何も聞こえなかったけど?」
アミアの聴覚が人間であるハヤトの聴覚よりも優れているため、ハヤトには聞こえないほどかすかな音もアミアの耳には届いていたようだ。
音が聞こえてくる方向をアミアが指示し、ハヤトがそこへ視線を向けると。
「……扉?」
「だね」
「かすかだけど、笑い声が聞こえてくるな」
「食事の音もだけど、料理の匂いもしてくるよ?」
「……もしかして」
アミアの言葉で何かに気づいたハヤトは立てかけられていた梯子に手をかけ、登っていく。
扉の手前まで登っていくと、ハヤトは天井の扉に手を付け、はしごから落ちないよう、慎重に力を込め、扉を開けると。
「ベーコンステーキ三皿、できたぞ! エール先にエールを持って行ってやれ!」
「次のオーダー、豚肉のフリットです!」
「おーい、ワインくれ~!!」
「……ここ、もしかしなくても?」
「だね」
ハヤトの脳裏に浮かんでいた答えは、アミアも同じらしい。
どうやら、ハヤトたちが今いる倉庫は、以来を受けたギルドの真下にあったようだ。
「いくらなんでも、お酒を取ってくるだけでクエストを発注するのはおかしいって思ってたけど、もしかしてなめられてた?」
「どうだろうな? まぁ、その辺は依頼主に聞いてみた方が早いだろ」
ジトっとした目で文句を垂れているアミアに、ハヤトはそう返しながら、天井の戸を開けようと力を籠める。
だが、それにアミアが待ったをかけた。
「ハヤト、僕たちがどこを通ってここまで来たのか、忘れたわけじゃないよね?」
「もしかしなくても」
「うん。結構、臭ってるよ」
暗闇の中を通っていたため、正確な時間はわからないが、ハヤトの感覚では、入り口からこの場所に来るまで小一時間程度しか経過していない。
だというのに、アミアに『臭っている』と言われてしまったことに、どれだけの臭気が漂っていたのか、想像しただけで身震いが起きる。
もっとも、アミアは霊獣であるため、人間よりも嗅覚が鋭い。
アミアは気になっても、人間は気に留めない可能性もあるが。
「まぁ、念のため」
アミアが気になるだけであっても、人間の中には嗅覚が鋭い人もいる。
まして、自分たちがこれから向かう場所は厨房だ。
味覚や嗅覚といった、料理に関する感覚が鋭敏な人間が控えている可能性もある。
「えぇっと……あぁ、あったあった」
それを考慮して、ハヤトはカバンの中を漁り、筒状に巻かれた一枚の紙を取り出した。
紙を広げると、紙の幅ぎりぎりの大きさの魔法陣が描かれている。
「《エアシェルター》」
魔法陣を自分に向けて魔力を紙に流すと、魔法陣が淡い光を放ち、ハヤトの周囲を微力な風が包み込んだ。
魔法が発動したことを確認すると、アミアはハヤトの肩から降り、少し距離を取った。
数秒間、鼻をひくひくと動かし、周囲の臭いを嗅ぐと。
「……うん。大丈夫じゃないかな? けど、あとでちゃんと体を洗いなよ?」
「わかってるよ」
移ってしまった下水道の臭気が気にならない程度に収まったことを確認すると、アミアは再びハヤトの肩に登り、ハヤトのポケットの中へと戻っていく。
アミアがポケットに避難したことを確認したハヤトは、再びはしごに手をかけ、天井の扉へを目指した。
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