9、下水道を行く

 少しばかり軽薄そうな冒険者に、危うく持ち金の半分を奪われるところだったハヤトとアミアは、ああいった類の同業者には関わらないように気を付けよう、と示し合わせ、依頼に向けての準備を進めていた。


「だいたい、こんな感じでいいかな?」

「そうだね。酒蔵までの距離がどれくらいかはわからないけど、常時出されてるってことは、入り口からそれほど離れてないんじゃないかな?」

「あるいは、出てくる魔物がさして強くないか、だね。まぁ、どちらにしても、あんまり肩肘張る必要はないと思うよ?」

「まぁ、それでも油断はしないほうがいいと思うけどね?」


 アミアがあまり慎重になりすぎるな、という一方で、ハヤトは苦笑を浮かべながらそう返した。

 どれほど綿密に準備をしても、不測の事態というものは訪れるものだ。

 特に、魔物や危険な動物が多数生息している森や山、洞窟、あるいは古代遺跡などでは突然の落盤や魔物の大量発生などの事態に巻き込まれ、多くの冒険者が命を落としている。

 ゆえに、冒険者たちは現在確認されている魔物の中でも最も弱いとされているゴブリンであっても、油断せず、慎重に立ち回ることが多い。


「ま、油断せず、かといって気負わずに。気軽に慎重に行こうってことだよ」

「それもそっか」


 アミアが胸を張りながら口にする言葉に、ハヤトはそう返し、再び準備に戻った。

 数十分後。

 現在の所持金で用意できるだけの薬や食料、飲み水の他に、ロープやランタンなど必要となるかもしれないものを用意し、ハヤトとアミアは酒蔵へと続く下水道の入口へ来た。

 下水道というだけのことはあり。


「臭い……」


 リスを思わせるげっ歯類の姿をした霊獣であるアミアは、人間よりも聴覚と嗅覚が鋭い。

 そのため、人間であれば多少ましに感じられる下水道の入り口であっても、かなりの臭気を感じ取れてしまうのだ。

 もっとも、入り口であってもそれなりに臭ってくるもので、ハヤトも同意するように顔を少しばかりしかめていた。


「だね……よかったよ、マスクを買っておいて」

「うぅ……悪いけど、僕はしばらくポケットの中に隠れさせてもらうよ」

「そうしたほうがいいな。アミアは俺より鼻が鋭いし」


 ハヤトが言い終わる前に、アミアはさっさとハヤトの服の中へと逃げ込んでいた。

 普段はしっかりしていて、自分の保護者を自称しているアミアの姿と、シャツのポケットにふくらみができた感覚にハヤトは苦笑を浮かべる。


――さてと、そろそろ行きますか

 

 だが、すぐに気を取り直して、荷物袋の中から臭気を抑えるためのマスクを取り出し顔に取り付ける。

 さらに、ランタンを取り出し、油に火をともしてベルトの金具にランタンをひっかけると、バーのマスターから預かってきた鍵で下水道の錠前を外し、扉を開けた。

 ぎぃ、と古くなった鉄がこすれ合う不気味な音を響かせながら、鉄格子を開き、ハヤトは中へと入っていく。


――マスクのおかげか、そこまでではないけれど、やっぱりちょっと臭うな……こんな時、風魔法が使えたらいいんだけど


 下水道の通路を進みながら、ハヤトは心中でそう愚痴をこぼした。

 風魔法が使える人間であれば、マスクを使うことなく、臭気を散らして進みことができただろう。

 だが、ハヤトは風魔法の使い手ではない。

 いや、それどころか使ため、こうして道具に頼らなければならない。

 だが、やはり完全に臭気を抑えることはできないため、その鼻腔には下水道特有の臭いが侵入してくる。


――耐えられないほどじゃないけど、さっさと終わらせて戻るとしようか。アミアも負担が大きいし


 相棒を気遣い、ハヤトは早めに依頼を終わらせるため、迷うことなく奥へと進んでいった。

 カビ臭さと排泄物の臭気が入り混じった通路を、こみ上げてくる吐き気をこらえながら進むことしばらく。

 ハヤトの耳に、水の跳ねるような音が聞こえてくる。

 それが単に天井から垂れた雫が落ちた音ではない。


――スライムだな。数は一匹か? なら、どうにかできるな


 ハヤトは立ち止まり、手を地面につける。

 しばらくの間、その姿勢を保っていると、ハヤトの視界にスライムが入り込んできた。


岩槍ロックランス!」


 水音を立てながら近づいてくるスライムに向かって、地面から先端が鋭くとがった岩が伸びる。

 槍の穂先はまっすぐにスライムのほうへと伸びていく。

 スライムは回避する様子はなく、自分の体で槍を受け止めた。


――外したっ!


 槍の穂先はスライムの背後まで抜けているのだが、その程度でスライムは討伐できない。

 体内を移動している核を破壊しなければ、スライムの体は何度でも再生される。

 だが、この一撃が無駄だったというわけでもない。

 突然攻撃されたことに動揺したのか、スライムの動きが鈍っている。


石弾ストーンバレット!」


 その機会を逃さず、ハヤトは次なる攻撃を仕掛けるため、地面から手を離し、指をスライムにむける。

 その瞬間、指先から手に収まる程度の大きさの石が、勢いよくスライムに向かって飛んでいく。

 スライムは再び回避する様子はなく、石を体に受けるが、石はスライムを貫き、プルプルとしたその体を貫通する。

 するとスライムは、バシャリ、と大きな音を立て崩れた。

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