8、変な冒険者に絡まれる

 シェフの依頼がギルドの掲示板に貼られているという話だったため、ハヤトは掲示板の方へ向かっていった。

 掲示板の前に立ち、掲示されている依頼の貼り紙を見てハヤトは驚愕した。


「こ、これほどの数の依頼が……」

「さすが、グランバレアだね。人口が多いと、ここまで依頼があるんだねぇ」


 肩に乗ったアミアもハヤトと同じく、ぽかんとしながらそんなことを呟いていた。

 グランバレアに来るまで、いくつかの大きな町を経由してきたが、掲示板の板が見えなくなるほどの数の依頼が張り出されていることはなかった。

 だが、目の前にある掲示板には、板が見えなくなるどころか、掲示板そのものをはみ出し、依頼書に貼り付けられている依頼書も見え隠れしている。


「これ、シェフの依頼を探すのも一苦労だなぁ」

「僕も探すから、頑張ってハヤト!」

「うん、頑張る……」


 応援をしながらにっこりと笑いかけているアミアを、苦笑を浮かべながらなでたハヤトは、目的の依頼が記載された依頼書を探した。

 上の方やほかの依頼書をめくりながら、探すこと数分。


「あった」


 ようやく目的の依頼書を見つけ、ハヤトはそれを手にギルドの受付カウンターへと向かった。

 ほかの書類仕事に手を付けていたのか、机に視線を落としている受付担当に声をかけ、ハヤトは無事に、依頼受理の手続きを終わらせることができた。

 必要となるかもしれない道具がアイテムバックにあることを確認し、出立しようとしたその時。


「おいおい、兄ちゃん。これから仕事かい?」

「え? あぁ、まぁ」

「だったらなおのこと、景気づけに一杯付き合ってくれよ? もちろん、あんたの奢りで」


 少しばかりガラの悪い、盗賊風の青年に声をかけられた。

 あまり手持ちがないというのに、酒を奢れ、というのだから、アミアは思わず。


「はぁっ?!」


 と素っ頓狂な声をあげていた。

 あまりに珍しいその声に、ハヤトが目を丸くしていると、盗賊風の青年はニヤニヤと笑みを浮かべながら近づいてきて、ハヤトの肩に手を乗せながら。


「で、どうよ?」


 と、問いかけてきた。

 正直なところ、準備を整えておきたいという気持ちが強く、何よりハヤト自身、あまり飲みたいという気分になっていない。

 それにそもそも。


――帝国の慣習だと、俺はすでに成人していることになってるけど、故郷さとだとまだ未成年って扱いなんだよなぁ……


 グランバレア帝国では、十五歳以上は成人として扱う風習がある。

 ハヤトは数か月前に十五歳となったのだが、ハヤトがもともと住んでいた地域は二十歳になって初めて成人として扱われる。

 当然、飲酒も二十歳を超えていなければ、よほどの理由がない限り許されない。

 長く住んでいた地域の風習に染まっているためか、当然、飲酒は二十歳になってから、という考えになっていた。

 そのため。


「すまない。仕事の前は飲酒を控えているんだ」


 断る、という選択肢を取ることは必然と言えた。


「あっそ。ま、それならそれでいいんだけどよ」

「すまない」

「まぁ、あんたもこの辺じゃ初仕事なんだろうし、変なミスしたくないってのもわかるけどな。最初ッからそんなにガッチガチじゃ、うまくいくものもいかねぇぞ」

「あははは……助言、痛み入ります。けど、お気持ちだけで十分」


 どうやら、彼なりに気遣ってくれてのことのようだ。

 だが、その気持ちだけ受け取ることにして、ハヤトとアミアはこじれたり、これ以上絡まれたりする前に、さっさとその場を離れることに決めた。


「アミア、そろそろ行こうか」

「そうだね」

「じゃあな。ま、そのうち一緒に仕事しようや」


 ひらひらと手を振りながら、青年はハヤトとアミアを見送った。

 ハヤトは青年に軽く会釈をしてから、酒場を後にし、大通りへと出た。


「それにしても、変なのに絡まれそうになったよねぇ」

「おいおい、アミア」

「ほんとのことじゃないか! 危うく持ち金の半分は持っていかれるところだったよ?」

「いや、持ち金の半分て……いくらなんでもそこまで飲まないだろ」

「わからないよ? あぁいうのは、すぐに調子に乗るからね」


 酒場から離れたことをいいことに、アミアは先ほど出会った斥候の青年をこき下ろしていた。

 本人がこの場にいないため、ハヤトも止めることはしていないが、その評価の悪さに、苦笑を禁じ得ないようだ。

 とはいえ、実のところ、アミアの予想は間違ってもいない。

 現に、先ほど声をかけてきた青年は、このギルドで何かにつけて他人に奢ってもらおうとする癖があることで有名だ。

 それも、持ち金が綺麗に半分ほど持っていかれるほど飲み食いするほど遠慮なく。

 ゆえに、アミアの予想は中らずと雖も遠からず、というものなのだ。


「ハヤト! 今後はあんなのに関わらないように、注意しないとね!!」

「はははは……できる限り、そうしたいね」


 いまだに怒りが収まらないアミアがその小さな指を向けながら、激しい口調で告げてくるその様子に、ハヤトは苦笑を浮かべながらそう返した。

 だが、まさかこの時の青年と再会し、のちにパーティーを組むことになるとは、この時の彼らは予想すらしていなかった。

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