7、相棒の食事代は初依頼
帝都の中をしばらく歩き、ハヤトとアミアは豪華とは言えないが、決して汚くはない宿屋を見つけた。
「『兎のしっぽ亭』、か」
「随分、可愛い名前だね。ここにするの?」
「豪華ってわけでもないし、汚くもなさそうだしね。俺はそういう雰囲気の宿のほうが落ち着くかな」
「ふ~ん?ハヤトがいいなら僕はそれに従うけど、なんかちょっと意外だね」
ハヤトの言葉に、アミアは足を顎のあたりにあて、首をかしげながらそう返してきた。
「あんまり高級でも、俺の方が委縮しちゃって休んだ気にならないんだよ」
「そういうもん?」
「そういうもんだよ」
どうやら、アミアは人間という種族は高級なものに囲まれることを好んでいると思っているようだ。
むろん、ハヤトくらいの年齢であれば、財に囲まれて過ごしたいと、思うものが大半を占めるだろう。
だが、あくまで大半であり、ごく少数、自分の身の丈を知り、それに合わせた生活を送ることを心掛けているものもいる。
ハヤトはどちらかと言えば、後者に分類される人種のようだ。
「さてと、早く入って、受付すませちゃおう」
「そうだね。僕、もうお腹減っちゃったよ」
もともと、素材を冒険者ギルトに買い取ってもらってから宿泊と食事をしようと思っていたのだ。
空腹に耐えられなくなっていても仕方がない。
「ねぇねぇ、早く早く!」
「あぁ、もう落ち着けって!余計に腹減っちゃうだろ」
空腹に耐えかねたアミアが、まるで小さなことものように食事をせがんできいた。
気持ちはわかるため、苦笑を浮かべながらなだめるだけにとどめ、ハヤトは足早に食堂のカウンターへと向かった。
すると、この食堂のシェフなのだろう、バンダナを頭に巻いたひげ面の男が出迎え。
「らっしゃい。注文は?」
早速、注文を取ってきた。
この食堂での食事は、これが初めてということと、懐具合がいささか厳しいということもあり、ハヤトはその注文に、多少申し訳なさそうに。
「この店で一番安い料理を。それと、水を一杯」
「しけてんなぁ」
「すみません。なにせ、ここに来るまでにけっこう使ってしまって」
「そうかい。てことは、このあと仕事か」
ハヤトからの予定を聞きながら、シェフはハヤトの前に水が入ったコップをと、少量の木の実が盛り付けられた小皿を置いた。
注文していないはずのものが置かれたことに首をかしげていると、シェフは笑いながら、安心しろと言って続けた。
「あんたの肩に乗っかってる小さいお客さんのだ。お代は、そうだな。俺の依頼を受けてくれりゃそれでいい」
「依頼?」
「あぁ。ちと頼まれてほしくてな」
冒険者はギルドが提示する依頼を受注することが通例だ。
だが、それはあくまでも依頼を受ける冒険者たちが依頼人との間でトラブルを防ぐという目的のためであるため、依頼人から直接、依頼を受けることができないわけではない。
もっとも、そういったギルドを経由しない依頼というものは、依頼内容そのものがきな臭いものか、依頼者によほどの理由があるかのどちらかであり、いずれにしてもトラブルに巻き込まれる可能性が高いものであることが圧倒的に多い。
「なら、ギルドを通して」
「いやぁ、ギルドにも通してあるんだ。あとで掲示板見てくれりゃわかる」
「それならまぁ、構いませんが」
ハヤトのその返答に、シェフは申し訳なさそうに謝罪をし、依頼内容の説明を始めた。
「城下町のはずれに墓地があるんだが、その一角に、俺が所有している酒蔵があるんだ」
「そこにあるワインを取ってきてほしい、と?」
「あぁ。それと、シードルとリキュール、ウィスキーもな。瓶一本ずつで構わねぇし、持ってきてほしい銘柄は掲示板に貼ってある」
「……あの、それ、わざわざ冒険者に頼むことですか?」
さすがに簡単すぎる内容に、ハヤトは眉をひそめた。
酒蔵から指定した酒瓶を持ってくるくらい、冒険者でなくとも、店の従業員や開店時間の前に自分で取りに行けばいいだけの話だ。
なぜわざわざ冒険者に依頼を出すのか、その理由がわからない。
「まぁ、落ち着いて聞いてくれよ。話の肝はここからなんだ」
「へ?」
「その酒蔵は地下にあるんだが、これがまた結構な深さでな。一応、魔物除けは施されているんだが、魔物除けの効力が切れている時がたまにあってな。侵入していることがあるんだよ」
「もしかして、魔物除けのメンテナンスと入り込んだ魔物の駆除もかねて、と?」
「そういうこった、話が早くて助かるぜ」
通常、大規模な都市や王都には魔物が入れないよう、城壁や魔物除けなどの防御策が用意されている。
だが、都市部の外につながっている下水道は人の目が行き届かないため、魔物除けが壊れていることに気づきにくい。
そのため、スライムのような不定形の魔物をはじめ、様々な魔物が住み着いてしまい、最悪の場合、町の中に魔物が氾濫するという緊急事態に陥ることもある。
過去にもいくつかそのような事例があったことから、町の治安維持の観点から、冒険者には定期的に下水道の見回りに関する依頼が出されるのだが、下水の異臭と湿気による不快感から、もっぱら、重い罪を犯したものへの罰則か、駆け出しの雑用として扱われがちだ。
おそらく、シェフの依頼はその延長線上にあるものなのだろう。
「当然、報酬は弾むぜ?」
「わかりました。今は仕事を選んでる場合じゃないですし、引き受けます」
「そうか!ありがとうよ!!」
仕事を選んでいる場合ではないし、報酬を弾むといわれてしまえば、食いつかないわけにはいかない。
ハヤトは手早く食事を終わらせ、シェフの依頼を受けるため、ギルドの受付へと向かっていった。
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