3、飛び出してきたのは小さな毛玉

 ハヤトが森の探索へ向かってから数時間。

 あたりはすでに日が暮れ始めており、村民はみな、それぞれの家に戻り始めていた。

 そんな中、アレックス村長は自宅の玄関先でそわそわとした様子で、先ほど『自主的に』調査依頼を受けてくれた冒険者である。


――よもや、これほど時間がかかるとは……まさか、緑小鬼たちに食われてしまったなどということは……


 村の子供を助けてくれただけでなく、ほぼ無償で調査をしてくれるほど、人がいい冒険者として見ているのか、ハヤトがなかなか戻ってこないことに気をもんでいるようだ。

 よほど人がいいのか、それともハヤトが向かった森に緑小鬼以上に危険な魔物がいるのか。

 そのようなことを心配していると、アレックス村長の耳に待ちわびた声が聞こえてきた。


「村長。ただいま戻りました」

「おぉ、ハヤトさん! あまりに遅いんで心配していたんですよ」

「予想以上にかかってしまいまして、申し訳ありません」


 さながら、危険な仕事に向かった息子が帰ってきたことを喜ぶ父親のようだ。

 そんな感想を抱きながら、ハヤトは苦笑を浮かべ、遅くなったことを謝罪した。

 だが、アレックス村長はまったく気にしていない様子で、にこやかな笑みを浮かべている。


「なに、気にすることはない。冷や冷やしたことは事実だが、こうして無事に戻ってくれたのならなによりだ」


 どうやら、村長としては結果よりもハヤトが生きて帰ってきたことのほうが重要だったらしい。

 本来ならば結果の方が気になるのではないか、と思いながらもハヤトは苦笑を浮かべて、その言葉を聞き流した。


「ささ、そのままでは疲れが取れんでしょう? 報告はリビングで伺いますよ」

「では、お邪魔します」


 ハヤトの疲労を察してか、アレックス村長は優しく微笑みながら、ハヤトを招き入れる。

 ハヤトはリビングへと向かい、うながされるまま椅子に腰かけた。

 村長が差し出してきたぬるま湯を口に含め、一息つくと、ハヤトは早速。


「率直に申し上げますと、緑小鬼の巣窟がありました」

「なっ?!」


 ハヤトのその報告に、村長は目を丸くし、思わず立ち上がっていた。

 巣窟があった、ということは、そこには大なり小なり、そこには緑小鬼が群れで生息しているということでもある。

 その規模こそわからないが、すでに森は緑小鬼たちの狩場となっている可能性が高く、時間を置けば、群れを成した緑小鬼たちが村に襲撃してきてもおかしくはない。


「すぐに対策を練らなければ……」


当然、アレックス村長は早急に対応するために動こうとした。

だが、ハヤトはそれを止めた。


「あの、大丈夫ですよ?」

「な、なぜですか?!巣窟があったということはこの村が襲撃される可能性が……」

「いえ、ですから。巣窟を見つけましたが、そこまで規模は大きくなかったので処理しておきました」


 ハヤトの口から出てきた言葉に、アレックス村長はさらに目を丸くした。

 巣窟内に生息している緑小鬼全てを討伐し、さらに二度と利用できないよう、入り口を完全に塞いでしまったらしい。

 確かにできたばかりであったり、小規模であれば、単身で緑小鬼の巣窟を制覇することはできる。

 だが、それでも単身で行うにはかなり骨が折れるし、何よりも半日でできるものではない。


「まぁ、できたばかりで緑小鬼の数も多くなかったですし、穴も魔法でふさぎましたから」


 食いつきそうになっているアレックス村長をなだめるように、ハヤトはそう話した。

 実際のところは少しばかり違うのだが、緑小鬼の数がハヤト一人で対処できないほど多くなかったということは事実で、入り口も土属性の魔法である『岩壁ロックウォール』で密封してある。

 よほどのことがない限り、破壊されることはないし、周囲に溶け込んでいるため、発見することも難しい。


「そ、それならばいいのですが……」

「よほどのことがない限り……トロールのような巨大なモンスターが破壊したり、目ざとい冒険者が発見しないかぎり開けられることはないと思います」

「そうですか……ならば、一安心ですかな」


 ハヤトの丁寧な説明に、アレックス村長はようやく安堵したらしく、ため息をつきながらゆっくりといすに腰掛ける。

 その様子を見ながら、ハヤトは説明の順番を少し間違えたかもしれない、と反省していた。

 それを指摘するように、ハヤトを責める声がハヤトが腰に取り付けていたポシェットから声が聞こえてきた。


「ハヤト、今のは説明の仕方が悪いよ」

「そうだな……うん、ちょっと反省」

「ハヤトが反省したかどうかなんて、どうでもいいから、ちょっと蓋開けてよ! 僕も村長にあいさつしたいしさぁ!!」

「あ、ごめんごめん」


 そう言いながら、ポシェットのふたを開ける。

 その瞬間、中から白い小さな毛玉が素早くハヤトの肩に登ってきた。

 ハヤトの肩で動きを止めた毛玉は、ぴょん、とテーブルに飛び移る。


「ハヤトさん、この小動物は……?」

「小動物じゃなーーーーーーいっ!!」


 アレックス村長に『小動物』と呼ばれたことがよほど頭に来たのか、毛玉は抗議の叫びをあげる。

 よくよく見れば、白い毛玉のように見えたそれは、ネズミやリスのようなげっ歯類だった。

 透き通るような真紅の瞳と、額にある新緑を思わせる宝玉から、一見しただけでもただの小動物ではないことがすぐにわかる。

 彼らは霊獣と呼ばれる種族で、この世界に存在するあらゆる言語を理解し、個体差こそあるが、高レベルの魔法を操ることもできるほどの知性を持つ、非常に数が少ない種族だ。


「僕はアミア! 小動物じゃない!!」

「す、すまない……」

「まったくもう! これだから人間は!!」

「ま、まぁまぁ、落ち着いてくれよ、アミア……ね?」


 普段から自分の姿でからかわれることが多いからか、アミアと名乗ったこの霊獣は『小動物』と呼ばれることをかなり嫌っているらしい。

 知らなかったとはいえ、アレックス村長はその逆鱗に触れてしまったのだ。

 もっとも、アミアは愛らしい外見からはかけ離れた年月を生きているため、機嫌を直すまでさほど時間をかけることはなかったのだが。

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