2、緑小鬼を探して

 アレックスの心配をよそに、ハヤトは森の中を注意深く進んでいた。

 今のところは、緑小鬼の存在を示す痕跡は、見つけられていないが、見かけた、という情報があった以上、探さないわけにはいかない。


「根気よくいくしかないな……」


 誰に取なしに、そうつぶやき、額の汗を袖で拭いながら、ハヤトは再び歩を進むが、その視線は足元に向けられていたが、意識は頭上や背後、周囲の茂みにも向けていた。

 緑小鬼に限った話ではなく、ゴブリンという種族はその非力さ故か、奇襲や罠や毒物を使用してくる。

 その卑劣さは熟練の冒険者であっても、少し気を緩めただけで死を迎える危険にさらされるほどだ。

 おまけに、単体で動いていると思わせて、離れた場所から別動隊が奇襲を加えてきた、という報告もあがっている。

 群れを形成したゴブリン種はそういった役割分担もできるほど、知恵をつける傾向が強い。

 そのため、熟練者も油断して失敗することを『ゴブリンに足元をすくわれる』と言い表されている。

 これは、どんな冒険者でも知っている基本中の基本となっていることだ。

 むろん、ハヤトもその基本事項をしっかりと抑えている。



「まったく、いつも思うけど、ほんとに君はお人好しだよねぇ」

「まぁ、そう言ってくれるなよ」


 不意に聞こえてきた声に、ハヤトは苦笑しながら返す。

 その視線は、腰に取り付けられたポシェットに向けられている。

 そのポシェットの中から、赤い輝きと白い毛のような何かが見え隠れしていたが、危険を察知してか、声の主はポシェットから出てくる気配はない。

 いつものことなのか、ハヤトはそれを気にすることなく、再び、緑小鬼の探索を開始した。

 だが、何のあてもなしに森の中をさまようことは、無駄に体力を消耗することと同じだ。

 奇襲を警戒し回避できたとしても、体力を消耗していた結果、それが原因でゴブリンに食われるなどということになってしまいかねない。

 そうなっては本末転倒というものだ。

 だが、ここでハヤトは一つの案が浮かんできた。


――とはいえ、面倒くさいことに変わりはない、か……釣るか?


 緑小鬼たちの流れをたどっていけば、巣穴を見つけることもできる。

 たとえ、巣穴を見つけることができなくとも、その存在を確認さえできれば、ギルドに報告し、調査依頼から討伐依頼へ変更することも可能となる。


――体力を無駄に消耗することもないし、そうした方がいいか


 そう結論を出し、早速、罠の作成に取り掛かろうとしたそのときだった。

 ハヤトの耳に、不快な音が響いてくる。

 くちゃくちゃと何かを噛みながら話しているような声に、人間が扱うとは思えない言語。

 耳に入ったそれらの情報から、ハヤトは標的が近くに来ていることを察した。


――まさか、巣穴が近いのか? だとすりゃまずいぞ……


 アレックス村長の話では、緑小鬼の出現が確認された場所は森の深い場所のはずだ。

 今、ハヤトがいる場所はさほど深い場所ではないが、決して浅い場所というわけでもない。

 猟師であれば獣を追いかけて入ることはあるだろうが、普通の村人や子供が入るような場所でもない。


――群れからはぐれたという可能性もないわけではないのだが、巣穴から離れた場所の偵察に出ている斥候隊という可能性も捨てきれないな


 今、ハヤトの視界にいる緑小鬼は一体だけだが、さきほど耳に届いた会話らしき声を聞くに、後方、あるいは少し離れた場所に別の緑小鬼が複数体いることは間違いない。


――持ってるものからすると、あいつの役割は斥候スカウトか。さっきの会話みたいな声もあるし、まさか勢力を拡大させたのか?……いずれにしても、こりゃちょっとまずいな


 依頼の内容は調査だけで、討伐は含まれていない。

 だが、放置しておくと侵攻が早まることは明白だ。

 緑小鬼に限らず、ゴブリン種の繁殖力と勢力拡大速度は魔物を含めた種族の中でも群を抜いている。

 このまま放置しておけば、緑小鬼たちがこの森だけでなく、トネリコ村を制圧してしまうことにもつながりかねない。


――それは目覚めが悪いから、ひとまずこいつらだけでも狩るか


 さすがに、巣穴に控えているであろう一個大隊規模の緑小鬼を相手にすることは無謀極まりない行いだ。

 だが、今目の前にいる数体程度ならば、自分一人でもどうにかなる。

 そう考えて、ハヤトは緑小鬼に向かって手のひらを向けた。


――叫ばれても困るから、今回は……ウィップバインド!


 ハヤトがそう念じた瞬間、緑小鬼の足元から蔓のようなものが勢いよく伸び、緑小鬼を縛り付ける。

 ご丁寧に声が出せないよう、鼻から下にも巻き付いていく。

 敵襲を察知した緑小鬼は、必死に巣穴の方へ向かって警告を発そうとしていたが、くぐもった声しか出せず、その声が巣穴に届くことはなかった。


「すまんな、だが、お前たちにこれ以上進まれると、迷惑をこうむる人たちがいるんだ」


 ハヤトは謝罪をしながら緑小鬼のうりそにまわりこみ、そののどを短剣で切り裂く。

 ほどなくして、喉を裂かれた緑小鬼は白目をむき、ピクリとも動かなくなった。

 その瞬間、緑小鬼に巻き付いていた蔓は静かに地面の中へと戻っていった蔓がすべて戻ると、ハヤトは緑小鬼の右耳を切り取り、遺体を地面に寝かせる。

 ハヤトがその遺体に手をかざした瞬間、緑小鬼の体は静かに地面の中に潜っていった。

 緑小鬼の体が完全に沈むと、ハヤトは切り取った右耳を布で包み、皮袋にしまう。


――さて、とはいえこいつだけじゃギルドは動いてくれないだろうな……あと四、五体分は必要かな


 緑小鬼一体分だけでは、群れからはぐれただけ、という可能性も捨てきれず、ギルドに討伐依頼を出すにはそれなりの数の証明部位が必要になる。

 加えて、斥候役が戻ってこない、ということを察し、離れた場所にいるであろうほかの緑小鬼たちが姿をやってくるかもしれない。


――ひとまず、ここから離れて様子を見る必要があるな


そう考え、ハヤトは近くにあった幹の太い木に登り、先ほど緑小鬼を埋葬した場所を見下ろした。

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