1章、帝都グランバレア
1、善意で依頼を引き受ける
子供たちの遊び場にもなっていた森の浅い部分。
そこにすら入ることが許されなくなったことには、しっかりとしたわけがあった。
「実は、ここ最近、森の中部で緑小鬼が見られるようになりまして」
「緑小鬼……ゴブリン、ですか」
緑小鬼とは、『ファーランド』に蔓延る魔物の中でも最も力が弱い種族の一つだ。
普段の生息域は森林なのだが、その繁殖力と環境適応力は高い。
その生息域の環境によって肌の色を変えるため、赤小鬼や黒小鬼といった亜種も存在しているが、その姿かたちや残忍性、生態にいたるまですべてが共通している。
そのため、それらの小鬼を総称し『ゴブリン』と呼んでいるのだ。
「それはちょっと……いや、かなりまずいですね」
「うむ。まだ深い部分で行動しているようだから被害はないのだが、念には念を入れて森に入ることは禁じておるのです」
「ギルドに連絡は?」
「調査依頼としてひと月ほど前に。ですが……」
「まだ来ていない、と」
「はい」
ハヤトのその言葉に、アレックスは力なくうなずく。
通常、普段は見かけない場所で魔物の姿を見たり、痕跡を見かけたりした場合、狩人にその痕跡を追跡させ、討伐可能なようならばそのまま討伐してもらうことになっている。
狩人といっても普段は魔物を相手にしているわけではないため、討伐が不可能と狩人が判断した場合、冒険者ギルドに討伐依頼を出すことが通例だ。
しかし、それは狩人が村にいればの話。
牧畜を行っている村では定期的に肉や毛皮が手に入るため、狩猟を行う必要性が低く、そういった村には狩人がいないことが多くある。
ここトネリコ村は、さほど規模は大きくないが牧畜も行っているため、調査依頼を狩人ではなく、冒険者を取りまとめる組織『冒険者ギルド』に直接出したようだが。
「命あっての物種、ですから調査依頼は避けたいと思うことは冒険者として当然の心理ですからな。解決が遅れてしまうのも無理はないというものですが」
「おまけに報酬も低いとくれば、受けてくれる冒険者がなかなか現れないのも当然、というわけですか」
「まぁ、そういうことです」
もっとも、中には危険を承知で依頼を受ける勇敢な、あるいは無謀な冒険者もいる。
だが、そういった冒険者に限ってランクが低く、死亡率が高いため、ギルドの受付で依頼の受理を止められることが多く、調査依頼を出しても受けてくれる冒険者がおらずに何か月も放置される。
その結果、村の全滅や、『
アレックスの返答の後、ハヤトは少し考える素振りを見せてから、でしたら、と一つの提案をしてきた。
「なら、俺が調査に行きましょうか?」
「む? そうしていただけるとありがたいのだが……」
「ギルドに関しては大丈夫ですよ。今回はあくまで、『村に来る途中で気になったから』調べるだけですし、報酬は別に気にしてないので」
突然の提案に戸惑うアレックスに対し、ハヤトはにこやかにそう返した。
本来、こういった調査依頼は、ギルドに出された依頼はギルドの受付で申請しなければ報酬を受け取ることはできない。
道中で気になったから、といって調査し、ギルドに報告したからといって、それは冒険者が勝手にやったことであり、ギルドから仕事を受けたわけではないので報酬は支払えないという。
普通の冒険者ならば渋るところなのだろうが、ハヤトはそのことを気にしていないようだ。
しかし、アレックスはそれでは気が収まらないらしい。
「ならば、せめて一晩、宿を提供させていただきます。それくらいはさせてください」
「いや、しかし……」
「善意で危険を冒そうとしているお方に義理を果たさないようでは、先祖に顔向けできません」
そう言ってくるアレックスの目は真剣そのもので、一歩も引くまいとする強い意思すら感じ取れる。
その意思に負け、ハヤトはその提案を受けることにした。
「では、報酬は一晩の宿、ということで」
「かえってそれくらいしか出せず、申し訳ない」
「いえいえ……では、善は急げといいますので、早速行ってみます」
「よろしくお願いします」
ハヤトの言葉に、アレックスは深々と頭を下げ、つられるようにアリシアも深々と頭を下げた。
丁寧に見送られ、かえって恐縮してしまったハヤトだったが、気を取り直して、二人に背を向けて、再び森の方へと向かっていく。
その背中を見送ったアリシアは、不安そうな表情を浮かべていた。
それに気づいたアレックスは、アリシアを安心させるように、そっとその頭に手を置いて。
「大丈夫。きっと帰ってくるよ。結果がどうであれね」
「……うん」
「それよりもアリシア。お前、早くお母さんの所へ行ってあげなさい。姿が見えない、とすごく心配をしていたぞ」
「え?! わ、わかった!! それじゃ、またねそんちょー!!」
アリシアはそう言って、元気よく村長の家から飛び出し、自分の家へと帰っていった。
その背中が見えなくなるまで見送った後、アレックスは森の方へと視線を向ける。
その顔は、森に調査に向かったハヤトを心配しているのか、何かを憂うような表情を浮かべていた。
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