序2

 アリシアに案内されながら、ハヤトは森の中を歩いていた。

 道中、アリシアはハヤトに様々なことを聞いてくる。

 どこから来たのか、なぜこの森にいたのか、どうやって魔法を身につけたのか、などなど。

 その一つ一つに、ハヤトは丁寧に答えてくれた。


「別の町から来たんだけど、出身はもう少し遠い場所でね。森にいたのは、これから王都に向かう途中で、ちょっと食料を採ろうとおもって、ね。魔法は……まぁ、師匠から教わってだね」

「へぇ……」

「……もしかして、魔法に興味があるの?」

「はい! 使えたらなんだか便利そうなので」


 ハヤトの問いかけに、アリシアは満面の笑みで答えた。

 威力の調整こそ必要ではあるが、水の魔法を使うことが出来れば飲み水や生活用水に困ることはなく、火の魔法を使うことが出来れば火をつけることも簡単だし、お湯も沸かすことも可能だ。

 だが、基本的に生活に密接にかかわる魔法というのは、魔物避けの結界や防壁や柵、壁などの耐久力を上昇させる付与を行うもの、あるいは回復魔法くらいなもの。

 あとは魔物との戦闘で用いるような攻撃魔法が主流だ。

 むろん、それ以外の魔法の研究も教会や国立の学術機関が行っているが、いかんせん、魔物との争いが長いためか、攻撃以外の用途で使用される魔法知識はほとんどが喪失している。

 生活の中で魔法を使用できるようになるまではまだまだ多くの時間が必要となるだろうが、確かに使えないに越したことはないのも事実。


「う~ん……アリシアが文字を読めるなら、昔、師匠からもらった入門書をあげてもいいけど……」

「……文字、まだ読めないです……」


 ハヤトの言葉に、アリシアはシュンとした表情を浮かべて、うつむく。

 よほど困窮した村や辺境ではない限り、作付けや収穫などの忙しい時期を除き、七日に一度、教会の神父が子供たちを相手にして簡単な読み書きや計算を教えている。

 ファーランド全体の識字率は低いわけではないのだが、アリシアははきはきとしているが、まだ五歳くらい。

 教会学校の授業を受けることはまだできないのだろう。

 さすがに、この地域に長期滞在するつもりがないため、直接教えるつもりはないのだが、幼い子供にそんな表情をさせて、何も感じないほどハヤテは冷たい人間ではないようだ。


「なら、文字が読めるようになったら読んでみるといいよ」

「え? もしかして」

「師匠からもらったといっても、学園じゃ普通に教科書として扱われている本だからね。君に譲ってあげよう」


 その一言に、アリシアはうれしさのあまりスキップしながら先へ進んでいた。

 転ばないように気を付けて、と軽く注意を促しながらその様子を見守るハヤトの顔は、どこか優しげだ。

 そうしているうちに、二人はアリシアの住んでいる村に到着した。

 家と家の間はそれなりに距離があり、家の裏には畑と思しき土地が広がる、町のようなにぎやかさはないが、牧歌的でのんびりとした雰囲気がある村だ。


「ハヤトさん。ここがわたしの住んでる村、トネリコ村です!」

「トネリコ村……うん、のんびりした感じのいい村だね」

「えへへ」


 ハヤトが口にした感想に、アリシアはにへらと笑い、ハヤトをせかすようにして村長の家へと案内した。

 村の敷地に入ってから数分とすることなく、村長の家に到着すると、アリシアは村長の名を大声で呼んだ。


「そんちょー! お客様でーす!!」

「お~、ちょっと待っとれ~」


 アリシアの元気な声に、ややのんびりした雰囲気の男性の声が返ってきた。

 声から察するに、年のころは六十より手前、というところだろう。

 その予想の通り、入口の戸の向こうから六十よりちょっと手前だが、髪の毛はだいぶ寂しくなり始めている男が姿を現した。


「おぉ、アリシア。おかえり……そちらの方は?」

「この人はハヤトさん。薬草を取りに行った帰りに助けてもらったんです」

「単独で活動している冒険者のハヤトです。よろしく」

「こちらこそ、村長のアレックスと申します。ところで、助けた、というのは?」


 アリシアの口から『助けてもらった』という言葉が出てきたことに首をかしげながら、アレックスと名乗った村長は問いかける。

 ハヤトはその問いかけにできる限り丁寧に説明すると、村長がアリシアの頭を小突く。


「アリシア! 森に入ってはいけないと何度も言っているだろ?!」

「うぅ……でも、お母さんに薬草を……」

「だったらまず私に言いなさい! お前にもしものことがあったら、お前のお母さんがどんな思いをするか」

「あ、あのぉ……」


 ふと、二人の耳にハヤトの情けない声が聞こえてきて、アレックスは気まずそうな顔になった。

 説明を聞いてアレックスはいきなりアリシアに説教を始めてしまったことで、ハヤトはすっかり置いてけぼりになっていたことにようやく気付いたようだ。


「あぁ、すまない。すっかり忘れてしまって……」

「い、いえ。それだけ村長さんが村の子供たちを大切にしているということなのでしょうし」


 ハヤトは苦笑を浮かべながら、そう返しはしたが、先ほどの会話で気になったことがいくつかあったため、真剣な面持ちで村長に問いかけた。


「あの、アリシアのお母さんは病気か何かで?」

「少し、風邪をこじらせてしまっていましてな。ただ、風邪に効能のある薬草が在庫を切らせていまして」

「なるほど、それで入るなって言われてた森に入っちゃった、と……けど、これくらいの子供なら、森の浅いところまでなら遊び場のようなものなのでは?」


 王都はもとより、町と比較してもそこまで規模が大きくない村では、子供たちが年相応の好奇心を満足させるため、「冒険」と称して村の外へ向かうことはよくある。

 まして、近くに森があれば入ってみたくなるのが人情というもの。

 それを知っているから、大人たちも村長も、浅いところであれば入っても問題ない、と判断して何も言わずにいた。

 だが、村長の口から出てきた返答は、子供たちの遊び場が奪われるどころか、一つ違えば、村が全滅しかねない状況にあることをハヤトに知らせることとなる。

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