小動物の相棒と歩む、土魔術師の冒険譚

風間義介

序章

序1

 『ここ』とは違う場所、『いま』とは違う時間。『現代』とは違う歴史を持つ世界。

 それが『ファーランド』。

 などと説明したが、要するに太陽系第三惑星『地球』とは異なる、ファンタジーな世界だ。

 当然、科学によって淘汰された技術『魔術』が存在し、同じく科学によって解明された怪物たち『魔物』が、その伝承で伝えられるままの姿で存在している。

 そんな世界にある、とある大森林の中を、一人の少女が大量の薬草が入った籠を抱えて走っていた。


「はぁ、はぁ、はぁ……」


 だが、その表情からただ事ではないことはすぐに理解できた。

 彼女の表情は、何かにおびえている時や恐怖を感じている時のそれだった。

 彼女の背後には数体の森狼と呼ばれる魔物が、牙をむきながら彼女に向かって走ってきている。

 武器もなければ防具もない、何も戦う力を持たない幼い少女が追い付かれれば、その結果は明らかだ。

 だが、人生は何が起こるかわからないし、神様というのは基本的に見守るだけで何もしてくれない。

 それどころか、試練と称して自分が生み出した人間たちを弄び、もがく姿を見て楽しんでいることすらある。

 どうやら今回、少女の身に降りかかってきた災難は、後者のパターンだったようだ。


「きゃっ??!!」


 逃げている途中で、運悪く、木の根につまずいてしまい、少女はバランスを崩し、転んでしまった。

 抱えていた籠の中身は地面に落ちてしまい、当然、起き上がるまでの時間で、森狼が彼女に飛びかかるのは容易だ。

 だが、森狼が少女に襲いかかる寸前、年若い男の声が響く。


「――ソーンバインド!」


 その声が響いた瞬間、森狼の体に茨のツタが絡みつき、森狼の動きを封じた。

 いや、それだけではなかった。


「広域多重展開、ロックランス!」


 間髪入れず同じ声が響く。

 その瞬間、森狼の足元からタケノコのような形状をした岩が生え、森狼の腹を貫いた。


「ギャウンっ!!」

「ギャウッ!!」


 岩のタケノコの先端が森狼の背中を突き破る。

 あまりの痛みと突然の攻撃で、森狼は悲鳴を上げるが、もはや助からないことは誰の目から見ても明らかだ。

 少しの間、魔術を唱える声に続き、森狼の悲鳴が響いたが、しばらくするとそれらは聞こえてこなくなった。

 不思議に感じ、少女は恐る恐る周囲を見ると、風変わりなローブをまとい、長い髪を首のあたりで一本にまとめている青年が森狼の牙と爪を切り取っている姿が入り込む。


「あ、あの、すみませ……」

「……ふむ、これくらいなら別に捌く必要もないか?」

「あの! すみません!!」

「ん? あぁ、なんだ起きてたのか。君、怪我は?」


 声をかけようとしたが、青年は何やらぶつくさとつぶやいていたためか、少女の声が耳に入っていないようだった。

 少女が少し大きな声を出すとようやく気付いたのか、青年は視線だけを向けてそう問いかけてくる。

 黒い髪に琥珀色の瞳、美青年というほどではないにしても、整った顔立ちをしているように思えた。


「だ、大丈夫です。それよりも、助けてくださってありがとうございました」

「気にしないでいいよ。ちょうど、森狼の討伐依頼を受けてたこともあったし」

「……お兄さん、もしかして冒険者?」

「まぁ、そんなとこだね」


 少女の質問に、青年はそう答えて少女を助け起こした。

 冒険者とは、文字通り、冒険を生業とする職業だ。

 基本的には荒事と関わることが多いため、気性が荒く、モラルがなっていない人間も少なくはない。

 冒険者ギルトがある町は怖い、と少女は村の大人たちから教えられてきたが、その原因の一端となっているのが、そういった冒険者たちだった。


――けど、この人は父さんや母さんが言ってたような怖い感じはしない……


 少女が転んだ際に籠から転げ落ちた薬草を拾っている姿を見て、少女はそんな感想を抱く。

 だが、そうしている間も、青年は何かを警戒しているのか、周囲を見回している。

 あらかた薬草を拾い集めると、青年は立ち上がり、険しい顔つきのまま周囲を見回していた。


「……血の匂いでほかの魔物が寄ってこないうちに急いで森を抜けたほうがいいな……」


 どうやら、血の匂いに誘われてきた肉食獣や魔物の襲撃を恐れているようだ。

 その呟きが聞こえたのか、少女は突然、青年に提案を持ちかけてきた。


「あ、それなら、この近くに村があります! そこまで案内します!!」

「なら、案内お願いできるかい?」

「あ……は、はい!」


 青年は村があることを聞くと、即座にそう問いかけてきた。

 まさか自分が案内をお願いされると思っていなかったのか、その問いかけに少女は慌てた様子で返事する。

 ふと、そういえば自分は彼の名前を知らないし、自分も彼に名乗っていないことを思い出し。


「あ、あの、わたし、アリシアっていいます。あなたは?」

「俺かい?」

「あなた以外に誰がいるんですか?」

「それもそうか……俺はハヤト。よろしくな、アリシア」


 ハヤト、と名乗った青年の優しい笑みに見惚れながら、アリシアはこくこくとうなずいていた。

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