同気相求む

前日にあったことは、その日家に帰ってから全部説明をして伝えていた。

仕事をさぼる事、客とのひと悶着、そして胸倉をつかまれヤクザがどうこうと脅迫されたことも全て。そしてもう二度とCの顔も見たくないということも伝えた、あの恐怖は味わったことがないものだった。

アプリの画面に映りきらないほどの長文を何度も何度も確認したうえで送信ボタンを押した。

これでCのバイトも終わりだろうと安心して眠っていた。


朝目が覚めるとアプリに履歴が残っていた、それを見た瞬間から前日の事だろうという察しは付いていた。

話を聞きたいので店に来てほしいという話で、しぶしぶ私は指定された時間に指定されたコンビニへと向かった。私には何の非も無かったのが、ちゃんとした説明責任があるのは当然だなと思った。


店に向かうとCもいた、店長のDに報告をしたとき、もう一緒の空間にいるだけで怖いと言う説明をしたはずだったのにだ、実際怖いのだ、だがそんな願いは聞き入れられなかった。

血走ったような目をしていたCは私を見つけるなりにらみつけてきた。

前日からの怒りが一晩経っても収まっていなかったらしい、とんでもなく粘着質だと思ったし、見当違いも甚だしいと思った。


店長は事情を聞き、それにすべて私が応えた。

Cは一言も喋らない、全て事実だからか、それとも怒りで口もきけなかったかはわからないがその両方ともあっていそうだった。

その場で監視カメラを確認した。事の発端となった客の予約処理だったが、Cが置いた棚から落ち、その下の隙間に入り込んでいたのが分かった。やはり私は何も関係なかった。

そして胸倉をつかんだことも、ヤクザの知り合いだという強迫も全て監視カメラで残っていた。こんなにも声が鮮明にとれるものなのかと少し感心していたが、既に確信していた、これでCは確実にバイトを辞めさせられるに違いないだろうと。


店長のDは私とCに向かって話をしていたが、まるで私も悪かったかのように喋る物言いに不愉快さを感じていた。

「家風さんにもね、悪かったところがあると思うんですよ」

「いえ、口調が強かったこと以外何も悪くないです、自分は仕事をさぼってもいませんし、やるべきこと以上にやってますから」

「なんちゃあてめえ」

横で唸るCは獣そのものだった。

「いや、まあ、えっと、そうですけどお」

私が強気に出ると思っていなかったのか、Cと強気な私の間に挟まっていつものタヌキの様なひょひょうとした雰囲気が鳴りを潜めていた。

私は実際そう思っていたし、何も悪くなかったこともはっきりしている、なぜ謝らなければいけないのか分からない、むしろ頭を下げるのは向こうだけではないかと確信しているのだから、一歩も譲らない、私は気弱そうに思われるが、やっていないことを認めるような阿呆というわけではに。


「ま、まあね、ほら仲直りしましょう、握手しましょう握手」

そのまま話を終わらせようとしていた、Cをクビにするという話もないし、それどころか何故か私まで悪い事をしたかのような扱いに、この店長もまともな人間じゃないという考えが抑えられなかった。

私はCの手を触るのが心底嫌だったが、そうしないと終わらないというプレッシャーを感じて、本当に嫌な気持ちだったが抑え込んで握手をした。

Cも大層いやそうな顔をして私と握手をしていた。いつ懐から何か出さないかとびくびくしていたが、そんなものが飛び出してくる事もなかった。

だけどその話が終わるまで、ずっと睨みつけているCの姿が事件の終わりを告げていないことは明白だった。



「店長、ちょっといいすか」

Cが帰ったのを確認してから私は店長に話しかけた。これで終わると思っていたのだろう、私が引き留めると店長は驚いた様子を見せる。

「な、なんでしょうか」

今まで見せなかった強気な態度に、店長のDにとって私は面倒くさい奴に映っていたのかもしれない。それでも譲れないところがあった。

これは私にとって絶対に譲れないものだった。

「今後Cと同じシフトには絶対入らないので、当然わかりますよねこんなことがあったんですから」

「あ、はい、それは、当然ですよね」

へたくそな愛想笑いを浮かべる店長が、めんどくさい事しやがってと考えているのは、私が心を読めなくてもわかった。

「いや、そもそもCバイトを続けるんですか、あんなヤクザがどうこう言って脅迫してるんですよ、警察沙汰ですよ普通に」

「そこはほら、言葉の綾とかあるじゃないですか、私がしっかり言っておきますので」

言って解決すれば警察なんぞ要らない、それにやってはいけないラインを軽々と超えたこの発言を、こいつは許そうとしている。もう何時バイトを辞めてもいいかもなとさえ思った瞬間だった。

クビにさせられるものだと、少しわくわくもしていた、社会的制裁が加えられるのだと思っていた、だからでこそ私のがっかりは相当なものだった。



家に着くころにシフトの変更がアプリで告げられた。その内訳をじっくりと読んで、FさんとIさんだけのシフトになっているのを確認した私は、渋々ながらバイトを続けることにした。

店の変更はなかった、それが少しだけ心残りだったが、もうその頃では忙しいがどうこうと言ったことを気にすることも無かった。ひょっとすると心が麻痺していたのかもしれない。

そしてやはり大学の学費の方が大事だった、どれだけ稼いでも足りることはまずない、やめるという選択肢は辛うじて無かった。

卒業試験が近くに迫ってはいたが、範囲の縮小に、その範囲は既に網羅した状態でいたからでこそ、最後のひと踏ん張りだと、大事が起こったとしても頑張る気持ちがまだ残っていた。

こんな状況でさえ、まだやる気があった。

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