憩いの時間と邪魔者
その日は大学の講義自体無かったが、卒業試験の説明をするという事で大学に招集がかかった。
それなりに前から通達されていた事だったので、そのことをバイト先に一か月前から連絡を入れたが、これまでの出来事の積み重ねで私は店長を信用していなかったからでこそ、1度では聞いていないなどと言われるかもしれないと思い、私は3回ほど繰り返し伝えていた。
当日、いつものように友人とカフェテリアで遭遇する。
友人も同じような経緯をたどり、また同じようにバイト戦士となってその日まで働いていたという。
そして時間が来るまで各々のバイト話を話しあっていた。
「なんでお前のいくバイトそんな地獄みてえなところばっかりなの」
そんなの私が聞きたいくらいだ。
「地獄って言われても、こんな感じのバイトしかやったことねえから違いが分からねえや」
そう軽口で返してはいたが、やっぱあれは普通ではないよなという考えが頭を過ぎる。
「さっさとやめて他のバイト探せばいいのに」
「他のバイト見つかるならすぐさまそっち飛びつくわ」
「ああ、そういやないんだったな」
田舎の悲しい定めは働く場所が少ない事だった。
大学の周りには見つけられないほうが難しいのではないだろうかというくらいに仕事の募集がある。ネットを開いて検索してみれば、通学路の途中の店だって求人を出していたりするのだ。
だがそこにバイトに行くことが自分の為にならないのはわかり切っていた、移動に1時間もかけてバイトに行って、1時間もかけて帰ってくる、時間が勿体なさすぎるし、何より自分がもたないのは目に見えている。
実家のすぐ近くで見つかったのは不幸中の幸いだった、それでももっとましな店がきっとあったに違いない、その考えを捨てきれないのはもう辞めたいという気持ちがあったからだろう。
友人のバイトの話を聞いてみた。
「お前はなんのバイトしてんの」
「店番だよ、骨董品売りの」
「なにそれ、聞いたことねえ」
求人とかで募集されるより、身内などで小遣い稼ぎにやってもらうような、そんな雰囲気を感じていた。
「いやいや、まあこれで大変なんだぜ、壺とか絵とか運ぶのも手伝わなきゃいけないし」
そう聞いてみると肉体労働な気がした。
友人はそれなりに筋肉がついている奴だったので、力仕事は難なくこなすだろうなとは思っていた。
「そういやそうか、まあでも肉体労働ならどんとこいだろお前は」
「まあな、店番って言っても客もあんまこなかったしな」
「うわずりい」
友人と馬鹿話をしていると気が楽だった、バイトの事を考えなくてもいいし、その瞬間だけは卒業試験の事も頭から消していられる。
この瞬間だけが自分の時間なのだと悦に浸っていると、スマホが震えていた。
長いリズムのバイブレーションは電話だった。
私の携帯に電話をかけてくる人間はまずほとんどいない、両親か姉か、あとは大学関係者か、残るはバイト先くらいのものだろう。
その日大学に行く用事がある事は両親に伝えてあったので二人は違う。そもそも両親はほとんど私に電話をかけない。
姉はその時間仕事をしていたはずで、仕事中は携帯をロッカーなどに仕舞って出さない人なのでこれも違う。
大学関係者は、と言っても研究室の教授などだが、その日講義があることを知っているはずだし、大学まで呼び出す必要がないはずなのでこれもまた違う。
この候補を絞るのにかかった時間はほんの一瞬だったが、それだけで私は気が重くなっていた。
ポケットから取り出したスマホの画面を見ると、着信番号の上に店長Dと自分で付けた名前が載っていた。
「電話でねえの」
友人が話しかけてくる
「噂したからかな、例の店長からのお電話だわ」
茶化しながらそう言ったが、内心取りたくなかった。
「どっかで見てんじゃねえのその店長」
「こええこというなよ」
茶化してそう言っていたが、そんな気がしなくもなかった。
「ちょっと出てくるわ」
私は席を外し、カフェテリアの外へと向かって通話ボタンを押した。
「お疲れ様です家風さん」
「お疲れ様です、何かありましたか」
「え、今日家風さんシフト入ってましたよね」
「は」
私は耳を疑った、まさか3回言っても聞き届けられなかったとは。
そしてそんな男でもコンビニ店長ってやって行けるのかとも思った。
一瞬でどういう状況下理解したので、自分が告げるべき事もすぐさま分かった。
「自分一か月前から何度も連絡入れてましたよね、今日は大学の用事があるから入れませんって、それも、三回も」
3回を特に強調してそう言った。
暫く返事が来なかった、無言の時間がまるで向こうが電話を切ったかのように思わせたがまだ通じていた。
「あ、ああ、そうでしたね、はい、私の間違いでした、すみませんでした」
そういって店長は電話を切った。
折角友人と楽しく話をしていたのに、私の気分は台無しにされていた。
カフェテリアに戻ると友人はワクワクを隠しきれない様子で私に聞いてきた。
「なになに、なんだったん」
他人事のように思ってと思ったが、いっそこの話を笑い話にしてやろうと思った。
「聞いてくれよ、それがさー」
そこから私は、今日バイトに入れない事を伝えたこと、それも一か月も前から3回にわたって伝えていた事。そしてそれでも聞いてなかった店長のDにさっき電話を貰ったことなどを伝えていた。
嫌な気分だったが、話の種ができたくらいに考え包み隠さず喋っていた。
「む、無能すぎる」
共感を得られて私の溜飲が下がった。
心の中ではこのくらいで許してやるかという気持ちになっていったが、これで終わるような男だとも思っていなかった。
後日Iさんと一緒のシフトに入ることがあった、Iさんも何かとバイトの穴埋めにされることが多いらしく、その時の事情について詳しそうだと思ったので聞いてみた。
私は心底店長のDのことを信用していなかったらしい。
「あの時どうだったんですか、ほら、この前の月末の朝9時のバイトなんですけど」
これだけで通じるだろうかと少し不安だったが杞憂だった。
「ああ、あの時わたし違う店のシフト入ってたんでそのヘルプ行けなかったんですよね」
やはり知っていた、そして真っ先にIさんに電話をしたようだと分かると、Dという男がどういう人間かだいぶ分かった気がした。
「俺あの日入れないって、Iさんにも話ししてましたよね」
実は登校日についてはIに話をしたことがある、世間話の一環として、大学にたまに呼び出されることや、その日が月末にあることなどを。
「ああ、はい覚えてます、わたしが店長には3回くらい言った方がいいって言ったあれですね」
Iの助言があったからでこそ、3回も伝えていた。
「あれどうなったんですか、おれ休みって一か月前に伝えたのに電話かけてきやがったんですよ」
「あれね、店長が店に入ったらしいですよ」
私は笑いが抑えられなかった、自分がやるべきことはしっかりやったうえでそうなっているのだ、ただの自業自得なのだと思うと気分がよくなった。
「しかもその時、最初にシフトで決めた女子高生いたじゃないですか」
それは初日にあった女子高生のことだとすぐにわかった。
「彼女がどうかしたの」
「あの子も同じ日に入れないって事店長に伝えてたはずなのに、シフトの調整できてなかったから、無人の時間が出来上がってたらしいんですよ」
私は正確が悪いと思いながらも笑いが止まらなかった。自分の怠慢が招いたことなのだから、責任を果たしていた私やその女子高生は何も悪くはないのだと。
「ただですね」
それまで楽しそうに話をしていたIさんの顔色が突如曇った、何か良くない事でもあったのだろうかと思わせるように。
「え、なんかあったんですか」
「バイト終えて私の店舗に戻ってきた時、家風さんの事ずっと文句言ってましたよ」
「え、なんで、俺悪くないやん」
本当に分からなかった、自分に非が微塵も無かったからでこそ、対岸の火事のような気分でいたというのに、いきなり火災現場に放り出された気分である。嫌な汗が出てきていた。
「私は悪くないの知ってますけどね、前に大学の事聞いていたんで。でも店長、家風君がドタキャンしたから入らなきゃいけなくなったよーって、私に向かって文句言ってましたからね」
私は絶句した、やるべきことをやっても嘘をついて風評被害を巻き起こしていたことに。
「私だけじゃなかったですよ、それ言いふらしてたの」
「え、流石に下衆野郎過ぎない」
普段絶対に使わない言葉が口をついて出てきてしまった、それは小さいころから両親に絶対に使うなと厳しく言われた言葉であり、はらわたが煮えくり返るときに出てくる言葉でもある。
そんな沸騰しそうな私の状況を察したのか、Iさんは続けてこう言った。
「大丈夫です、私は事情を知っているので適当に話を合わせましたし、他のバイトに話をした後、自分が訂正しておきましたから」
天使がここにいると思った、一輪の華なんてものじゃない、なんでこんな掃きだめの様な店にいるのか不思議なくらいの聖人がそこにはいた。
「ありがとう、困ったことあったら何でも言ってよ、出来る事なら何でも手助けするから」
本心からそう言っていた、まるで恋する乙女の様だった。
「じゃあ自分がバイト入れなくなった時とか、ヘルプお願いしてもいいですか」
要求も控えめだった、むしろ足りなさすぎて申し訳ないと思うくらいで、もっと要求してもいいんだよと言いたくなるくらいに。
画して、未然に風評被害を防ぐことが出来ていたわけだが、私の中の店長への信頼はもはや反転していた。
私が嫌う事の一つに、してもいないことで不当に評価を下げられることがある。
やった行いに対して評価を下されるのであれば、それは仕方ないの一言だが、自分がやってもいないことで下げられるようなものが、私は心底嫌いである。
すでにこいつに気に入られようとか、雇ってもらった恩を感じてと言った殊勝な考えは何一つ残っていなかった。
ただの雇い主でただの下衆野郎で、働いたらお金をくれるだけのおっさんという、私の中でそのレッテルが剥がれることはもうなかった。
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