削ってはいけない物

学費をバイトで稼ごうとしても限度がある、ただの一学生が、空いている時間に入れるバイトなどたかが知れており、とてもじゃないが云十万という学費を賄うのには限度がある。

それでも出来る限りは働きたいという気持ちがあった。

親に対してできる最大限の誠意の形だと思っていたからでこそ、話しかけるのが嫌だなと思っても、私は店長のDに話をしていた。

「もうちょっと時間に余裕があるんですけど、バイトのシフトを増やす事とかってできますか」

4か月も過ぎると分からないことはまずなかった。激しく客の行きかう店で揉まれた結果、そこには一介のバイト戦士が誕生していた。

「うーん、じゃあこことかどうかな」

そう言われた時間は朝の6時から7時までの1時間、店の場所は例のバイパス横の店だった。

「いや、あの、流石に1時間のバイトの為に往復30分かけていくって、流石にー」

私の本心では『何言ってんだこいつ』となっていたが、そこをオブラートに包み込み、下手に出て物申す。

『移動時間で半分かかるバイトとか馬鹿にしすぎだろお前』

心の中ではそう叫んでいたが、おくびにも出さないように、あくまで下手に出ていた。

「んーじゃあ、2時間でどうですか、8時まで」

むしろ何故最初に1時間で提案をしたかわからなかったが、私はそれで渋々OKを出すことにした。それでもだいぶ体のいい穴埋め要因だなと、分からない私ではなかったが、何より金が欲しかったからそれで良しとした。



当日その店に向かってみると、Cさんがいた。Cさんは私と同じシフトか深夜帯にはいる事が多いらしく、その引継ぎに私が入るという時間調整の様だった。

もともとはその次に入る人が2時間後ということで、その間2時間が空白になっていたという事だったらしい。

今まではCさんが時間を延長して埋めていたらしいが、私が入ることで少しは楽になったんだそうだ。

そして私はその時間、ほぼ一人きりで働くことになる。

今まで必ず横に誰かいる環境で働いていたものだから、一人だけという状況が心底心細く感じていた。


朝の6時ともなればバイパス横や駅近くでも客はそれほど多くはなかった。

やっていることも基本的にはレジ応対くらいなもので、搬入も無く、ゆったりとする時間が流れていく。

余りに手持ち無沙汰すぎて、何かできないものかと商品を前に出してくるくらいで、これはこれで楽だった。

ただ一つだけ文句があるとすれば、朝の6時に起きなければいけないという事だった。

前日の10時まで働き、寝るころにはどうやっても11時を過ぎてしまう、強制的に睡眠時間が削られるところは辛いものがあった。



そんな朝バイトが始まって数日が経つと、店長からチャットが飛んできた。

『シフト変わったんで確認お願いします』

そう言われて張られた画像を確認すると、他の店舗でのバイトが増えており、恐らく誰かが抜けた穴を、また私が埋めるように入れられたのだと分かる。

なんの相談もなくいきなりシフトを組まれたことに不信感こそ覚えたが、もっと働けないかと言っていた私がその役を買われるのはある意味では当然の流れだったのかもしれない。


その日、朝のバイトを終えて改めてシフトを確認してみた。

私はいつも、シフトはとりあえず写真かスクリーンショットを取って、いつバイトがあるのかだけを確認するとカレンダーに書き込んでいた。大まかなその日の時間だけを確認する形式でやっていた。

3店舗あるのでシフト表も当然3つある、普段は一店舗でしか働いていなかったので、店長のチャットと共に送られてきたシフト表を見ながら、声に出しながら確認していた。


「えっとなになに、朝の6時から8時までのバイトのあと、あー入ってるな今日も。その次は朝の10時から2時までのバイトを家から一番近い店で、そのあと4時からまた夕方のいつもの」

そこまでぶつぶつと独り言を言いながら、そのシフトの異常さに気づいた。ぎちぎちに詰め込まれたシフトである。そして店を変えるということで、継続して勤労させているわけではないという判断なのか、休憩時間などまったくない。それも移動に往復30分はかかるのだ、移動時間で時間はほぼ埋まる、一日中コンビニで、休憩時間さえなく働かされているような状態だと気づいた。

当日に送られてきたシフトなので調整も糞も無かった。

ただでさえ、その前日の夜10時までバイトをしていた状態から、朝の6時のバイトに出る、その日はもう夕方からだと油断していた私は精神的にも追い詰められていた。


朝のバイトを終え、仕方なく次のバイト先へと向かった。

やってやろうじゃないかという闘志を燃やしていたのだが、眠い目を擦りながら運転していると、頭がふらっとする感覚と動悸が起きたような気がした。

動悸が起きたことなど生涯でなかったのですぐにそれが動悸だと分からなかったが、私は事の異常さにだけはすぐさま気づいた。

車を止めて休む時間は全くない、スピードを落としつつも私は次の店へと向かった。


客の流れ自体が遅い店なので、楽と言えば楽だった、ただ気持ち悪さと気怠さはより一層強くなっていった。とてもそのまま夕方のバイトに入る余裕などなかった。

たまたま店にいた店長に話をした。

「すみません、夕方のバイト入れそうにないです」

「えーなんでー」

心外と言った物言いに私はカチンと来ていた。

「いや、自分前日の10時から多少寝たと言えここまでほぼ働きづめですよ、普通に考えてシフトおかしいんじゃないですか、しかも相談なしに決めてるし、当日にいうものじゃないですよねこれ明らかに」

この男に気に入られようなんて気持ちは、そのころには完全に吹き飛んでいた。

信用すれば食い殺される、まるで前のバイトの時と同じような状況だと気づいたのだ。

「それにさっきちょっと事故起こしそうになりました、流石に自分でも無理だと分かります」

これは本当の事だった、ふらっとしたとき、私は縁石に乗り上げそうになった。

車を運転していて、多少眠くてもそんなことがあったことはなかったからでこそ、異常事態だということが際立っていたのだ。

「そ、そうですか、事故起こしかけたんじゃあしょうがないですね、お、お大事に」

私の強気でオラオラな姿勢に店長のDも気圧されたのか、最初は文句でも言いたそうな態度だったが、あっさりと受け入れられることになった。


店のバックヤードから出ていくとき、その後ろから声が聞こえてきた。

「めんどくさいなあ、代わり探さなきゃ」

聞えてないつもりだったのだろうが、私は鼻が悪い代わりに耳は良かったからでこそ、その悪態を聞き逃さなかった。

私の中の店長への信用度は地を擦った。



もう今日はバイトないんだという安心感は、なんでこんな死にかけてまでバイトしてるんだろうという考えを呼んでいた。

天秤の先に自分の命が乗せられれば、信用もへったくれもなかった。

自分の身は自分で守らなければいけないのだと、どこかサバイバルの様な考えになっていた。

卒業試験が近づいていたその時の私は、あと少しの辛抱だという気持ちで家までたどり着いていた。

家に着いた私はすぐさま寝入った、よほど疲れていたに違いなく、布団に倒れ込んでからの余韻の様なものは一切なかった。

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