初日の不安

店長に指定された時間の10分前に店に着いた私は、バックヤードで店長から直に名札と制服を受け取った。

名札の裏にはバーコードがあり、そこをバックヤードにあるバーコードリーダーで読み取って、出退勤の打刻をするのだと言う。

コンビニバイトも初めての事だったので、事前に経験のある知り合いに話を聞いていた。レジ打ちがほぼ基本だと聞いていたが、実際どうなのかはやってみなければわからないとのことだった。店によっても忙しさは変わるとも聞いていた。


「では今日は、他の従業員の横についてレジ打ちを教わってください、家風君はレジ袋に商品を入れていってね」

それがおかしい事に気づいたのは、知り合いの話を聞いていたからだった。

『まずビデオで研修があるから大丈夫大丈夫、怖がりすぎだって』

私は以前のバイトのせいか、未知の事に飛び込むのが少し怖くなっていた。だから経験者にとにかく話を聞き、掘り起こしてから出ないと先に進めないようになっていた。

そのくらい笑われてしまう程聞き出していたので、そう言っていた事を強く覚えてもいた。

また自分でもネットで調べていた、同じ系列の他のバイトの話がネットの海にはどこにでも転がっていて、自分で調べた結果も、やはりビデオ研修があるのだと確信していた。

初めての事でわからないことだらけだろうが、だからでこそ私は安心してコンビニに向かったのだが、その常識がここでは通用しないと分かった。上げて落とされる私の心境は、不安を更に煽り立てられた。


レジ打ちの人は、以前に電話を受け取った女性で名前はTさんというそうだった。

その女性の横で、今回は研修中の名札を付けて教わった。

商品を受け取ってレジスターのバーコードリーダーについている赤外線で商品を一つ一つ通していく、そしてすべて通し終えたらテンキーを入力し客に金額を伝える。

その間に商品を袋に入れていき、客がお金を出すか、出したお金を受け取ってお釣りを返すまでに商品を入れ終える。

そして掌の上でお釣りを見せながら、相手の手の上に乗せるという。

また商品が単品だったらテープでもいいかと言ったり、弁当を温めるか聞いたり、割りばしやらスプーンを入れたり、暖かいもの冷たいものを分けると言ったり、、基本的な事は誰でも知っているようなものばかりだった。


客がいない間にバイトがする仕事も、Tさんは教えてくれた。

「家風君が入る時間は商品の搬入とか無いから、大体はレジ回りで終わるんじゃないかな」

私はメモを取っていた、皮肉にもメモを取るのが癖になっていた。

「レジ回りだけでもざっと教えておこうかな」

そう言ってTさんはレジ回りの仕事を教えてくれた。レジでできる事をある程度教えて貰ったり、飲み物の注文やホットスナックの作り方、備品の置いてある場所やごみを回収してどこに持っていくのかといったこと。

だがその全てを教わるには、その店舗自体が忙しかった。すぐ近くに高校もあるという事で学生もよく来る。

そしてレジの基本的な事以外は、ほぼほぼ不完全な状態となってしまった。


バイトは大体忙しい時間帯は3人、客足が少なくなる時間が2人くらいだと聞いていた。私が入った時間は2人の時間にも拘らず、多くの客が来ていた。

私を含めて3人のバイトしかいなかったが、途中からは私一人でレジ応対をするようになっていた。

特に難しい事はなかった、強いて言うなら、レジからお金を取り出し手のひらに乗せる、その時に間違った金額を渡していないかという点だったりしたが、慎重に自分でも数えなそしていくと、そこまで難しい事ではないことが分かった。

この人たちと働くことになるのだろうと思うと、その人となりは見ておきたかった、以前のバイトの件もあったからだ。

乱暴そうな人はいない、物腰も柔らかな感じで、この人たちと一緒にバイトをするんだったら何も問題は怒らないだろうと思うと、多少は過去のトラウマが薄れていく。


高齢な人が多い地域だということもあって、来る客は老人がそれなりに多い。私が任された客もそんな風で、多少もたもたしていても、研修中という札を見ては、落ち着いてなどと声をかけられ、冷静さを持って接客ができていた。

初日の研修日ということもあって、決められた4時間という時間より少し早く上がらせられていたが、特にトラブルが起こることはなく無事にその日を終えることが出来ていた。


「今日は、どうでしたか」

バックヤードで帰る準備をしていると、店長のDが話しかけていた。

ちょうど店に来ていたらしく、私の様子を見に来たようだ。

「やっぱ、緊張しますね、レジ打ちも初めてなんで分からない事ばかりですよ」

それは皮肉だった、恐らく研修用ビデオ自体はあるはずなのだ、それを見せない判断をしたのはこの店長なのだと確信があったから。

「大丈夫ですよ、慣れですから、やっていればすぐ出来るようになります、それによくできていたじゃないですか」

皮肉が通じない、だめだこりゃ。

しかも自分一人で接客をしていたところを見られていたらしい、客が妥協しているだけで上手く客の応対をできていたとはとても思わなかった。

私は謙遜していたが、そもそもレジ打ちの全てすら教わっていないという。そんな状況で慣れだなんだというこのDという男を、信用してはいけないと考え始めていた。


その後Dから聞いた話では、私は車という足があったので、その日のシフトで3店舗のどこにでも行ってもらうことになるという話だった。

一番遠い店は車で30分もかかる場所にあり、出来ればそこにはいきたくないなと思っていたが決めるのはDである。

悩んでいてもしょうがないと、それに研修期間はまだまだあるだろうし、これからちゃんと教わればきっと何とかなるさと、私は前向きに考えることにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る