漂う不安の香り

コンビニに着き女性の店員に今日から入るバイトだと話をすると、どうやら電話で最初に応対した女性のようだったらしく話はすぐに通じ、私はそのままバックヤードへと通された。

時計を見ると約束の10分早く到着していて、その店員が言うには店長はまだ来ていないというので椅子に座って待っていてくれとのことだった。

コンビニの裏に入るのは初めてのことで、物珍しさがある。

ロッカーがいくつかあり、端の方には廃棄らしき食べ物がカゴに詰められて、頭上には監視カメラもあった。


色々と見ていたが、心配性な私は、何か物に触った触ってないと言われるのが怖く、まるで椅子に縛り付けられたような心境で待ち続けた。

頭上で目を光らせるカメラは何も悪い事をしたわけでもない私を監視しているような気がしていた。


時間を1分ほど過ぎたころ、当の店長が店へとやってきた

「いやー、すみませんお待たせしてしまって」

自分が指定した時間も守れないこの男が、コンビニのオーナーだという。

自分の中で踏ん切りをつけたはずの不安がまた鎌首をもたげてくる。

「では面接を始めますね、履歴書を見せてもらえませんか」

不安には思っていたがそれでは話が始まらないと、私はその場で鞄から取り出し履歴書を渡す。店長と名乗っていたDは封の部分を鋏で切って取り出し中をざっと確認した。

「いまも大学に在学中のようですが、どうしてこちらのコンビニを選んだのでしょうか」

予想していた通りの質問に、私は大学の状況やバイトの目的、自分が実家から通っている事、大学がある時間から帰宅時間といったものを先に説明していった。

「なるほど、学費の足しにと」

そこに私的感情はなさそうだった、ただ事実をそのままに確認しているだけの様な、いわば機械を相手にしているような錯覚を覚える、初めての感覚だった。

「私が経営している店舗は3店舗になっています、移動手段が車という事なので、その3店舗のどこに入っても良いということでいいですか」

それは初耳だった、普段は原付で移動するが、少しでも確立を上げるために、数年前に取ったMTの免許を資格の場所に書いていた。

店長のDから聞く話では、我が家から一番近い店が今いる店舗、そこから同じ方向にずっと進んだ場所に残り2店舗が直線状に並んでいるという事だった。

家からできる限り近い方がいいとは思ったものの、あまりにも近いと居酒屋バイトの時のような、知り合いに遭遇する可能性もまたあった。以前は見知った顔で、それなりに親しかった人間だったからよかったものの、他の人間だったらすぐに逃げ出したくなっただろうことも事実。

もしその可能性を減らせるのなら、多少遠くてもまだ許せるかなとも考えた。

「多分大丈夫です、交通費などは出るのでしょうか」

車で移動するには、今いる店だったらすぐにつくということもあって交通費は期待していなかったが、残りの二店舗は実家から近い方でも5キロ以上先にあるのが確認できていた。ここを確認しなければいけないと思った。

「言っていただければこの店舗からお送りいたします」

見当はずれな返事が返ってくる。つまり交通費は払わないし、この店までは自分の足で来ればそこからは送ってやると言われているのだと気づくのに、数分かかった。

「あ、そうですか」



そこからの面接はほんの数分で終わった、特に聞かれて不味い事も無かったので正直に話をしようと思っていたのだが、自分が考えていた以上に何も聞かれなかった。

ひょっとすると不採用だろうかという不安も出ていた、バイトの面接は何度か行ったことがあるし、ネットでどういう様子かを調べたこともある。

質問が少ないという事は望みが薄い、または採用する気がないという記事も読んだことがある。

既に頭の中ではほかにバイトなんかあっただろうかと考えていた。

「それでは、いつごろから入れますか」

だからそんな予想に反してバイトとして採用されるるようだとわかると、より肩の力が抜けていった。

「明日からでも大丈夫です」

私はまた軽口を叩いていたが、流石にフランチャイズのバイトを始めるのに次の日からとは行かないだろう。

「では、明々後日のこの時間はどうでしょうか」

少しだけ日が空いていたがそれでも考えていた期間より十分早いなと思った。手っ取り早くとにかく稼ぎたかった私にはそれがありがたくもあった。

「はい大丈夫です」

「では明々後日のこの時間、この店舗に来てください、お待ちしております」

「はい、よろしくお願いします、失礼します」

そう言って私はバックヤードから出ていった。


一番の不安はバイトが見つからない事だったが、最低賃金ながらも雇ってもらえたということで、私は誰も見ていない店の裏側に止めていた車のところで、ガッツポーズをしていた。

これから始まることも知らずにだ。

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