後日談

目が覚めた私がアプリを開くと、そこには大将からの着信履歴が2件あったが、メッセージは何もなかった。電話をしても出ない私に、何か送っても無駄だと判断したのだろう。

激昂した状態だったらそのままメッセージを何通も送ってきていただろうと思うと、相手も何が問題なのかは理解してもらえたようだった。

そして予想通りの返信もあった、私はそのメッセージを読むことなくすぐさま削除した。


それでもアプリには未読メッセージが残っている、何事かとスクロールしてみると、Rさんからメッセージが届いていた。

そのチャットアプリの中には店全体のグループチャットもありそちらの方で騒いでいた人間がいたのだった。

Rさんは怒り狂って私を名指しで暴れている人を見て気になったようだ。詳しい事情は何も知らないようだった。


『あの、なんかあったんですか』

『ああ、流石に耐えきれんかった』

私はそれからワンオペの事も、賄の事も全部話をした。

それ以外の事はいままでに何度も話をしていたから、言うまでもない事だった。

『酷いですねさすがに』

『自分も大学かかってるからしがみついてたんだけどね、流石に無理だったわw』

家に帰ってきた私を母に、私はバイトを辞めてきたとだけ言った。

何事かと文句を言おうとしたのだろうが、私のその憔悴具合に何も言わないでいてくれた。

後日事情を説明すると辞めたことを何とか理解してくれていたようだったが、それでも私を責めるような口調が残っていた、話を100は信じて貰えてないという事だろう、それが私の精神をより削っていた。


『前々から酷い扱い受けてるなとは思ってたんですけど、力になれなくて申し訳ないです』

『いやいや、Rさん何も悪くないよ、それにRさんが入ってきたらあいつらの事だしRさんもなんかされたかもしれん』

『そう言ってもらえると助かります、でも正直見てられませんでした、とりあえず、半年ほどお疲れさまでした』

『ありがとう、そしてごめんね、これからおれが抜けた分忙しくなるかもしれんけど』

私は週に6日はシフトに入っていた、それも早番で。

私が突然やめた穴を埋められるとすれば、それは大学生であるRさんくらいしかいなかった。その事が心残りの一つだった。


『ああ、大丈夫ですよ、自分もそろそろ辞めるんで』

『初耳だわ』

本当に初耳だった、仕事中にそれなりに話をしたりはするが、そんな話をしたことは無かったのだったから。

『大学の方が忙しくなるってのもあるんですけどね、流石にあれは見てて苦しかったので早めることにします』

『そうなんだ、大学頑張ってね、早くあのバイトからも逃げてね、応援してるw』

『ありがとうございます、自分もできる限り早く逃げますね』

『それとさ、もう一つお願いできない』

『いいですよ何でも言ってください』

『自分の事応援してるって言ってたカウンターの人ってわかる?』

『はい、わかりますよ、あの人もそこそこ常連だし、バイトにも優しい感じの人なんで』

『あの人に、応援してもらったけど続けられなくなってすみませんでしたって伝えてもらえるかな、変なお願いだけど』

それがもう一つの心残りだった。

居酒屋バイトはネットの噂に違わぬハードなバイトだった、だけどネットで言ってたことと違ったのは、客に頭のおかしそうな人間は殆どいなかったことだった。

例え社交辞令的に応援していると言ってくれていたとしても、何も言わずに消えるのは申し訳ないと思ったのだ。

『いいですよ、事情聞かれたらちゃんと話もしときますよ』

『ありがとう、そして今まで助けてくれてありがとうございました』

『自分は大したことしてませんよ』

そして私はスマホを閉じた、居酒屋のグループチャットをブロックし、鬼畜のアカウントをブロックして。


2週間後、Rさんが辞めたというメッセージが私のチャットに届いたのを最後に、Rさんと連絡を取る事もなくなった。






半年後、私は無事に6年に進級した。試験が無くなったことで、自動的に進級できていたのだった。

まだ精神的には疲弊していた状態で、それでもなんとなくでやれる卒業論文の製作を、少しずつ少しずつ進めていた。

当分はバイトなんてしたくないなと思っていた、いや、出来れば一生したくないなとさえ思っていた。

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