バイトメンバー
バイトに入る前に、裏口玄関に張り付けてあったシフト表に載っていた他のバイトのシフトを眺めていた。
そこに記されていたメンバーは5人くらいで、私とRさんのような真っ黒な表以外は、ところどころに空白のある、とびとびなシフトが組まれている人たちがいた。
シフトの時間は6時と7時の二種類と聞いていたので、この変則的なシフトに違和感を覚えた。
「すみません、自分以外のバイトって、大体どのくらいいるんですかね」
「大学生が一人と、副業に厨房入ってもらってる社会人が一人、あとは高校生が4人くらいかな」
「このとびとびなシフトってなんですか」
「ああ、それ高校生だからね、学校の方で用事とかあるとそうなるんよ」
バイトの全員と顔を合わせたことはなかったが、既に顔を見たことのある高校生は、誰も彼もまだ幼い顔立ちだったのを思い出した。
人には人の都合があるのだなと思いつつ、自分は6時からのシフトしかないと言われたことに少々不満を持ちながらも、習ったバイトの仕事をメモ帳を見ながら進めていった。
途中で何度か店の人に確認をしてもらったり、駄目だしをもらいこそしたが、大きな失敗を犯すことはなかった。
一通り終えて厨房に戻ってみると、いつもの場所に注文票がかけられているのを見えた。開店前にある物なので、予約客のものだろう。
注文票を手に取ってその内容を確認してみると、やはりその日も団体客が入っているようだった、建物の奥の座敷を準備していた時点で予約客がいるのはわかっていたが、入ってすぐならここで確認ができるということでもあった。
その注文票には来店時間まで書かれていて、その時間までにはまだ余裕がある。
他の客もまばらに少しずつしか増えていなかったのでそれなりにゆるくやれていた、いつもこんな感じだったら楽なのになと思ったが、予約表の存在がそれがありえない期待だと教えてくれている。
今回は失敗しないだろうか、上手くやれるだろうかと不安になっていた頃、ふと裏口の玄関が開いて、外からジャージ姿の男の子が入ってくるのが見えた。私は彼がすぐに高校生バイトの一人だと気づいた。
時計を見てみると既に7時を回っていて、のんびり気分でやっていたと思っていたが思ったよりも時間の流れは速かった。その初めて見る男子高校生に私は挨拶をした。
「あ、自分数日前から入った家風って言います、よろしくお願いします」
「自分Kっていいますよろしくおねしゃっす、つっても自分もまだ入ってそんな時間たってないんすけどね」
気さくな感じで話しかけやすい、彼とは仲良くできそうだと思った。
笑いながら言う彼の胸をよく見てみると、私と同じ研修中の文字が入った名札が出ていた。
そのすぐ後にRさんもやってきて、その日のバイトが全員揃ったようだった。Rさんに全幅の信頼を置いていた私は、彼女が同じシフトだというそれだけで少し落ち着きを取り戻せていた。
予測できていた予約客のオーダーはK君が受け付けていた。
飲み物の準備は基本的に受けた人間が行うことと言われていたが、団体客に関しては別で、むしろ手伝ってでも早く持って行けとは大将の言葉だった。
持ってきた注文を手分けして手伝い始める、と言ってもまだカクテル表も覚えていない、どうやらK君もそれなりに苦戦しているようで親近感を覚えていた。
ただそこにRさんも加わると、準備は物の数分で終わっていた。
「Rさんまじはやいっすね」
「ほんとそう思う」
飲み物を運び終えて厨房に戻ると、役に立てない男二人は傷をなめあっていた。
8時半ごろになると、厨房にもホールにもK君の姿が見えなくなった。あたりを見渡しながらも仕事をこなしていると、私服姿で厨房にいるK君の姿が目に入った。
「お疲れさまでーす」
彼はそのまま何事もなかったかのように帰っていった。
客はまだ大勢いる、むしろ今がピークなのではないのかというくらい忙しい。3人で回すはずのバイトが2人になるなど想像もしたくない。
あまりにも早い帰宅で、いったいどういうことなのかと奥さんに聞いてみると、今日のK君は短時間の穴を埋めるために来てくれた人であり、本当に来る予定だったバイトがもうすぐ来るという事だった。
やってきたバイトは初日にもいた女子高生バイトだった。少し壁を感じる彼女は口数少なく、どうやら自分は少し避けられているようにも感じる。
こういったことは大学の頃にもよくあった、得に何かをしたわけでもないのに、何故だか距離を感じる人だ。
ひょっとすると人見知りで話しかけずらいのかもしれない、それとも何の意味もなくただ嫌われているのかもしれない、そしてそれは私にはわからない。
そんな時私はこう考えている、今はどうしようもないのだと、こればかりは性格の問題なのだろうと私はその場では諦めることにした。
K君の話を聞いたときに彼女の名前が挙がっていた、女子高生の名前はSさんというらしい。
Sさんはそれなりにいるバイトの様で、胸に研修中の文字もなければ、大将や奥さんから叱責されている様子を見ることも無かった。
だが時間が悪すぎたのか、例えSさんが入っても忙しさが緩和されたりすることもなかった。
ひっきりなしに料理や飲み物を運び、客が店を出て行けば掃除をする。やることはあまり変わらないが、時間と体力をゴマすりに掛けているような気分だ。
店がそれほど広いわけではなくとも、料理や飲み物を持っているとき以外は基本的に駆け足だった、一人で何席分もの飲み物を頼まれることも不思議ではない。
行きに料理や飲み物を持ち、帰りに空となった皿やグラスを持ってとにかく厨房へと引いていく。ちんたらと歩いていれば急かされる。
「おい家風―遅いぞー」
そう言ったのは厨房の調理担当のバイトだった。初めて会ったときは、社会人が一人副業に入っていると聞いていたのでその人だとすぐにわかった。
何しろがたいがいいのだ、もしこんな巨体に絡まれたらひとたまりもないだろうなんて思っていた。
そんな社会人Dさんは調理のバイトで、ほぼ毎日入っている。仕事の終わりにそのままバイトに来ているようで、その身体のでかさに比例しているかのような体力の持ち主だった。
気さくな感じではあるが、おらおら系のようで私は少し苦手でもあった。
団体客の一行が帰ってすぐのことだった、座敷の掃除を奥さんはKさんに指示していた。
座敷の掃除は仕切りの移動や組み換えもあって、思いのほか肉体労働である。女の子でもできると奥さんは言っていたが、私は少し心配でもあった。
だけどそれを心配する余裕もなく他の注文はひっきりなしに来る。まだうろ覚えの飲み物を少しずつ頭に入れながら、呼び出し音が鳴ればすぐさま向かう。
いつしか頭からKさんの事が消えかけていた時、ふと座敷の方に目をやった。
本当に慌だしい時、人は他に注意を向けることもできなくなるんだなと感心しながら見てみると、そこにはまだKさんの姿があった。
何かやたらとゆっくり皿を集めている様子だった。自分がやっていたら恐らく10分はかからない、むしろ遅すぎて叱責を受けるレベルだろうなと。
そんな急き立てられながらさせられるであろう掃除を、20分経ってもまだやっているのだった。
私はピンと来た、ああ、そういう人間なのだなと。
その時間帯では忙しくこそあったが、新規の客が来ているわけでもなく座敷の方は使われない状態で、サボるには絶好の場所だろうなと。
そしてその瞬間に彼女に対するイメージが急激に落ちていた。
そのまま厨房に戻ったが、それを報告するといったことはしなかった。どうせいつか自分でぼろを出すに違いないと。
それに、普通の仕事もまだ満足にこなせない自分が何を言っても、結局はひがみややっかみだと言われるに違いないと思った。
今後彼女には自分から近づくことも無いだろうなと思いながら、私は夜の店で労働に勤しんでいくのだった。
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