第4話 わたくしはなにをすれば……?

 わたくしの握手を拒んだ女の子はそのままどこかへ行ってしまったわ。

 何かに気に触ることをしてしまったのかしら。


「ルリさんはどうされたんでしょう」


 ノアも分かっていないのか首を傾げている。

 そのような様子をコガネは呆れた目で見ているし、ゲンはただ微笑んでいる。

 何なのかしら。


「しばらくしたら戻ってくるでしょう。ということで、エニシさんの自己紹介はこれで終わりです。この後はいつも通りにお願いします」


 ノアの言葉に2人が返事をして、それぞれ離れた椅子に座った。

 ノアの方が立場が上なのかしら。

 ノアも椅子に座ってしまったし。

 先程の、ルリがいれば、四角形に座るような形になるのでしょうけど。

 わたくしはどこに座ればいいのかしら?


「あの、ノア。わたくしは何をすれば良いのかしら?」

「エニシさんは、そうですねぇ…」


 手を止めた。

 そして、目をつぶったかと思うと、上半身が左右に揺れ始めた。


「あの…?」

「ノアさんが考え事してる時は、話しかけても気づかないわよー」


 コガネがこちらを見ることなく言う。

 これは考えている時の仕草なのね。

 メトロノームのような、目が離せないような規則性がある。

 体の揺れがおさまったと同時に、ノアは目を開けた。


「そういえば、大切なことを聞き忘れていました」

「何かしら?」

「エニシさんは半年後に帰られるのですか?」


 ノアの放った言葉がわたくしを凍りつかせた。


「あれ? エニシさん?」

「…は、半年後?」

「はい」

「半年後に帰れるの?」

「そうですよ?」

「もう二度と帰れないみたいな雰囲気を出していたわよね!?」

「そうでしたか? 陛下から説明が……そういえば、エニシさんは休んでいましたね。失礼しました」


 たった半年!

 いえ、冷静になりましょう。

 半年も十分長いですわ。

 一生に比べれば短いだけで、半年も居なくなっては、戻れた時にどうなっているかもわかりません。


「期間はもう少し短くなりませんの?」

「必要な分の魔力が貯めるのに半年かかりますから、短くはなりませんね。伸ばすことはできますが、エニシさん以外のはやく帰りたいと言う方がいれば使ってしまうので…」


 また半年後まで戻れないということですわね。


「その……魔力?を貯めることはできないのかしら?」

「現状はできませんね。あの魔法陣は誰が作ったのかも、いつからあるのかも分かっていません。構造も未知の部分が多いのですが、一番の特徴は一般的な魔法陣とは違い、人の手で魔力を注いでいるわけではないという点ですね」

「一般的な魔法陣って、さっき使ったもののことかしら」

「はい。あちらは王宮魔術科の方々が定期的に魔力の補充をしてくれています」

「でも、王宮の中にあったわよね? 記録とか残っているのではないの?」

「いえ、ないそうです。そもそも、王宮は、陛下の先祖様があの魔法陣を発見し、そこに居城を構えたことがこの国の始まりです」

「記録があるわけではないということね……」


 駄々をこねても、現状を打開できるわけでもありませんわ。

 今わたくしにできることをしましょう。


「……では、エニシさんは半年後には帰られてしまうんですね」


 ノアが目を伏せている。

 そんな顔をされても、わたくしにも向こうでの生活が……


「では、研修期間は飛ばしましょう」

「はい?」

「まずは、エニシさんの恩恵のレベルを上げることからですね。ゲンさん、コガネさん、明日は『森』に行こうと思いますがどうでしょう」

「わかりましたわ」

「準備をしておきます」

「研究が終わったらでいいのでお願いします。エニシさんはそうですね……買い物、は任せられませんし…」


 ノアが横に揺れている。


「……特にありませんね」

「ノア、わたくしの恩恵が必要だったのでしょう? 何かすることはないのかしら」

「エニシさんの恩恵は、レベルが上がらないとあまり実用的ではないと記録されていますからね……そうですね。えっと…」


 ノアが引き出しを開きガサガサと何かを探している。

 こちらからは見えないけれど、片付けがあまり得意ではないのかしら。


「これですこれ。あちらの部屋をこの鍵で開けて、中の本棚から、恩恵大全の《第5篇》と《第6篇》を持ってきて、エニシさんの恩恵について理解しておいてください。第5篇に『支配』、第6篇に『記録』の恩恵について書かれているはずです」

「恩恵大全……の5篇と6篇ね。わかったわ」

「コガネさん、今大丈夫でしょうか?」

「ノアさん? 大丈夫よ」

「エニシさんの登録を手伝ってもらってもいいですか?」

「あー……大丈夫よ」


 扉を挟むように、ノアが左、コガネが右に立って、壁に手を押し付けた。

 魔法陣は左からは白、右からは桃色の絵具を垂らしたかのように色づいていく。

 その色が混ざって、魔法陣が光り始めた。


「エニシさん、扉に手をついてもらえますか?」

「…っ、ええ」


 神秘的な美しさがあるわね。

 慌てて手をつくと、中心から灰色が広がっていき、混ざり、光がおさまりました。


「これで、登録できましたね。コガネさん、すみません邪魔してしまって」

「大丈夫よー、今は待ってる最中だったから」


 コガネは自分の椅子に戻っていく。

 個人ごとにしていることが違うのかしら。

 あまり会話が無いのね。


「では、エニシさんはさっき言った通りでお願いします」

「ええ。恩恵大全の第5篇と第6篇だったわね。それにしても、この魔法陣は綺麗ね」

「はい! 私の師匠が描いたものです」

「ノアの師匠?」


 ノアのテンションが高いわ。

 あってから一番じゃないかしら。


「はい。……まぁ、随分前に居なくなってしまったのですが」


 あまり、話題に出さない方がいいみたいね。

 ノアの悲しむ顔は見たくないわ。


「では、私はデスクに戻りますね。読む場所は自由にしてください。その部屋の中でもこちらに戻ってきて読んでも大丈夫です」

「ええ。わかったわ」


 ノアは何かの作業に移りましたわ。

 それにしても、簡単に鍵を渡していいのかしら。

 鍵を差し込むと魔法陣が光り出す。

 手をつくと、灰色が広がって行き、魔法陣を染め上げ、扉が左右に開く。

 中は暗いけれど、それほど埃っぽいわけではないみたい。

 電気はないのかしら。

 そういえば、電気を使ったものは見たことがないような?

 真っ暗だけれど、時間差で明るくなるのかしら。

 すぐに見えるようになった部屋の中は、強盗が入ったかのように荒らされていた。

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不死の研究 皮以祝 @oue475869

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