第3話 な、なんですの……?

「そうと決まれば、早速私の研究室に……いえ、そういえば、なぜイチノミヤ・エニシさんは倒れられたのですか?」

「軽い貧血よ。いきなりのことで混乱したんでしょうね。今は落ち着いているから大丈夫よ。でも、無理はさせないように」

「はい。大丈夫です。イチノミヤ・エニシさん、立てますか?」


 男性、ノアがこちらに手を差し伸べてくる。


「大丈夫よ。それより、わたくしのことは縁でいいわ。長くて面倒でしょう」

「そうですか。では、お言葉に甘えさせていただきます。エニシさん。研究室に行きましょう」


 歩き出したノアの後ろをついていく。

 背は私より15㎝くらい高く、後ろに括られた白髪が尻尾のようにゆらゆらと揺れている。


「えっと……ノア? 研究室はどこにあるのかしら?」

「そうですねぇ……まずは王宮について説明しましょうか」

「王宮は、ここよね?」

「はい。エルフィン家の歴史などは置いておいて、必要なことだけお話ししますね。王宮は私たちがいる内宮ないきゅうと、内宮を囲む外宮がいきゅうでできています」

「内宮と外宮…」

「はい。内宮には、エニシさんたちが召喚された受入間うけいれまを中心にして、北には普段王家の方が暮らす秘玉殿、北東に先程の医務室、北西には応接室がありますね」

「わたくし、そんなところに案内されていたのね。その、秘玉殿?に近いところにわたくしを置くなんてどうなのかしら」

「? 何がでしょう?」

「安全面の話よ。よそ者をそんな近くに置いたら危険でしょう」

「ああ、なるほど……いえ、医務室と応接間の廊下は繋がっていますが、秘玉殿は受入間としか繋がっていません」

「高低差があるってことかしら」

「いえ、魔法陣でそのように設計されています」

「魔法陣……?」

「魔法陣は、後ほど、研究室に行くときに使いますから、見れますよ」

「そう、じゃあ、外宮は外壁とはどう違うのかしら」

「外壁の役割もありますね。ただ、それに加えて、外宮の中にはいくつか部屋がありまして、研究室に向かうときに使う魔法陣もそこにあります」

「……つまり、王宮と研究室は繋がっているということかしら」

「外宮という意味でなら、そうです」

「随分信用があるのね? ただの一研究室なのでしょう?」

「そうですね。国の資金で運営されているというのが、1番の理由でしょう。実際、いくつかの国立の施設は繋がっていますし」

「あら、そうなの」

「私の研究室が特別というわけではありませんよ……このままついてきてくださいね」


 外に出ると、ノアの髪が光を反射して少し眩しい。

 本当に綺麗な髪……

 羨ましいわ。

 わたくしの金色の髪も気に入っているけれど、綺麗なものは綺麗だわ。


「おや、あちらに見えるのはエニシさんと一緒に来られた方々ですか。挨拶して行きますか?」

「いえ、必要ないわ」

「そうですか?」

「ええ。……親しいわけではないから」

「なるほど」


 まだわたくしは頭が働いていないのかしら。

 ほぼ初対面の人にこんなことを言ってしまうなんて。

 親しくないなんてはっきり口にしてしまうなんて良いわけがないのに。


「私は、エニシさんに何かタメになることはいえません」

「……」


 黙ってしまったわたくしに気遣って、ノアが口を開いた。


「……」

「……え? 続きは何かしら?」

「はい? ですから、私からタメになることは言えませんよ」

「そういうのは普通何かいうものじゃないかしら? タメになることは言えない、と言いながら、その後に何か言うものでしょう」

「人に何か伝えられるほど人生を生きたわけではありませんからね……なら、そうですねぇ…」

「…」

「今日は良い天気ですね」

「……何か深い意味があるのかしら?」

「ありませんよ?」


 何故、この男は真面目な顔をしてこんなことを言っているのかしら。


「おかしいですねぇ……会話は天気の話をすれば間違いないと聞いたことがあったのですが」

「……もういいですわ」


 それにしても、綺麗な内装ね。

 綺麗というか、そうね。

 整っているわ。

 それが少し怖いような気もするけれど。


「研究室はここです。エニシさんはあまり一人では使わないかもしれませんが、一応覚えておいてください」

「わかりましたわ」

「王宮の外からここにくる時は右手ですから、覚えるより何回か使っているうちに慣れるのを待った方が良いかもしれません」


 ちょうど扉に描かれた模様の中心の位置に、ノアが手をついた。

 扉が自動ドアのように左右に分かれましたわ。


「中に入ってください」

「……ええ」


 いえ、あの、少し説明が欲しいのだけれど。

 どういう仕組みなのかしら?

 中は普通の部屋みたいね……

 ただ、扉に描かれていたものと似た模様が、床に大きく書かれてるわ。


「あ、少し手をかしてもらっても良いですか?」

「…え、ええ」


 少し手を握られたこと思い出してしまい、顔が熱を持ってしまう。

 手を差し出される。

 その上に指を乗せたのだけれど、その手のひらは手首を掴む。


「あ、手は広げてくださいね」


 手を広げるとそのまま扉の横の壁に押しつけられる。


「ちょ、ちょっと!」

「少し動かないでくださいね」


 押しつけられてはいるものの、大した力は入っていないのか、痛くはないわね。

 よく見ると、押しつけられている壁の色が、少し周りと違うわ。


「……はい。ありがとうございます」


 手を離される。

 手形のように、わたくしが手をついたところが光っています。

 気になってみているうちに消えてしまったわ。


「これで扉を一人でも使えるようになりましたよ。あとは研究室への扉でもお願いします。では、いきましょう」

「あ、ま、待ちなさい!」

「はい?」


 一人で行こうとしないでくれるかしら。


「手をかしてくださる」

「? はい。どうぞ」


 手を握ると、ノアは私を連れて、模様の上に踏み出します。

 目の前が真っ白になったと思ったら、次に見えたのは先ほどと変わらない部屋だったわ。


「ノア? 研究室に行けるんじゃなかったのかしら?」

「はい。ここが研究室ですよ。また登録があるので、手をかりますね」


 壁に押し付けられる。

 壁が手の形に光ったのだけれど、また、すぐに消えてしまいます。


「では、行きましょう」


 扉を開くと、本当に違う部屋だったわ。

 それに、老人と女性、そして、小さいわね。

 初等部くらいの子かしら?

 女の子が、わたくしを睨んでるわね。


「こちら、エニシ・イチノミヤさんです。今日からここの研究室の一員になりました」


 ノアがこちらを振り返る。

 ……自己紹介すれば良いのかしら。


「わたくしは、一ノ宮縁。縁が名前で、一ノ宮が名字よ。ノアに誘われてこの研究室でお世話になることになるわ」


 頭を下げますわ。

 第一印象が大事といいますものね。

 学園では、なんの意味もなかったけれど。


「この子がねぇ……」


 女性の方が私を凝視しています。

 何かしてしまったのかしら。


「何かしら?」

「いえ。ノアさんはこういう子が好みだったんだなと思って」

「この……ち、違うわ。ノアが欲しいのは、わたくしの恩恵?だもの」

「あら、意外と好感触なのね」

「違いますわ!」

「私はコガネよ。仲良くしてね」


 片手では握手しながら、片手は口に当てて微笑んでいるわ。

 大人な女性かと思ったのだけれど、態度は子供みたいね。

 これがギャップなのかしら。

 手を離したのを見計らってか、老人の方が話しかけてくるわ。


「あなたのことは所長から伺いました。よろしくお願いしますね」

「こちらこそよろしくお願いしますわ。なんとお呼びすれば?」

「ゲン、と呼んでいただければ。敬語は必要ありませんよ。同じ研究室の仲間になるのですから」

「そう。なら、ゲン。よろしくお願いするわ」

「はい」


 握手しながら、柔らかい笑みを浮かべている。

 わたくしの見てきた老人は殆どが、いかつい顔で鋭い目をしていたから新鮮ね。


「これからよろしくお願いしますね」


 先ほどから俯いたままの女の子。

 内向的な子なのかしら。

 わたくしから手を伸ばした方がいいのかしら。


「あなたをこの研究室の一員だなんて認めません!」


 女の子はわたくしの手をはたいた後、そう、大きな声を出しました。

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