第2話 ようやく見つけました

「そういうことで、陛下。エニシ・イチノミヤさんは研究室に預からせていただきます」

「はぁ……お主はこのようなとき強情なのは知っておるからな。よい。許可する」

「ありがとうございます!」


 陛下の許可もいただけました。

 振り返るとエニシさんが顔を真っ赤に染めていらっしゃいました。


「エニシさん? 顔が赤いですが熱があるのでしょうか?」


 周りに熱を測る装置はありません。

 エニシさんの前髪を上げ、額を当てます。

 見た目ほど熱はないですね。


「よかった。熱はありませんね」

「……」

「エニシさん?」

「きゅぅ…」


 いきなりエニシさんが目を回して倒れていきます。


「エニシさん!」


 なんとか床に頭を打ち付ける前に止めることができました。

 火事場の馬鹿力というやつですかね。


「そこの兵士さん、手伝ってください!」

「は、はい!」

「医務室に、急いで。の研究室の新人です。丁重に扱ってください」

「!? はっ!」


 兵士の方に運んでいただきます。

 無事だといいのですが。

 医務室の方たちは腕もいいので大丈夫でしょう。


「陛下、私は至急の用が出来たため、失礼します」

「わかった」

「……」

「皇女殿下、失礼します」


 研究室に急ぎます。

 あぁ!

 本当に今日は素晴らしい日です!



・・・



 研究室。

 今日はゲンさんがいました。

 ゲンさんは、ここ、ローミア研究所魔物関連研究室で、もう10年以上も務めてくださっている方で、本名ははダゲンドさんというのですが、私たちはゲンさんと呼んでいます。


「ゲンさん!」

「おや、所長。どうかされましたかな」

「素晴らしい人がいましたよ!」

「ほぉ、珍しいですね。そんなに興奮して」

「『記録』と『支配』を両方持ってる方を見つけたんです!」

「なんと! それはそれは……おめでとうございます」


 ゲンさんも自分のことのように喜んでくれます。


「以前から、その2つのギフトを持っている方をお探していましたものなぁ……それが、まさか1人でお持ちの方がいるとは……」

「本っ当に、幸運でした」

「その方は今どこに?」

「少し体調がすぐれないようで、医務室に運んでもらいました」

「なんと、大丈夫ですかな」

「おそらくですけど、大丈夫だと思います。直前までは普通に喋れていましたから」

「環境の変化に戸惑ってしまったのかもしれませんな」

「そうかもしれません。しばらくは研修期間として、その後は助手になってもらおうと思います」

「そうですか……ついに」

「はい。将来有望ですよ」


 デスクなど、その他もろもろを用意してもらわなくては。


「あれ、そういえばゲンさん。メリルさんは今日休みでしたっけ?」

「はい。そのようになっていますな」

「そうでしたか。この感動を伝えたいと思ったんですけど…」

「はは、お気をつけて」


 それだけ言うと自身のデスクに戻ってしまった。


「? はい」


 ゲンさんの言ったことはよくわかりませんが、ゲンさんはすぐに研究資料を読み始めてしまったので、聞き返すわけにもいけません。


「私も実験を終わらせてしまいましょうか」


 エニシ・イチノミヤさんが目覚めるのを待ち遠しく思いながら、研究を進めました。



・・・



 しばらくして、医務室からエニシ・イチノミヤさんが目覚めたと連絡が来ました。

 王宮へ再び参上します。


「ぁ……ノア……」

「これは、皇女殿下。何かご用でしょうか?」

「……ノア? その呼び方はおやめなさい」

「ここは王宮ですので、そのようなことはできかねます」

「ノア」

「シャルル様、あまり困らせないでください」

「私が許可していると言うのに誰が咎めるのです」

「周りの目があるでしょう」

「いいのです」


 よくありません。


「ノアはどうされたのですか? もしかして私に何かご用でしたか?」

「いえ、医務室に。エニシ・イチノミヤさんが休んでいらっしゃるので」

「……」


 おや?


「ノア。あの娘が気に入ったのですか?」

「シャルル様?」

「答えなさい」

「……はい。とても。あの方こそ、私が長年求めていた方です」

「何年も、ですか?」

「はい。ずっと求めていました」

「そう、ですか……」

「では、私はこれで」

「(私では足りなかったのですね…)」


 何か小声でおっしゃったようでしたが、振り返った時にはシャルル様は反対方向に歩き始めていました。

 入れ違うようにして看護師の方がいらっしゃいました。


「ノア様、こちらにいらっしゃいましたか」

「すみません、遅くなってしまって」

「いえ、ではこちらに」


 迎えに来てくださったようです。

 連れられて医務室に入ると、エニシ・イチノミヤさんがベッドに腰掛けていらっしゃいました。


「エニシ・イチノミヤさん。こんなにすぐに起き上がって大丈夫ですか?」

「ええ。問題ない、わ…」


 こちらを向いたエニシ・イチノミヤさんの顔が、みるみる紅くなっていきます。


「看護師さん!」

「ふむふむ……なるほどね」


 看護師の方は顎に手を当て頷いています。


「あの、大丈夫なのですか?」

「ええ。彼女はただ照れて…」

「何を言ってるのかしら!?」


 エニシ・イチノミヤさんがいきなり大きな声をあげた。


「あ、今のは私がデリカシーなかったわね。ごめんなさい」


 エニシ・イチノミヤさんは美しい髪をくるくると指先で回している。

 癖でしょうか。


「あ、貴方は、その…」

「改めまして、はじめまして。エニシ・イチノミヤさん」

「え、ええ。わたくしが一ノ宮縁よ。貴方の名前を聞いてもいいかしら?」

「そうでしたね。わたしはノアと申します」

「……苗字は教えてくださらないのかしら」

「私に苗字はございません」

「……そう。じゃあ、ノア。その、私に言ったことは本心かしら?」

「はい。もちろんです」

「そ、そう。でも、私は流石にあの場での返事は早計だと思ったわ。だから、その……」


 言い辛そうにしている。なるほど。


「はい。貴女の好きな時で構いません。私は貴女の気分を害したいわけではないのです」

「も、もぅ…」


 くるくる、くるくる、と。

 跡がついてしまうのではないでしょうか。


「ふふふ…可愛いわねぇ」


 看護師の方が何か言っている。


「なによ!」


 エニシ・イチノミヤさんが看護師の方を見る。たびたび顔が紅くなりますね。


「いえ、ワタシの顔を見たときの叫び声とは対照的ね、とおもって」

「それは! ……申し訳なかったわ」

「いいのよ。そう言うの慣れてるから。ワタシだって起きてすぐに誰かの顔があったら驚くもの」


 元近衛で筋肉隆々なのに、女性看護師の格好をしていることにも原因があると思いますが、黙っておきます。


「……まあ、いいわ。あと、その、少し質問してもよろしいかしら?」

「私に答えられることでしたら」

「他の人はどうなるの?」

「他の人、ですか?」

「私と一緒に来た人たちよ」


 私はすぐに抜けてきてしまいましたからね……


「正確にはわかりませんが、レベル上げと訓練でしょうか?」

「レベル上げ?」

「はい。それが効率がいいですから」

「それは、強制なのかしら」

「いえ、希望者のみになるはずです」

「そう……その、レベル上げ?は、なにをするのかしら?」


 文献にあった通り、エニシ・イチノミヤさんはレベルの存在しない世界からきたようです。

 なかなか想像し難い世界ですが、それはお互い様なのでしょう。


「基本的には魔物狩りですね。魔物が死んだ時に、周囲に飛び散る魔素を取り込むことでレベルが上がります」

「レベルが上がるとどうなるのかしら」

「ステータスが上がります」

「ステータス……」

「体力や魔力の最大保有量などですね。筋力なども上がります」

「わたくしも?」

「そうなりますね。レベルが高くて悪いことはありませんから」

「そう…」


 何やら考えている様子のエニシ・イチノミヤさん。

 しばらく黙っていましょうか。



・・・



「……お世話になってもいいかしら」


 ポツリ、と。エニシ・イチノミヤさんが呟かれました。


「もちろんです」

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