不死の研究
皮以祝
第1話 誘拐されましたわ……
今日から新学期が始まりました。
わたくしは、去年と変わらず向けられる視線を無視して、次の授業の用意をしていました。
なんの脈絡もなく、目の前が真っ白に輝きました。
ちかちかとしていますが、ようやく見えるようになった時、景色は一変していました。
冷たく、硬い床。
椅子や机は消え、わたくしは尻もちをついたような姿勢をしています。
(何が起こって!? ……いえ、こんな時こそしっかりしなくては。一ノ宮家の一人娘として、正しい振る舞いを)
一つ深呼吸をする。
心臓激しく音を立てていますが、まずは状況を判断しましょう。
ここは、教会でしょうか?
ステンドグラスに、祭壇のようなものがありますわ。
天井も高いですわね。
そして、囲むように立つ兵士。
日本で見かけることなんて滅多にないのですけれど。
しかも、甲冑を着てますわ……
他には、祭壇のようなもの、そしてその左右には2つの椅子がありますわね。
片方は空席。
そして一方には、煌びやかな装飾を身に纏う男性が座り、その背後に若い女性が控えていますわ。
ここが教会として、わたくしやわたくしのクラスメイトがここにいる理由…
誘拐でしょうか?
スマートフォンは圏外で、時間は確認できません。
腕時計はもうすこしで9時になるところですか。
そこまで時間が経っていませんわ。
(学園の近くにこんな場所が?)
わたくしが誘拐されたと仮定して、時計が間違っていないのなら、全員を運ぶのに10分程度しかかかっていません。
そして、これだけの人数を運ぶのに追手がいない?
ありえませんわ。
学園には監視カメラも、校門近くにガードもいたはずです。
誰にも知られないとしたら、全員が犯人なときだけ。
普通に考えればありえません。
そして、近隣にこれだけの施設があることを、わたくしが知らないとも思えませんわ。
(……無理、ですわね)
これはわたくしの手には余りますわ。
助けを待ちましょう。
「皆の混乱は当然のことと思う。しかし、耳を貸してくれ」
椅子に座る男性が話し始めました。
後ろの女性がこちらを値踏みするような目で見ていますわね。
よく見る目ですわ。
「我はこのローミア公国の王、サードン・エルフィンである。そして、ここは其方らのいた世界とは別の世界であり、ここへは我が娘であるシャルルの召喚によりきてもらった」
ローミア公国……
聞いたことがありませんわね。
国際的に認められていないほど小さな国なのでしょうか。
いえ、それよりは勝手に名乗っているという方が可能性としては高いですわね。
「其方らを呼んだのは他でもない。この世界を救ってもらうためだ。まずはこれを見てもらおう」
まるで巨大なスクリーンがあるかのように、空中に映像が流れ始めました。
資金力がそれほどあるということでしょうか。
かなり大きな組織ということですか。
映像で流れているのは焼けた町ですね。
おそらく家だったのでしょうが、原形をとどめていないのでよくわかりませんわ。
「この世界は魔族の脅威に晒されている。以前からそうではあったが、ここ数年は酷い。今年に入ってからいくつもの村や町が被害にあった」
男性は椅子から離れて膝をつきました。
「どうか、頼む。この世界を救ってくれ」
何を言っているのかしら。
世界……
テロリストということかしら。
明らかに過剰な装飾をしているのは、以前は貧しかったからとか?
そう仮定すれば、先ほどの映像は、どこかの戦時下にある地域。
あの二人も、日本語は上手ですけど、見た目は西洋人に近い。
それに、先ほどの『魔族』という言葉。
そこからまず連想されるのはヒンドゥー教ですわ。
いえ、そこから派生した別の宗教の可能性の方が高いですわね。
そして、『魔族』といえば、神様や人間に敵対する存在でしたわ。
つまり、宗教戦争に巻き込もうとしていると?
わたくしたち、いえ、この場合はわたくしたちの資金をあてにしているのでしょう。
ですが、日本という国において、それはかなり困難ですし、そして、かなりの時間が掛かりますわ。
ということは、すでに算段が付いているということ?
「我らが不甲斐ないのは分かっている。だが、こうするほかないのだ。頼む」
ええと、こういう時は指示に従うふりをして安全を確保すればよかったのかしら。
ですが、情報が少なすぎますわ。
私の推測が合っている可能性も高くありません。
「お任せください! 僕たちがこの世界を救って差し上げます!」
……いけませんわ!
すこし、頭の回転が止まってしまいました。
ええと、いえ、確かに。
あの方、高城さんでしたか。
判断は間違ってませんわ。
まずは安全の確保ですわね。
「感謝する。本当にありがとう」
男性が降りてきて、声を上げた高城さんの手を握っています。
たしか、高城さんは柔術の……
「はい。お任せください!」
声が震えています。
そうですわね。
その男性以外にも周りに武装した人が多くいるのですから、どうにもなりませんわ。
「僕たちは何をすれば良いのでしょう?」
「そうでした。シャルル」
女性が大量の小さな水晶玉のようなものが詰まった袋を抱えています。
それらを、一人一つずつ渡しています。
「どうぞ」
「……」
何があるかわかりませんけど、受け取るしか選択肢がございませんわ。
それにしても、この女性。
近くで見ると本当に感情が抜け落ちたかのように見えますわね。
「これは?」
高城さんが尋ねています。
「これはギフトを確認できる魔導具でしてな。それを軽く握ってからもう一度手をひらいてみてくれますかな」
クラスメイト達の手から、空中に何かが投影されました。
「素晴らしい!」
男性が興奮したように手を叩いています。
「やはり伝承の通り、全員がギフトを2つもっている!」
わたくしの名前。
苗字が後ろに来ていますね。
『学生』の文字が続き、何かの数字が並んだあと、一番下に2つの熟語が示されています。
『記録』『支配』
どういう意味でしょうか。
「おお! やはり貴方こそ勇者にふさわしい!」
高城さんを見て興奮しています。
『浄化』『英雄』の文字がみえますわね。
周りを確認してみると、それぞれ違うようですわ。
「この世界をお願いいたします」
再び手を握っていますわ。
「そうでした。もちろん、無理強いはしません。戦闘系ギフトを持っているからと言って危険がないわけではありまぬからな」
「危険があるのは承知しています。ですが、困っている人が何処かにいるのなら放っておくことはできません」
茶番劇かしら。
もしかして、高城さんは何らかの事情を知っているということでしょうか。
いえ、合わせているだけなのでしょう。
そうでなければ、あれほどすんなりと納得するわけがありませんわ。
「戦闘系ギフトと非戦闘系ギフトは色で判断できます。戦闘系ギフトは赤色、非戦闘系ギフトは青色に見えているはずです」
わたくしのは、どちらも青色ですわね。
「戦闘系ギフトが一つでもある方は我の方、戦闘系ギフトがない方はシャルルの方へ」
…あら?
「ねぇ、見て。成金のやつ、1人だけあっちだって」
「そりゃそうでしょ。あいつは1人がお似合いだもの」
「そうね。当然ね」
こちらにはわたくし以外誰もいませんわ。
「なんて薄情な人間なんだ」
「成金なんて貧乏人と大して変わらない。使われる側の人間だからな」
「僕たちのように高尚な精神を持ち合わせてはいないのでしょう」
あんな戯言を聞き流すのは造作もありません。
しかし、今、この状態で孤立してはまずいですわ。
実際のところは、正確なことが何一つ分かっていないのですから。
「あんなもの放っておけ」
「そうだよ〜。関係ないもん!」
思わず視線が下げてしまいます。
ここには、
クラスメイトはいても、わたくしは一人ですわ。
「遅れましたっ!」
大きな音に顔を上げると、扉を開けた状態のまま、白衣を着た男性が立っていました。
「よい。妻から話は聞いている」
「ノア!」
目の前の女性が目を輝かせながら名前?を呼びました。
さっきまでの死んだような目とは打って変わって、目を輝かせていますわ。
「皇女殿下、ただいま参りました」
「はい! お待ちしていました。先週ぶりですね」
「ノア、妻がまた迷惑をかけたな…」
「いえ、役に立てて良かったです」
この男性は、白衣を着ていますし、医療関係者かしら。
他には、研究員の可能性もありますわ。
「あの人めちゃくちゃイケメンじゃない!?」
「白衣もめっちゃ似合ってるしね!」
先ほどわたくしの方に、わざわざ聞こえるように侮蔑の言葉を放っていたかと思えば、変わりようはすさまじいですわ。
それほど余裕があるというところも。
わたくしには、余裕など一切ないというのに。
「召喚を見れなかったのは残念でしたが…… 陛下、どうでしたか?」
「素晴らしいぞ! やはりギフトを2つ持っている。その上ほとんどは戦闘系ギフト持ちだ!」
「そうでしたか。なるほど…」
白衣の男性が視線を動かし、一人一人の顔を確認している?
いえ、映し出されている画像かしら。
「……」
わたくしの顔を見た?
勘違いかしら。
でも、やはりわたくしを見ている気が…
「……」
無言のままこちらに近づいてきましたわ。
「……エニシ・イチノミヤ……さん」
名前を確認されながら、名前を呼ばれました。
「……な、なにかしら」
無言で近くまで来られると怖いわ。
今は守ってくれる人も……そうよ!
今は誰も護衛がいませんわ!
いつもなら萱野が何とかしてくれていたから……
油断してこんな近くまで男性を近寄らせてしまった!
わたくしの葛藤をよそに、いえ、油断をつかれ、白衣の男性に手を握られました。
反射的に、引き抜こうとするけれど、予想以上に強い力で抜けませんわ。
「ノア! なにしてるの!?」
女性が叫んでいますわ。
わたくしは人質なのでしょう?
いえ、一人くらいなら問題ないという判断なのかしら。
それなら……おしまいですわね。
「
「ぇ…」
絶望したような小さな声が聞こえるが、わたくしもそれどころではない!
「な、なにを」
こんなにまっすぐに、そんなことを言われたのは初めて。
いえ、それ以前に、こんな状況で何を言っているのかしら。
「私と来てもらえませんか?」
わたくしはここで初めて男性の顔を見ます。
モデル顔負けの整った顔。
いえ、正確に言えば、わたくしの好みでしょうけど。
冷静な判断ができませんわ。
顔が赤くなって……
手を握られたときにはすでに赤かったかもしれません。
でも、仕方ないじゃありませんか。
中学までは女性に囲まれていて、学園に入ってからは成金と呼ばれて男性との関わりも少なかったうえ、金目当てで寄ってくる男性でもいきなり手を握ってくる人はいませんでした。
こんな状況で、本当にわたくしは何を考えているのでしょうか。
ですが、わたくしは、きっと一生忘れません。
時間が経てば、私ちょろすぎるのではなくって?
そう、思うけれど。
「は、はい…」
こんな、熱に浮かされてしてしまったような返答で、わたくしの人生は大きく変わってしまったのですから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます