UNWELCOMING MORNING
ようこそ、目が覚める。夜が明ける。夢が終わる。現実が来る。
ようこそ。何もない自分よ。また今日もよろしく頼む。まあ、頼りがいなどさっぱりないのだけれど。
目を覚まし、儀式のようにそのことを消化する。水無しで乾いたパンを呑み込むように。口が渇く、切れる、腫れる、痛む。幻想の痛みに歪む口に朝の薬を放り込み、ぬるい水で飲み干す。
すこしはましになったか? 誰ともなしに。まわりに人間などいないから、ひたすら自問自答する。だれとも会話の機会のない自分だから、心をあさって答えを探す。
朝の薬は現実と妄想の境界を曖昧にし、自分の心を蕩かせる。しばらくこのままでいよう。しばらく、ずっと、いいやずっとは無理だ。せめて昼まで、昼まで!
日の光を求めるかのように、カーテンをよろよろと開ける。日差し。何もないこの部屋に日差しが入ってくる。しばらくそれをガラス越しに浴びた。日差しがない日は一日中憂鬱だった。今日は日差しがある。それだけがありがたい。少し思考を巡らす。
自分は空虚だった。常に、いつも、いままでも、これからも。
心は萎え、体も萎えた。精神の病人はいまや肉体の病人だった。何をするのもおっくうで、なにをするのにも勇気が要った。
ただ夢の世界だけが豊かだった。幻想だった、素晴らしかった。はぁはぁはぁ。とため息をつく。自慰をするかのように。実際に自慰もした。久しぶりに自慰。射精には至らず、そしてそれだけで疲れ果てて動けなくなった。女が欲しいが、これでは満足させることなど覚束ない。もっともそんなことを考えている自分は、きっと気が狂っているのだろう。はぁはぁはぁ。ため息をつく。ひゅうひゅうひゅう。口を突き出し息を吐き出す。髭が伸びてきたなと何となく思う。髭が伸びてきたなと、鋭く思う。髭。何かいやだった。しかし、刃物を使うことは危険だった。自分の防衛衝動がそれを諫めていた。目を閉じた。視界から消えれば、気にならなくなるだろう。たぶん。
まだ朝だった。昼には遠かった。絶望だった。失望だった。少し寝た。それでもまだ朝だった。何度目の朝だろうか。わからない。正午はまだか。大いなる正午は。あり得ない空想で時間を潰し、今日の日の正午が来る。当たり前のように。当然ながら何事も起きない。
いつしか腹が空いていた。何もかもを諦めた老親が捨てるように自分のために買い置いてくれたインスタントラーメンを。空腹感が限界だったのでお湯を沸かす時間も惜しく、ぬるいお湯でそれも短い時間ふやかして堅くまずいやり方でばりばりとかみ砕くように食べる。
「……」
このまずさが心に沁みる。なんで生きているんだろうと不思議に思う。こんなものを食べるために生まれてきたのではないはずなのに。いやそもそも何のために生きてきたのか……。
心が曇ってきたので考えるのを止める。それはあまりにも自分にとって危険すぎた。昼の薬を口中に放り込み、また少し、眠りに落ちる。満腹感は眠気を上手く誘ってくれた。そうしていつものように素晴らしい夢を見た。
目を覚ますと夕方だった。夜の薬と就寝前の睡眠薬を飲み、早めに目を閉じる。家族とは顔も合わせたくない。ただえさをくれればそれで良かった。芸などしない自分は愛玩動物以下だった。昔飼ってた猫以下だった。あのころは……。そのことを思うと胸が僅かに痛んだ。けれど薬がそれを忘れさせてくれる。記憶さえ。そう、記憶さえ! 気がつけば、また朝だった。夜の薬を飲んで自分が犬猫以下だったことを思い返していたところで記憶が途切れている。永遠の朝。望まない朝。今日もまた、いつものように。最初に戻る。儀式を繰り返す。いったいいつまで?
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