29.美少女でもゲームがしたい②
自宅へと帰り、早速先程桜田に入れてもらったゲームを起動する。
「そういえばさっきは自分のキャラクターを作ったところで終わったんだっけ?」
まだ夕食の準備すらしていないが折角ゲームを入れてもらったのだ。今日くらいは多少ゲームをしてからでも良いだろう。
そう思ってゲーム始めてから二時間、私は完全に止めどきを見失っていた。気づけば既に八時を回っており、外も闇に包まれている。
「もうこんな時間か。でも丁度操作にも慣れてきたしな」
ここで止めるべきか、それともこのまま夕食やらお風呂やらを全て後回しにして続行するべきか。
悩んでいるところでインターホンの音が部屋で鳴り響いた。こんな時間に一体誰だろうと思いながらも玄関へと向かい、まずは覗き穴から外の様子を窺う。
見るとそこには両手に何かを持った桜田が立っていた。不審者ではないにしてもこの時間に何だろうかと私はドアを開ける。
「何の用事? 私今取り込み中なんだけど」
「いや、ちょっと肉じゃがを作りすぎたから持ってきたんだが……」
「合格入って」
「合格?」
何この男、やれば出来るじゃない。私が夕食の準備を何もしてないのを見越して来たのかと思わせるほどのタイミングの良さ。ナイス、圧倒的にナイス。
「ほら、早く上がって。桜田君はもう食べたの?」
「いや俺はまだ食べてないが、流石にこの時間に上がるのはちょっと……」
「大丈夫、大丈夫。今日は楓もいないし」
「そういう問題か?」
「そういう問題だよ」
「でもな……」
「なに?」
「前から思ってたんだが、有栖川は男に対して警戒心が無さすぎるんじゃないのか?」
この前のことがあったからなのか桜田は頑なに家に上がろうとしない。もう面倒くさい、何故分からないのだろうか。
「流石に私でも知らない人をホイホイ家に上げるほど警戒心がないわけじゃないから。一応それだけ桜田君のことをその、認めてるっていうかなんというか……。とにかく大丈夫なの! 分かった?」
「いや分からない」
そこは分かれよ。仕方ない、こうなったら最終手段だ。
「上がってくれないとここで叫ぶよ?」
鈍感な桜田でも今私が言ったことの意味は分かるのか慌てた様子で止めに入る。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。何でそうなるんだ。無理やりに入ろうとしているならまだしも俺は入るのを拒んでるんだぞ? 普通は逆だろ」
「そうだね。でもそんなの傍からみたら変わんないよ」
続けて『ね、そうでしょ?』と桜田に返事を求めると彼は呆れた様子でため息を吐いた。
「分かった。上がるから叫ぶのだけは止めてくれ」
「分かればよろしい」
「なんだかな……」
桜田はどうやら納得していない様子だったが、私の言ったことには従ってくれるみたいで素直に家の中へと入ってくる。
「お邪魔します」
さて、これからどうしようか。折角桜田がお裾分けの肉じゃがを持ってきてくれたので夕食にするのもありだろう。
「じゃあ今から夕食にするけど、良かったら桜田君も食べていく?」
「俺が言えたことじゃないがまだ食べてなかったのか?」
「うんまぁね。ちょっと止められなくなっちゃって」
テーブルに置いてあった携帯に視線を向けると桜田も私に釣られてテーブルの上の携帯を見る。
「まさか今までずっとゲームやってたのか……」
そこでニッコリと笑顔を作ると桜田からはまたもやため息が返された。
「いや、なんというか。少し有栖川が不安になってきた」
「何さ、私だってあとちょっとしたら止めるつもりだったんだよ」
「あとちょっとって……パッと見た感じ家に帰ってからゲームしかしていないように見えるが?」
ギクリ……まさか帰ってからの私の行動が全てバレているなんて。
「へー良く分かったね。凄い観察力だ」
「部屋の電気は付いてないし、キッチンが使われた形跡もない。こんなの誰が見ても分かる」
桜田は呆れたように本日三度目のため息を吐く。
そうだ、わざわざ彼を家に上げたのは別に肉じゃがを持ってきたからという理由だけではなかった。寧ろそれとは違うもう一つの目的の方が主だったといっても過言ではない。
「ところで桜田君は今携帯持ってる?」
「一応持ってきてはいるが」
「だったら私と一緒にゲームしない? 桜田君もこのゲーム入れたんでしょ?」
「あのな……」
まさか出来ないとでも言うつもりなの?
「さっき夕食にするって言っただろ。ゲームは夕食の後にしろ」
しかし彼から飛び出してきたのはまるでお母さんが子供を注意するときに使うような言葉だった。
今の発言といい、肉じゃがを作って持ってきたことといい、何だか彼には女子力というか、母親力があるような気がしてならない。
「分かったよ、お母さん」
「誰がお母さんだ。冗談言ってないで早く準備するぞ」
「手伝ってくれるの?」
「このまま俺が何もしなかったら夕食そっちのけでゲームを始めるだろ。それでまた倒れられても困る」
もしかして今日はこの前私が倒れたことを気にしての訪問だったりするのだろうか。だとしたら何だか悪いことをしたような気がする。
「そっか、何か悪いね」
「気にするな、俺が好きでやってることだ」
照れ隠しのようにも見える彼の素っ気ない態度に私は不覚にもドキっとしてしまった……気がした。多分、恐らく、そうかもしれない。
◆ ◆ ◆
「「ご馳走様でした」」
夕食を終え、手を合わせる。今日は少々食べ過ぎてしまった。
「今更だけど良かったの? 肉じゃが作ったんだったら桜田君の方でも夕食の準備してたんでしょ?」
「本当に今更だな」
「もしかして夕食に誘ったのは迷惑だったかな?」
「まぁ準備はしていたがそれは明日にでも食べればいいから気にするな。それより今のうちに風呂でも入って来たらどうだ?」
続けられた『その間に俺は皿洗いでもしておくから』という言葉にふと我に返る。
あれ、この状況なんだか同棲してるカップルみたいじゃないか。
「えーと、うんお風呂ね」
「どうした?」
「え、いや何でもないよ」
いやいや、私一体何を考えてるの。そんなわけないから。
そう、きっと今まで誰かと一緒に夕食を取る機会がそんなになかったからそれで変に意識して変なことを考えてしまっているだけなのだろう。
これは単なるご近所付き合い。そうだ、普通に考えてこれはただのご近所付き合いじゃないか。
「じゃ、じゃあお風呂行ってくるね」
私は頭に浮かんだ余計な考えを外へと追い出すように自分の頬を軽く叩いてから早足でお風呂場へと向かった。
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