24.看病の鬼①
ふと目が覚めると真っ白な天井が見えた。
視界の端に映るどこか見覚えのある家具とその配置を見る限り、どうやらここは自宅、少し顔を動かして窓の外を見れば、いつもの朝の風景が見えた。
そういえば私さっきまでカラオケをしていたような……。
そこまで思い出したところで一先ず周りの状況を見ようと体に力を入れる。
「あれ、何でこんなに体重いの……」
だが体に力を入れても起き上がることは出来なかった。
無理をすれば起き上がれないことはないが、かなりの体力を使うし、力を入れると頭痛もする。ここまで体の不調が揃えば、私の体調が今最悪だということは明白だった。
「まさか私、あのまま倒れた? ……いやまさかね」
最後に覚えているのはカラオケの個室にいた時、しかしそのときはまだこれほどまで体調は悪くなかった。
だったらいつこんなことに……。
考えを巡らそうとしたところでふと足元が重いことに気づく。
「……んぅ、有栖川さん」
それからすぐに聞こえてくる私の名前を呼ぶ声。見ると足元には私に覆い被さるようにしてスースーと寝息を立てる楓の姿があった。
「えっ、楓? どうしてここに……」
一体何故彼女が部屋にいるのか分からず困惑していると、事情を知っていそうな人物が一人玄関からドアを開けてやってきた。
「あら、目が覚めたのね。でもまだ無理に起き上がっちゃ駄目よ、熱があるんだから」
「千恵美さん、この状況って一体どういう……」
すかさずこの状況について千恵美さんに質問すれば、彼女は何故か少しニヤニヤとした表情を浮かべた。
「あら、気になる?」
「それはまぁ……」
なんだ、この千恵美さんの表情は。何か嫌な予感がする。
このどこか暖かい目で見られているような感覚に何故こんなにも嫌な予感がするんだと少しだけ今の状況に既視感を抱いていると、ふとここで桜田が引っ越してきた日のことが思い出された。
「もしかして桜田君が関係してます?」
私の問いかけに『まぁ、良く分かったわね』と少し驚いたような表情を見せたあと再びニヤニヤとした表情に戻る千恵美さん。
一体桜田は私が寝てしまっている間に何をしたんだ? そんな人にニヤニヤされるようなことをしたのか。
相手が桜田であるためか、いや彼だからこそ不安しか感じない。
そんな私の気持ちなど知らないであろう千恵美さんはそれから私にとって衝撃的な発言をした。
「うふふ……まさかぐったりしてる花蓮ちゃんをお姫様抱っこで連れてくるなんてね。青春よね」
ん? 今なんて言ったのかな?
別によく聞き取れなかったわけではない。
ただ聞いたことに対して私の頭が受け付けなかった。
「あの、今まさか桜田君がお姫様抱っこで私をここまで連れてきたって言いました?」
一応念のため千恵美さんにもう一度確認すると彼女は不思議そうな表情をする。
「そうだって言ったはずだけど、ちゃんと聞き取れなかったのかしら。ええその通りよ、伊織君が花蓮ちゃんを連れてきたわ」
ですよねー。私の耳がおかしくなっただけかと思ったが残念ながらそうではなかったようだ。
しかしながら、そうなると本格的に頭が痛い。私の記憶はカラオケ店で途切れているので恐らく彼はその場所から私をここまで運んできたのだろう。
運んできたこと自体はもちろんありがたいとは思っている。だがその間ずっとお姫様抱っこでいたのだと思うと素直に感謝することが出来なかった。
そもそもどうして普通におんぶじゃなくてお姫様抱っこなんだと彼に問いたい。
「あ、そうそう。そこにいる楓ちゃん、ずっと花蓮ちゃんに付いていてくれたのよ。起きたらお礼くらい言ってあげてね。じゃあ、私は花蓮ちゃんの様子を見にきただけだからもう戻るわね。ちゃんとゆっくり休むのよ」
「すみません、ご心配お掛けしました」
千恵美さんはそれだけ言い残すと宣言通り玄関から出ていく。
でもそうか、千恵美さんの言っていたことが本当だとすると私は二人に相当な迷惑を掛けたことになる。
「なんか一気に借り作っちゃったな」
カラオケのことといい、今回運んでもらったことといい短期間でかなりの借りを作ってしまった。
果たしてこの借りをどう返せば良いのやらと考えているところで足元にいる楓の体がピクリと動いた。
「……んぅ、有栖川さん。もう朝ですか?」
「なんかそうみたいだね」
「そうですか、朝ですか」
まだ寝惚けているらしい楓は目を擦りながら周囲を見渡す。しかし、しばらくすると彼女はハッとした表情で私を見た。
「……あ、有栖川さん!? もう大丈夫なんですか?」
「まぁちょっと体が重くて頭が痛いけどそれなりに。それより楓の方は風邪引かなかった? ずっと私に付いていてくれたんでしょ?」
私は何か楓が着れるものがないかと探すが生憎どこにもそれらしきものは見当たらない。
「わ、私は大丈夫ですよ! それよりまだ体調が悪いんだったら寝てて下さい。私はタオルを持ってきますので」
「いいよ、私がやるから」
「いえ駄目です。有栖川さんは病人なんですから寝て待ってて下さい」
楓に制止されて渋々私は布団の中へと引き下がる。
しかし彼女に任せっきりというのもそれはそれで心配なので布団の中から彼女がドタバタとタオルを用意する様を観察していると、ふいにどうしてここまで私のために尽くしてくれるのかという疑問が浮かんだ。
「ねぇ、楓」
「はい、なんですか? もしかして喉が渇きましたか?」
「いやそうじゃないんだけど……」
「……?」
果たしてこれは聞いたら気まずくなるだろうか。
一瞬だけ考えて大丈夫だと判断した私は少し楓から顔を背けて言葉を口にする。
「えーと、その、どうして楓はこんなに尽くしてくれるのかなって思ってね」
別に楓は家族ではなく、ただの友達という名の他人だ。他人が熱を出してもその友達は関係ないだろうと思ったのだが、彼女は何故か少し悲しそうな表情を浮かべていた。
「友達だからって理由だけじゃ駄目ですか?」
突如楓が見せた表情に何も言葉が出てこなくなる。
「別に駄目ってわけじゃないけど……」
「私、ずっと思ってたんです。有栖川さんにはどこか壁を感じるって。私達と話していてもそこにはいつも壁があって、壁の向こう側が見えないんです」
タオルをこちらに持ってきながら楓は寂しそうにそう語る。だがしかし、楓はハッと我に返るとすぐに先程までの私を心配するような表情に戻った。
「いえ、何でもないです。こんなときにする話じゃなかったですね」
「……そうかもね」
辛うじて一言だけそう返すと、楓はそれからお湯を絞ったタオルを手に取る。
「じゃあ、体を拭きますので起きてもらって良いですか?」
「え、そこまでするの?」
「当たり前です。はい、万歳してください」
ここは素直に楓の言うことを聞いておいた方が面倒にならずに済む。それに体もベタついているし丁度良い。
「し、心配しなくても大丈夫です。や、優しくしますから」
「程々にしてね……」
なんだか楓の目が少し危ないような気がしたが見なかったことにした。
流石に病人である私をどうこうしたりはしないだろう……たぶん。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます