25.看護の鬼②

 楓は私の背中をタオルで一拭きすると、最後によしと一言だけ口にしてベッドの上から降りる。


「はい、終わりましたよ。もう大丈夫です。でも風邪を悪化させるといけないので早く服を着て下さいね」

「その、また迷惑を掛けたみたいでごめんね。それとありがとう」

「そんな、有栖川さんは気にしなくても良いんですよ。病人なんですから気なんて使わないで下さい。それに寧ろ私の方がお礼を言いたいくらいです。だって私は有栖川さんの体をタダで……いえ、何でもありません」


 突然ニッコリ笑顔を顔に浮かべる楓に一体何を言いかけたんだと問い返したくなるが、どうせ聞いても録な答えが返ってこないんだろうなと問い返すのを止める。


 とりあえず楓の言う通り服を着ようと服の袖に腕を通したその瞬間、玄関の方からガチャりと扉が開く音がした。


「その勝手に入って悪い。一応お見舞いを持ってきたんだが……!?」

「えっ……桜田君!?」


 突如私を見て固まる桜田、そして私も熱があるせいか予想していなかった彼の登場に驚いて固まってしまう。


「ちょ、ちょ、ちょっと桜田、ノックも無しに何をしてやがるんですか! しかも着替えている最中だなんて最低です!」


 楓の声で我に返った桜田はそれから慌てて弁解を始める。


「す、すまん! でも俺はただ千恵美さんに有栖川の様子を見に行くよう言われただけなんだ!」

「だとしてもです! 分かったら早く部屋から出ていってください!」

「あ、ああ、分かった!」


 慌てたまま部屋を出ていく桜田の姿をぼーっと見ていると心配そうな表情をした楓が私の方に近付いてきた。


「有栖川さん、大丈夫ですか?」

「大丈夫って何が?」


 一体何の話だと首を傾げると楓はまるで可哀相な人でも見るかのように私の額へと手を当てる。


「もしかしてまだ熱が高いんですかね」

「そんなことはないと思うけど」

「いえ、きっとまだ熱が高いはずです。だって下着があったとはいえ、ほとんど裸の姿を見られて平然としてたんですよ?」

「ほとんど裸……」


 言われて自分の体を見下ろすと確かに私はちょうど服を着ようと袖を通したところで、そして当然今は服を着ていないわけで。

 ちょっと待って、それはつまりこのあられもない姿を桜田に見られたということじゃないのか?

 そこまで考えたところで顔を中心に体全体が急激に熱くなっていく。


「わ、私もしかして変態だって思われたりしたのかな?」

「いや、ここは有栖川さんの部屋なんですから流石にその反応はおかしいです。寧ろ変態と言えるのは桜田の方ですよ」

「……そうなのかな」

「はい、やっぱり今日の有栖川さんはいつもより様子がおかしいですよ。早く横になった方が良いです」

「……いつもよりってどういうこと?」

「ほら、早く布団の中に入ってください」

「そのさっき言ってたいつもよりって……」

「しっかり寝て下さいね」


 どういうわけか全然私の話を聞いてくれない。

 仕方ない、ここは楓の言うことを聞いておいて今度にでも楓のいつもより私の様子がおかしい発言を問いただすとしよう。


「分かったよ。楓の言う通りにする」

「そうです、熱があるときは寝るのが一番ですからね。あっ、桜田については心配しないで下さい。私がよーく言い聞かせておきますから」

「うん、お願い」


 その一言だけを呟いて私は目を閉じる。

 流石にさっき起きたばかりで寝れないだろうと覚悟していたのだが熱のせいか不思議と眠気が襲ってきて……。


「有栖川さん、お休みなさい。そろそろ一度私は帰るので鍵は……」


 加えて段々楓の声も遠のいていき、最終的には誰の声も聞こえなくなった。



◆ ◆ ◆



 ふと目覚めるとそこは自室、しかし最後に意識があった時より幾分か時間が経っており、今は日が沈みかけていた。


「もう夕方か、ちょっと寝すぎたかも」


 寝すぎたおかげか頭痛はもう収まっているが、未だに体のダルさは抜けていない。

 辺りを見渡すと既に帰ったのか楓の姿は見当たらなかった。


「そっか、帰ったのか。でもそうだよね、だって明日は学校だもんね」


 楓がいなくなったことに少しばかりの寂しさを感じるが彼女にこれ以上迷惑は掛けられない。

 そんなことを考えていたところで私のお腹がくーっと悲鳴を上げた。そういえば丸一日何も食べていない気がする。


「こういうときってお粥だよね」


 体調は未だに悪いがだからといって食事をとらないわけにもいかない。食事の準備のため重たい体にムチを打ってベッドから起き上がろうとしていると突然玄関の方からドンドンとドアを叩く音が聞こえてきた。

 こんな時間に誰だろうとキッチンに向かう前に玄関へと移動する。


「あの、誰ですか?」


 これで知らない人だったらどうしよう。恐る恐るドアの覗き穴を覗くとそこには小さな土鍋を持った桜田の姿があった。


「有栖川、そこにいるのか?」

「いるけど」

「だったら悪いがドアを開けてくれないか? 今少し両手が塞がってて困ってたんだ」

「ああ、うん分かった」


 特に考えることなくドアの鍵を解錠して、ドアを開ける。するとドアの反対側にいた桜田は何故か少し困った笑顔を浮かべていた。


「まぁ確かに開けてくれって言ったのは俺なんだが、もう少し警戒しても良いんじゃないか?」

「警戒、どうして?」

「なんというか、こんな時間にポンポン玄関のドアを開けるって言うのもな」


 じゃあ私はどうすれば良かったんですかとジト目で桜田を見ると自分でも理不尽なことを言っているのが分かっているのか桜田は急に話を変えた。


「ま、まぁ今回は俺がこんな時間に来たのも悪いからな。それよりまだ食事とってないんじゃないか?」

「そうだけど、もし私が寝てたらどうしてたの?」

「それは千恵美さんに頼んでこの鍋だけでも」

「そんなことしなくても自分で食事の用意くらいするよ」

「でもまだ熱があるんだろ?」

「もう結構下がったし」

「こういうのは治りかけが肝心だ」


 うむ、そう言われては何も言い返せない。

 それにせっかく持ってきてくれたのだ。食べないなんて完璧美少女の名が廃る。


「分かったよ、せっかく作ってきてくれたんだもんね。そうだ、せっかくだし少し上がっていったら?」

「でももう夜だし俺は……」

「ほらほら、遠慮しないで。お茶だけでも飲んでいきなよ」

「あ、ああそこまで言うなら」


 家に上がるとき桜田の様子がおかしかったが、彼こそいつものことなので気にしないことにした。

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