23.反省と気遣い

「あの、ごめんね。さっきはちょっと取り乱しちゃったみたいで」


 あのまま走り回っていても何か変わるわけではないと気づいた私は結局二人がいるカラオケの個室へと戻ってきていた。

 それにしても何だこの空気は。戻ってきて早々に感じたこの明らかに誰かが人為的に作っただろうアットホームな優しい空気に私は戸惑いを隠せない。


「いえ、私達は全く気にしてませんよ。そうですよね、桜田?」


 楓が桜田を肘で小突くと、それに対して桜田はハッとした表情を浮かべる。


「その……有栖川、さっきはあんな大声を出してすまなかった」

「えーと、さっきのことは私が取り乱したのも悪かったから、お互い様かな」


 先程醜態を晒したこともあってか、相手の顔が直視出来ない。

 それにしてもどうして私はあんなことをしてしまったのか。思い出しては恥ずかしくなってというの脳内で何度か繰り返す。


「桜田、ちょっとこっちに……」


 そんな恥ずかし地獄に私が囚われていると、私と桜田のやり取りを見ていた楓が突然桜田を呼びつけた。


「どうしたの?」

「いえ、有栖川さんは気にしなくてもいいことですよ。これは私と桜田のお話ですから」

「そう?」


 私に内緒なんて一体何を話す気なのだろう。まさか先程のことを私に内緒で笑ったりなんて……いや、楓がそんなことをするはずがない。


 でももしかしたら、もしかするかもしれないしね。

 一応確認の意味を込めて私は目を閉じ、そっと聞き耳を立てる。


「桜田、ちゃんと謝れましたね。偉いですよ」

「そうか、ちゃんと出来てたか?」

「はい、出来てました。でも今後は絶対にあんな発言しちゃ駄目です。分かりましたか?」


 何この楓の小学校の先生感。でもそうか、私のことを影で笑っているわけでなくて安心した。


「それともう一つ、今回のことはもう忘れましょう。きっと有栖川さんも忘れて欲しいはずです」

「そうだな、俺もそう思う」

「いいですか、あくまで何事もなかったかのように、いつもの感じで振る舞うんです」


 今のやり取りを聞いたところで私は目を開けた。

 まさか彼らがこんなにも気を遣ってくれていたなんて……。

 今まで無表情で何を考えているのか分からない上に空気が読めない男とか、人の話を聞かない盗撮女とか思っててごめん。これから二人に対してはもう少し優しく接しよう。うん、そうしよう。


 私が決意を新たにしていると話を終えた二人がどこかぎこちない様子で、今度は私にも聞こえるようにわざとらしく会話を始めた。


「あっ! そうでした。せっかくカラオケに来たんですから歌わないとですよね。一番初めは誰が歌いますか?」

「そ、そうだな。だったら俺が歌ってもいいか」

「はい、じゃあマイクとこの曲を入れるやつをどうぞ。桜田」

「あ、ありがとう。和泉」


 いや、確かに何事もなかったかのようにとは言っていたけれども。

 それでも今までのことを全て白紙にして、最初からやり直すには無理がある。


「ふっ……それは流石に無理があるよ」


 思わず笑いを溢すと二人は少し焦った様子で反論してくる。


「な、何のことですか? 私達は今ここに来たばかりじゃないですか!」

「そ、そうだぞ、有栖川! 俺達は今ここに来たばかりだ!」

「だったら何でそんなに焦ってるのよ」


 そうだ、これほどまでに慌てるのは不自然極まりない。


「こ、これはあれですよ。ただ単に私達が焦りやすい体質だからです。で、ですよね、桜田?」

「お、おう!」


 どんな体質だよと二人それぞれに突っ込みを入れたかったが、この二人はこれでも私のことを気遣っているつもりなのだろう。

 まぁ結果的には気遣いが下手すぎて逆にこちらの方が気を遣う必要が出てきているのだが、二人が私を気遣おうと必死になってくれていることだけは十分に伝わってくる。


「もういいからそれ。そんなに気を遣わなくても私はもうさっきのことそんなに気にしてないよ。そういえば楓は曲入れた?」

「私はまだですけど……有栖川さんはそれで良いんですか?」

「何が?」

「その、今日はあんまり喉の調子が良くないんじゃ……」


 楓は恐らく私が二人の前で再び音痴を晒してしまうことを心配しているのだろう。だが二人には既に私の音痴が知られているわけで、そんな心配をされても今更感がある。


「そっか、ついさっきまでは私が上手く歌えるように協力してくれるって言ってたはずなんだけど、その話は嘘だったんだね。残念だよ」

「違います、嘘じゃないです!」

「あれ? そのことは覚えてるんだ。私達ってなんでしょ?」


 少し意地悪かもしれないが、これでもう変な気の遣われ方をされることはなくなるだろう。

 それにしても自ら音痴を晒そうとしているこの状況、どうしてこんなことになっているのか私自身も良く分からない。


「……分かりました、有栖川さんがそこまで言うなら私はもう止めません」

「止めるもなにも私達はカラオケに来たんだから歌わないと意味がないでしょ? ほら、早く入れて。私とのデュエット曲でも良いよ」

「本当ですか!? 有栖川さんとデュエットなんて光栄です! 何を入れましょうか?」

「うーん、任せるけど一応私の知ってそうなやつにしてね」

「はい分かりました!」


 先程の感じから行くとバラード系を入れてくるのだろうか。まぁバラード系統なら比較的に知らないこともないので特に問題はない。

 それに楓は私が曲を知っているかどうか聞いてくるだろうしね。


 デュエットと聞いて突然カラオケの選曲機器を高速で操作し始める楓、彼女が選曲し終わるのを待っているうち眠気からか、いつの間にかに私は目を瞑っていた。

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