17.やはりアレの前では誰も抗えない
昼休み、楓が来るまでの間私はいつものように自分の席にいた。
クラスの様子を眺めていると私が男女問わず多くのクラスメイト達から熱い視線を向けられていることが分かる。当たり前だ、だって私なんだから。
それはともかく、私の視線はある一人に注がれていた。
多くのクラスメイト達が私に視線を向けている中で唯一私を見ずに一人窓から空を見上げている男。何故彼が空を見ているのかは考えても仕方ないのでどうでもいいが、私を見ていないというのは許せない。
いや、別に見て欲しいというわけではないが、なんというか彼に私よりも空を見ている方がマシだと言われているようで納得がいかなかった。
「そういえばまだ一緒にお昼食べたことなかったっけ」
あの男のことを考えていると、ふと昼食をまだ一緒に取ったことがないことに気づく。
異性ということもあってか今まで周りの目を気にしていたが、最近は楓も一緒にいる。それにこれからは積極的に二人と関わることにしたのだ。
だとしたらもう彼と昼食を一緒に取っても良いかもしれない。
そうと決まったら即行動、私は自らの席を離れ、彼──桜田のいる席へと向かった。
「あの、桜田君。ちょっと良いかな?」
桜田の席に着いて早々、得意の猫被りスマイルで彼に話しかける。すると彼は一瞬驚いたような表情を浮かべながらもすぐに視線を空から私へと移した。
「どうした? 有栖川が教室で話しかけてくるなんて珍しいな。もしかして熱でもあるのか?」
「なに言ってるの? 別に熱なんてないよ」
心配する振りをして若干馬鹿にされているような気もしなくはないが、一旦は胸のうちに留めておく。
そうだ、コイツはこういう男だ。彼の言動をいちいち気にしていたら切りがない。
「私はただ桜田君と一緒にお昼を食べようと思って来ただけだよ」
「そうか、お昼か」
「そうお昼、どうせ一人でしょ?」
「まぁ一人といったら一人だが……」
「はい、だったら決定。さっさとお弁当持ってこっちに来て」
「ちょっと待ってくれ。俺はいつも弁当を持ってきてないんだ」
「だったら購買で早く買ってきて、今だったらまだ楓来てないから」
「いや、そういうことじゃなくていつもお昼は食べてないんだ」
「じゃあ昼休みはいつも何してるの?」
「空を見たりしてる」
なるほどだからさっきから空を見ていたのか……って違う。
桜田がお昼を食べるか食べないかなんて、そんなことはどうでもいい。
今大事なのはわざわざ私が誘っているということ。クラスメイトの目がある中で私の誘いを断るなんてことは絶対に許さない。
「そっか、だったらお昼休みの間は暇ってことでしょ? 来れるよね?」
「行けることは行けるが……」
なんだ、桜田は一体何を気にしているのだろうか。
「もしかして周りの目を気にしてる?」
「いや、そういうわけじゃないが……」
「だったら何でそんなに渋ってるの?」
我慢できずに直球で桜田に問うと、彼は何故か物悲しそうに答えた。
「だって有栖川の席からだと空が見づらいだろ」
いやそこまで空見てたいのかよ!
思わずそう突っ込んでしまいそうになるがギリギリのところで踏みとどまる。
いけない、いけない、例え桜田がどんなに予想外な返答をしてもこの私が声を荒げることがあってはならないのだ。
気を取り直して私は再度桜田に問いかける。
「なら中庭だったら来る? そこなら空見えるでしょ」
「分かった、行こう」
即答かい。どうやら本当に空を見れるかどうかが判断基準だったようだ。
それにしても桜田と接する度に私の中で彼に対する謎が深まっていくが大丈夫だろうか。もしかして接し方を間違えてたり……いや、私に限ってそんなことあるはずがない。
桜田との接し方に少しだけ不安を感じるも私はすぐにその不安を頭の中から追い出した。
◆ ◆ ◆
「今日から桜田も私達と一緒にお昼を食べることにしたんですか?」
合流してからというもの中庭に着くまでの間ずっとソワソワしていた楓がようやく発した言葉がこれだった。
まぁいきなり連れてきたので楓が疑問に思うのは当たり前だろう。
彼女の疑問に答えるため私は一先ず箸を止める。
「そうそう、桜田君がどうしても私達と一緒にお昼を食べたいって言うからね」
「いや、俺は無理やり連れてこられただけで別に……」
余計なことは言うなと睨みを利かせれば瞬間的に桜田は黙る。そんな彼の様子を見てどうやら勘違いしたらしい楓は途端に優しい表情で彼に声を掛けた。
「分かってます、それ以上は言わなくても結構ですよ。きっと素直になれないだけなんですよね。だからはい、初めてお昼を一緒した記念にこのタコさんウインナーをあげます」
「いや、だからその……うぐっ。美味しい」
「もう一つ食べますか?」
「いただこう」
まさか桜田がこうも簡単にタコさんウインナーに屈するとは思わなかったがこれはこれで面白い。
とここで楓は私の方にもタコさんウインナーを差し出してきた。
「有栖川さんもお一つどうですか?」
楓はもしかして私が桜田のようにタコさんウインナーごときに屈すると思ってやっているのだろうか。
だとしたらそれは甘すぎる考えだ。私はそんなに軽い女ではない。
「そうだね、楓がどうしてもって言うなら食べてあげなくもないけど」
そのため牽制の意味も込めてこの言葉を送ると楓はイタズラな笑みを浮かべてタコさんウインナーを掴んでいた箸を引っ込めた。
「分かりました、じゃあ上げません」
予想していなかった展開で咄嗟に私の口は心にも思っていないことを話し始める。
「別に食べないとは言ってないよ」
「つまりどういう意味ですか?」
この女、まさか私をからかっているのか。
そう思いながらも私の口はまるでタコさんウインナーを求めるかのように動き続ける。
「……食べたいかもってこと」
「もっとはっきり言ってくれないと聞こえないです」
「……食べたい」
「はい、良く言えました。偉いです」
楓の言葉と同時に差し出されるタコさんウインナー、私の目はその肉々しい物体に釘付けだった。
「では口を開けてください。あーんですよ」
楓はそれから私の口の中へとタコさんウインナーを放り込む。
こうも彼女の手のひらで踊らされるとは屈辱的なはずなのだが、どうしてか不思議と幸せな気分だった。
うん、やっぱり美味しい。
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