18.そうだ、カラオケに行こう

 土曜日の朝、私はいつもの休日と違って早起きしていた。

 起きてまず身支度を整えるため鏡の前に立つ。目の前の鏡には全体的におっとりとした印象だが顔の造形が整い過ぎていてどこか人間離れしている美少女の姿。

 しかし現在その美少女の顔はどこかやつれていた。


「うわ、目の下にクマあるし。やっぱり昨日のあれが原因だよね」


 原因、恐らくそれは昨日例の二人と夜遅くまで通話をしていたこと。

 寝たのは確か夜中の三時、そして今日起きたのは朝の六時、睡眠時間は実に三時間である。


 一体どうしてそんなことになってしまったのかは詳しく覚えていないが、確か昨日突然楓から明日遊びたいという連絡が来てそれから色々話しているうちに夜中になっていたみたいな感じだったと思う。


 流石に夜中まで話していただけあって遊びの内容はバッチリ決まったのだが、遊ぶにしては如何せん眠すぎる。それも遊ぶ内容が中々ハードなものだったりするので私の体力が持つか心配だった。


「どうして私はあんなことを……」


 思い出されるのは昨日の通話で私が発した『そんなに決まらないんだったら、もうカラオケでいいんじゃない?』という一言。今考えてみれば自分で自分の首を絞めている気がしなくもない。


「そうだ、私がこの調子だったらきっと他の二人も眠いはずだよね。いや、そうに違いない。もしそうだったら今日は中止にするしかないよね」


 睡眠不足のためかいつもより独り言が多いがこれは仕方ないこと、思考が働かなくて考えが口から駄々もれになってしまう。

 まだ間に合うかと本格的に今日遊ぶのを止めようかと思ったその時、まだ朝の九時にも関わらず部屋でインターホンの音が鳴り響いた。


 まさかと思いつつも玄関へと向かいドアの覗き穴から外の様子を窺う。

 するとそこには笑顔を浮かべた楓といつも通り無表情の桜田の姿が映っていた。楓は確か私の部屋の場所を知らないので恐らく桜田の案内でここに来たのだろう。

 眠いながらも一先ず最低限の朝の準備を終えていた私はそのまま玄関のドアを開ける。


「おはよう、二人とも少し早いんじゃない? 待ち合わせって確か十時だったよね?」


 私の気だるげな挨拶に楓はパッと表情を明るくすると、いきなり目の前まで迫ってくる。

 彼女もあまり寝ていないはずなのだがこの元気は一体どこから来るのだろう。


「それはそうですが、一度有栖川さんの住んでいるところも見ておきたいと思いまして。それと有栖川さんの私服姿をこのカメラに収めさせてください!」


 デジタルカメラを両手にしての楓の発言でふと彼女とまともに関わり始めるきっかけとなった日のことを思い出してしまう。確かあのときは盗撮されてたんだよね。


「撮るのは良いけど、家の中にカメラとか設置しないでよ?」


 軽く冗談のつもりで楓に笑いかけると彼女は途端にビクッと体を震わせた。嘘、まさかね……。


「ま、ま、まさかそんなつもりは全然なかったですよ! ええはい、私はこれっぽっちもそんなこと考えていません!」


 だが楓は明らかに焦っていて誰から見ても嘘を付いていると分かるほど目が泳いでいた。

 うん、そうか設置するつもりだったのね。

 しかしこうなると中々彼女を家には上げづらい。どうしたものかと考えていると暇そうに空を見上げる桜田の姿が視界に映った。

 そうだ、彼がいるじゃないか。咄嗟に私は手招きして彼を近くに呼ぶ。


「ねぇ桜田君、ちょっといいかな?」

「なんだ?」


 どうしたんだと不思議そうな表情を浮かべる桜田を『ちょっと耳を貸して』という言葉で少し屈ませる。


「お願いがあるんだけど私の部屋にいる間、楓が変な行動を始めないか監視しててくれない?」

「それは良いが、俺が有栖川の部屋に入っても良いのか?」

「良いも何も部屋に入らないと監視できないでしょ」

「そうか、有栖川が気にしないならいいが……」


 なんだ? 桜田は一体何を気にしているのだろうか。まぁいい、とにかくこれで楓対策はバッチリだろう。


「あのー、お二人で何をコソコソ話してるんですか? 私もまぜて下さい」

「ううん、何でもない。それで部屋の中を見るんでしょ? まだ待ち合わせまで時間あるしお茶でも飲んでいったら?」

「はっ! そうでした。では、お邪魔します」


 いつもよりやや高めのテンションで楓が私の部屋へと入ったのを確認した私はそれからいつまで経っても部屋に入ろうとしない桜田の方へと視線を向ける。


「ほら、桜田君も早く入って。今のうちに楓が変なことしたらどうするの?」

「ああ、すまん。今行く」


 これでようやく桜田も部屋に入ってくれたがなんだかさっきから彼の様子がおかしい。

 まぁ私のような完璧美少女の部屋に入るなんて滅多にないだろうからきっと緊張しているだけなのだろう。念のため彼にも釘を刺しておこう。


「ついでだから言っておくけど桜田君も変なこと考えないようにね」

「お、俺がそんなこと考えるはずないだろ!」


 お、動揺してる動揺してる。桜田はこれでも一応思春期男子。あんなことやそんなことの一つや二つ考えてしまうのは仕方ないことなのかもしれない。

 だが私はあえて言おう、このムッツリ野郎と。


「ごめんごめん。冗談だよ、ムッツリ田君」

「その呼び方が既に冗談ではないということを物語ってるんだが」

「そう? ムッツリ君の方が良かったかな? 確かにムッツリ田って少し語感悪いもんね」

「いや、そういう問題じゃない」


 桜田をイジることがこれほど楽しいとは。いつも彼にしてやられているせいか、とても気分が良い。

 眠気覚ましに丁度良いので、あと三十分はここで彼をイジり続けよう。

 そう思っていたのだが、私の野望はそんな決意をしてから三分も経たないうちに途絶えてしまった。


「あのー、お二人ともそこで何やってるんですか?」


 声がして振り向いた先には頭だけを出すようにしてこちらをこっそりと覗き込む楓の姿、彼女は恨めしそうに私と桜田を見ている。


「ごめんごめん、今行くところだったんだよ」

「嘘です、さっきから見てましたけど二人ともすごく楽しそうにしてました。私抜きで」


 明らかに拗ねている様子の彼女に掛ける言葉が見つからず桜田の方を見ると彼も気まずそうに頬を掻いていた。それと彼からはなんだか責められているような視線も感じる。

 これって全面的に私が悪い感じなのね。確かに調子に乗りすぎたかもと言ったらそうかもしれないが、元々は桜田が部屋に入るのを躊躇っていたことが原因なのだ。

 なんで私だけがとそう思いながらも私は楓の方へと向き直り、とある提案をした。


「そうだ、そういえば楓さっき私の写真を撮りたいとか言ってたよね。お詫びに楓が選んだ服で撮って良いよって言ったら……」

「分かりました、許します!」


 少し食いぎみで私の提案に乗ってくる楓はそれからすぐに私の目の前まで走り寄ってくる。


「ではこのメイド服を着て下さい」

「えーと、何で今そんな服持ってるわけ……」

「備えあれば憂いなしってことですよ!」


 うん、答えになってないね。でもまぁ一先ず楓の機嫌を直すにはこのメイド服を着るのが一番手っ取り早いのだろう。

 私はため息を吐きながらも渡された服に着替えるため脱衣所へと向かった。

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