16.結局は何も変わらない

 五月二十日 晴れ


 今日は色々あった。特に放課後、まさかあの二人が屋上での話を聞いていたなんて思いもしなかった。

 結局何とかなったので良かったが、彼らじゃなかったら一体どうなっていたことやら。

 もしかしたら今日は結構危ない状況だったのかもしれない。いや、まだ危ない状況は続いている。特に桜田、楓もある意味危険だが彼はもっと危険だ。彼らの考えていることが理解出来ない以上私が心から安心することは出来ない。

 だから今後は距離を取るのではなく、あえて積極的にかつ大胆に接してみても良いかもしれない。

 接しているうちにきっと彼らの考えていることも分かってくるようになるだろう。とにかく具体的なことは明日決めよう。

 それと分かりきったことだが今日も私は美少女だった。



◆ ◆ ◆



 とある日の朝、私が登校の待ち合わせのため自宅であるアパートの前で待っているといつもと同じ時間にあの男は現れた。


「おはよう、有栖川。待ったか?」

「おはよう、大体十分くらいかな」

「そうか、悪い」


 私が挨拶を返すと桜田は何故か嬉しそうな表情をして頬を掻く。

 何だコイツ、私を見ていきなり嬉しそうな顔をするなんてまるで美少女な私を前にした時の普通の男子みたいな反応である。総合すると気持ち悪い。


「何でそんなに嬉しそうなわけ?」

「いやなんて言うか、猫被るのをもう止めたのかと思ったらな。いつもならもっと遠回しに言ってくるだろ」


 もっと遠回し……もしかしてさっきの挨拶のことだろうか。

 まぁ確かに前回までは少し演じていた部分があるのかもしれない。それは楓がまだ私の素を知らなかったからというのもあるが、一番は私自身が彼らと一定の距離を取りたかったというのが大きい。

 だが色々二人にバレてしまった今となってはもう関係ないだろう。楓に私の素が知られてしまった以上彼らの前で演じる必要など微塵もないし、これからはあえて積極的に彼らと接するとも決めた。そう、決めたのだ。


「まぁもう桜田君達の前で演じる必要もないからね。でも別に猫を被らないってわけでもないから、そこのところはよろしく」

「俺は今一体どうしてよろしくされたんだ?」

「知らないよ」


 適当にノリで付け足した言葉を真に受けられても困る。本当、冗談とかノリとかそういうのが全く通じないから友達が出来ないのではないか。まぁ別に教えてやる義理もないので何も言わないが。


 そんな感じでしばらくどうでも良い会話で暇を潰していると新たな人物が私達の前に姿を現した。


「すみません、お待たせしました」


 話している私達に声をかけて来たのはいつも通り……?


「……楓だよね?」

「はい、私です」

「もしかして、いやもしかしなくても髪切った?」


 いつも通りと断言出来なかったのは彼女──楓が髪を切っていたため。以前まで肩くらいの長さで切り揃えられていた彼女の髪はショートボブへと変貌を遂げ、それに加えて眠たそうだった彼女の目はどういう原理かパッチリと大きくなっていた。もしかしたら元々しっかりと開けば大きい方だったのかもしれない。


「はい、思いきって切ってみたんですがどうですか?」

「うん、似合ってる。それに前より可愛くなったんじゃない?」


 といっても私ほどじゃないけど。


「本当ですか、有栖川さんにそう言ってもらえるなんて光栄です。……切って良かったです」


 若干遠慮気味に話す楓はそれから恥ずかしさからか下を向く。

 それにしても一体どうしてそんなにバッサリと切ったのだろうか。

 そんな疑問が私の頭の中に浮かんだところで、丁度桜田が私の疑問に対する答えを得られるような質問を楓に投げ掛けた。


「でも髪をどうして切ったんだ? 失恋でもしたのか?」


 桜田、最後の一言が余計だ。

 本当彼にはデリカシーのかけらもないが、楓はそんな彼の言葉を気にした様子も見せず頭を振る。


「いいえ、違います。これは弱いままの今の自分を変えようっていう私の決意です。まだ見た目だけで中身が付いていけてない感じはしますけど、でもこれから頑張ります」


 決意、恐らくそれはこの前の陰口の一件から来るものだろう。

 きっと彼女にとってあの一件はとても苦い経験だったに違いない。自分の弱さ、惨めさ、情けなさを十分に思い知ったはずだ。


 しかしだからといって彼女のように自分を変えようなんて考える人はそう多くない。

 大抵は思い知ってそこで終わり、行動を起こしたとしても悲劇のヒロインを演じるくらいが関の山だ。つまるところ自分を変えようとすることは誰にでも出来ることじゃないのだ。


 そう考えると、私以外には元々控えめな性格の彼女が自分を変えようと決心したことはそれだけでも十分に意味のある行為で、私が思うにその行為は彼女が変わり始めている証拠であるように思えた。

 まぁ今後どうなるのか分からないが、今に関してだけ言えば彼女は変わることが出来たというべきだろう。


「別にそんなことないんじゃない? 十分中身も付いていってると思うけど」

「どういう意味ですか?」

「だから今も結構変われてるよってこと、もちろん見た目はそうだけど、中身も変わり始めてるかなって。少なくとも私はそう思う」

「ああ、俺も同意見だ。和泉はもう変わってる」


 どうやら桜田も私と同じことを思っていたらしい。彼と同じ意見なのは少しだけ癪だが、私の都合で今の彼女の決意を無下にしたくはない。今回だけは多めに見てやろう。


「……お二人共ありがとうございます。おかげで少し自信が付きました」


 それから楓は大きく息を吸うと続けて宣言する。


「私決めました。これからはもう地味子とかチビッ子だなんて絶対に言わせません! そんな人にきっとなってみせます! だからそのためにこれからもご指導宜しくお願いします!」


 そして最後の最後に楓は私に向かって頭を下げる。

 あの一件でてっきり師弟関係なるものは無くなったものだとばかり思っていたが……。


「あ、まだそれ続いてたのね……」


 どうやらそういうことらしい。

 何か関係が変わったようで実は何も変わっていないというこの現実にどうしてこうなったと頭が痛くなる。


 しかしこの現実を招いたのは元を辿ると私なのだ。

 これも運命、そう思うことにして私は楓が差し出してきた手を握った。

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