14.私の憂さ晴らし②
昇降口で桜田と別れた私は珍しく人を待っていた。
場所は学校の屋上、別に誰かに告白しようとかそういうわけではない。
これは簡単に言えば憂さ晴らし、そこに愛情や友情とかいう少年漫画みたいなものは一切ない。
「……遅い」
それにしても一体いつまで私を待たせる気なのだろうか。予定の時間は既に過ぎているが、一向に相手が来る気配はない。
しばらく不満を漏らしながら下校する生徒達の姿を見下ろしていると、突然ガチャりと音を鳴らして屋上の扉が開いた。遅刻すること三十分、ようやく目的の人物がやって来たらしい。
「あのー話って何? 私達この後用事があるんだけど」
「そう、だから出来れば早めに終わらせて欲しいんだよね」
私が扉の方へと体を向けるとそこには遅れてきたにもかかわらず呑気にそんなことを口にするクラスメイトの
「ごめんね、急に呼び出したりして」
「まぁ別に良いよ。有栖川さんだし」
「そう? 良かった。じゃあ早速本題に入りたいんだけど良いかな?」
「なるべく手短にね」
二人を代表して滝川が言葉を返す。それを確認した私は本題に入るため、まず咳払いをして喉の調子を整えた。
「それじゃあ、お望み通り手短に言うけどこの前のお昼休みに話してたこと。あれ撤回してくれないかな?」
「この前のお昼?」
流石は加害者、自分に関係ないことだと忘れるのが早いらしい。
しかし忘れられたままでは私の憂さ晴らしも果たせないので二人が思い出せるようヒントを与える。
「そう、この前のお昼のことだよ。覚えてないかな? 楓のことについて色々言ってたでしょ?」
私が口にした『楓』という言葉でピンと来たのか。二人は何か納得したように声を出すと、それから事前に打ち合わせでもしていたのかと思うほど息ピッタリに小さく笑い始めた。
「まさか有栖川さん、こんなことのためにわざわざ私達を呼び出したの?」
「そうだよ」
私が頷くと二人は驚きの表情を顔に浮かべる。
「うっそ、信じられない」
「うん、私も普通に有栖川さんはチビッ子のことただの取り巻きくらいにしか思ってないと思ってた」
「だよね、でもそれだけ都合がいい奴とかなんじゃない? 一年の時も自分から率先して放課後の掃除とか代わってくれたじゃん」
「いや、それはあんたが押し付けただけでしょ」
「そうだっけ?」
私そっちのけで会話を始めた二人はとても歪んだ笑みを浮かべていて、それを目の前で見せられているというのはかなりの苦痛だった。
それでも表向きは何でもないように繕っていると、ようやく私がじっと見ていることに気づいたのか滝川は思い出したように問いかけてきた。
「それで何だっけ? その時に言ったことを撤回すれば良いの?」
「そうだね」
「だったら撤回するよ。はい撤回、これで良い?」
ふざけているのか、それともただ真剣ではないだけなのか終始笑みを絶やさない二人、精神誠意謝るのなら土下座くらいで許したものを彼女らはそれ以上のことをお望みのようだ。とはいってもとりあえず土下座はさせるのだけど。
「うーんどうかな? きっと楓はそれだけじゃ撤回したって思わないんじゃないかな?」
「じゃあどうすれば良いのよ」
「例えばだけど……土下座をするとかどうかな?」
「土下座?」
「そう、土下座」
私の方も二人に負けじと笑顔で答えると、対する二人の顔からは笑顔が段々と消えていく。私の口から土下座という言葉が出たのがそれほど意外だったのか二人は続けて目を丸くしていた。
「それ本気で言ってるの?」
しばらくしてようやく私の言葉を受け止めたらしい滝川がやや真剣な表情で私を睨み付ける。
「本気だよ」
対して私は尚も笑顔を絶やさずに二人の顔をそれぞれ一回ずつ見る。
まぁ土下座をしろと言えばこんな反応が返ってくることは大体予想できた。そもそも土下座をしろと言われて素直にする人間が他人の陰口を叩くはずがないのだ。
私の返答に対して滝川は一瞬だけ笑みを浮かべると、突然とある提案をしてきた。
「じゃあこうしようよ。有栖川さんが先に土下座をしてくれたら私達もチビッ子に対してここで土下座するよ。それでどう?」
いきなり何を言い出すのかと思えばそんなことか。
中々に面白い発想だが、私が人に土下座をするなんてみっともないことするわけがない。
一先ずこんな状況になったとき用に準備しておいたとっておきのネタを披露するべく普段日記帳として愛用しているお気に入りの手帳を取り出す。それから私は該当のページを開き、一つ咳払いしてからそのページに書かれていること読み上げた。
「えー、じゃあ読み上げます。滝川美月さん、あなたは中学生の時から片思いしている男子がいますね?」
「何でそれを知ってるの?」
それは普通に完璧美少女である私の人脈の力なのだが、説明するのも面倒なのでとりあえず滝川の問いかけはスルーする。
「その男子ですが実は彼も滝川さん、あなたのことが好きです」
私の言葉に初めはポカンとした表情を浮かべる滝川だったが、次第に彼女の表情は明るくなっていく。しかし喜ぶのはまだ早い。
「でも残念ながら私も彼のことが好きになってしまいました。どうやら私達、恋のライバルになっちゃったみたいだね」
ここまで言えば流石に理解出来るのか、滝川の表情はつい先程と打って変わって固く、青ざめていく。
「まさか彼に告白するつもりなの?」
「それは二人の行動次第かな。でも二人は両思いだよ? 私の告白なんかじゃ振り向かないんじゃないかな」
「それは……」
「そうとも言い切れない?」
私が笑顔で滝川の言葉の先を口にすると彼女の表情からは本格的に生気が無くなっていく。
まぁ私の告白を断れる男子など存在しないので彼女が危機感を覚えるのも当然なのだが。
「何が目的なの?」
「だからさっきから言ってるよね。私はただ二人に土下座して欲しいだけだよ? そうしたら私、彼のこと諦められるかもしれないな」
さて、これでも駄目だったらどうしようか。そうなったら次は染谷の方のネタでも披露しよう。そう思っていたのだが私が染谷のネタを披露することは出来なかった。
というのも二人が地面に膝をつけ始めたのだ。
何故かまだネタを披露していない染谷まで膝を着いているが戦意を失ったと捉えれば納得できる。
「そっか、賢い判断だね」
私の一言に二人は何か言いたげであったが、私が見ているせいか口を開くことはない。
それから二人は嫌々ながらも土下座の体勢を作ると黙って地面に頭を擦り付けた。
「はい、良く出来ました」
観察するついでに土下座する二人を携帯のカメラに収める。もう時間も時間なのでこれ以上何かすることは出来ないが、とりあえず二人に土下座をさせられたので良しとしよう。少しではあるが私の気分も晴れた気がする。
それにしても案外すんなりと土下座をしてくれた。もう少し時間が掛かると思っていたが彼女らにはあまりプライドがないらしい。
「私の話はこれで終わりだよ。今回ので懲りたら今後はもう楓にちょっかい出さないでね。じゃないと私もうっかりってことがあるかもしれないから。じゃあね、二人とも」
私は土下座する二人を屋上に残して一人校内へと向かう。
「……この悪魔め」
私が校内に入る直前、どこからかそんな言葉が聞こえた気がしたが気にせず歩を進めた。
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