13.私の憂さ晴らし①

 とある日の昼休み、場所はいつもの教室ではなく学校の中庭。そこにいる他の生徒達からの注目の視線を浴びながら、それでも視線に気づかない振りをして、そして時折お弁当に箸を伸ばしながら私は楓との会話をこなしていた。

 本当だったらこの場所は人が多いためあまり来たくはないが、この前のこともあるので仕方ない。


「教室と違ってここはお日様が出てて気持ちいいですね、有栖川さん」

「そうだね、これでもう少し人が少なかったら最高だったよ」

「ですね、確かにここは人が多いですし。有栖川さんは目立ちますもんね」

「そう?」

「そうです。ほら、みんな有栖川さんを見てます」


 知っている、さっきから複数の男子グループが私を見てヒソヒソと何かを話しているのだ。これだけ私に視線が集まって普通に気付かないわけがない。


「うーんそうかな。私は楓が可愛いから見られてると思うけど」

「わ、私ですか!? そ、そんなことあり得ません……。だって私は地味ですから」


 楓は咄嗟に否定するとそれから顔を俯ける。この様子だとまだこの前のことを気にしているのだろう。


「そんなことないから、ほら顔を上げて」


 こういうときは強引にでも気持ちを切り替えさせるに限る。

 そういうわけで一先ず私は下を向く楓の頬を両手で挟み込んで無理やり顔を上げさせた。まるでタコのような顔だが辛気臭い顔よりもまだこちらの方がマシである。


「ふぁりすがふぁさん?」

「そんな悲しそうな顔してたら本当に地味になっちゃうよ。分かったらその顔止める。それと私の名字はふぁりすがふぁ、じゃなくて有栖川ね」

「ふぁりすがふぁさん、いふぁいふぇす……」


 楓が何を言ってるのか分からず、とりあえず彼女の頬を挟んでいた両手を退けると彼女は自分の頬を擦りながら不満げに口を尖らせた。


「酷いです、有栖川さん。有栖川さんがそんなことをする人だとは思いませんでした」

「そうかな? もしかして失望した?」


 少しやり過ぎたかもしれないと若干の不安を抱えたまま楓に聞くと彼女は勢い良く首を横に振る。


「いいえ、違います。寧ろ安心しました。有栖川さんでもこんなことするんだって。有栖川さんはちゃんと人間だったんですね」

「今まで私を何だと思ってたの……」

「神の遣いか何かだと」

「流石に神の遣いはないよ」


 女神様くらいならあり得るかもしれないと心の中で咄嗟に思うもすぐにその考えを外に追い出す。我ながらかなり恥ずかしいことを考えてしまった。


「とにかくもう私の前であんな顔しないこと、私との約束だよ」

「はい、分かりました」

「分かったならよろしい。それと私が励ましたあげたからにはそれ相応の対価が必要だよね」

「お、お金ですか?」

「どうしてそうなるの。えーと、この前のタコさんウインナーはある?」

「は、はいそれならここに……」


 楓は恐る恐るといった感じで自分のお弁当箱を差し出してくる。見るとそのお弁当箱の中にはまだ三匹のタコさんウインナーが生息していた。


「じゃあ、そのタコさん達を対価として差し出しなさい」

「は、はい喜んで!」


 なんだか楓の受け答えがパシりのようで外聞が悪いので、あくまでも表情は優しく、笑顔を心掛ける。

 そうして口を開けて待つこと数秒、私の口に一つの肉々しい物体が入れられた。噛む度口の中に広がるこの庶民感溢れるフレーバーは何度食べても堪らない。

 口の中が空っぽになったのと同時に視線で次を促して連続で三つ食べ終えた私はその後自前のハンカチで口元を拭い、最後に満足のため息を吐いた。


「うん、やっぱり楓のタコさんウインナーは美味しいね」

「本当ですか! 喜んでもらえたようで良かったです」


 分かりやすく表情を明るくさせる楓、どうやら例の一件を忘れさせることには成功したようだ。全く手の掛かる子だ。


「じゃあ残り食べ終わったら戻ろうか」

「はい分かりました。あっ、それと今日の帰りのことなんですけど……」

「えーと、ごめん。今日はちょっと用事があるんだよね。また今度で良いかな?」

「用事ですか? 時間がかからないなら待ってますよ」

「いや、結構時間かかりそうだから先に帰っててもらえる?」

「そうですか、有栖川さんがそこまで言うなら……」


 楓は明るい表情から一転、少し寂しそうな表情を浮かべる。まるで捨てられた子犬のような表情に少しだけ悪いことをしたような気持ちになるも、だからといってこの用事に彼女を同伴させることは出来ない。


「そういえば今度の体育の授業は楓のクラスと合同だったよね」


 このままだとなんとなく楓に用事の詳細を聞かれそうな気がして、私は早々に話題を切り替えた。



◆ ◆ ◆



 放課後、昇降口を通りかかった際、ふいに誰かから声を掛けられた。


「ちょっといいか? 有栖川」


 他の生徒達がほとんど帰って周りに誰もいないこの空間で男子、それも私を呼び捨てするのは当然あの男しかいない。


「何か用事かな? 桜田君」

「いや、特に用事という用事は無いんだが」

「だったら私はもう行くけど」


 一体何故声を掛けてきたのかは分からないが用事が無いというのなら彼に付き合う必要はない。

 話はもう終わったと桜田から視線を外して歩きだそうとすると、突然背後から肩を掴まれた。


「さっきから何? 言いたいことがあるならはっきり言って! ……くれないかな?」


 振り向き様に思わず大声で捲し立ててしまったが途中で慌てて軌道修正をする。ついつい素が出てしまったが彼なら別に問題はないだろう。


「すまん、俺はただ有栖川が心配で」

「心配?」


 心配とは一体どういうことだろうか。別に私は桜田に心配されるようなことをした覚えはない。

 今の発言の説明を求めるように彼の目をじっと見ていると、しばらくして彼も私の目を見て話し始めた。


「その、これは俺の勝手な勘違いかもしれないんだが、有栖川がこの前の昼休みのことをどうにかしようとしてるんじゃないかって思ってな」

「お昼休みのことって?」

「ほら、クラスの雰囲気ちょっと悪くなっただろ」


 恐らく楓に対する陰口のことだろう。確かにあの陰口はあの時クラスにいる人だったら全員が聞こえてもおかしくはない程の声の大きさだった。

 もはや陰口かどうか分からないがそれほどの声だったら彼が聞いていたとしても何らおかしいことはない。


「ああ、その事なら大丈夫だから安心して。私が楓のために何かするってことはないよ。それに今度から教室でお昼をしないことにしたから」

「そうか、つまり何もしないってことでいいんだな」

「まぁちょっと人聞き悪いかもだけどそういうことだよ。だから桜田君が私を心配する必要はないってこと。それより楓の心配してあげなよ」

「確かにそうだな」


 私の返答を聞いた桜田はどこかホッとした表情を浮かべていた。

 どうして私がそんなことをすると考えたのかよく分からないが桜田は私を少し買いかぶり過ぎである。

 私は人のため何かをすることはないし、するつもりもない。私が何かをするとしたら、それは私自身のためでしかないのだ。

 だから今回のも全て私の自己満足のためにやることだ。


 桜田が帰っていくのを見届けた私はそれから彼とは別の方向に歩を進めた。

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