12.三人での登校と不穏な空気
週が開けた月曜日の朝、家を出てすぐのところで私は時間を潰していた。といっても特にやることはなく朝特有の澄んだ空気を鼻と口で感じながらなんとなくで空を見上げていると私が出てきたアパートの方から一人の男が現れる。
「すまん、待たせた」
「ううん、少ししか待ってないから大丈夫」
会って早々に謝罪してきた男に対して笑顔でそれでも少しは待っていたことをアピールすると男──桜田は無表情ながらも若干ピクリと頬を動かした。
「なんか最近俺に対して当たりが強くないか?」
「そうかな? 私はそんなつもり全然ないけど」
「そうか」
「そうだよ」
これ以上私と会話をしても埒が明かないことを悟ったのか桜田は諦めたようにため息を吐く。
それから気分転換を図るためか突然話を変えた。
「そういえばあの人は誰なんだ?」
「あの人?」
あの人とはどの人なのか?
最近の記憶を探っていると桜田が補足説明を付け加える。
「ほら、この前有栖川と一緒にいた女子。あれは一年生か?」
「もしかして楓のこと?」
「多分そうだと思う」
そうか、さっきから桜田が言っていたのは楓のことだったか。確かに彼には事情とか何も説明していないので知らないのも無理はない。
「楓は同級生だよ。違うクラスだけどね」
「友達なのか?」
友達かと問われても正直なんとも言えない。
彼女が一方的に私を師として慕ってくるだけで特に友達とかそういう関係ではないのだ。だがそれでも最近一緒にはいる。
「どちらかと言われれば違うかも」
だからあえて表現するなら違うということになるが実際は曖昧であるというのが真実だ。
そんな私の返事に何を思ったのかいつも無表情な桜田が珍しく残念そうな表情を浮かべた。
「そうか、違うのか」
何故桜田がそんな残念そうな表情を浮かべるのか。本人に聞こうとしたところで遠くの方から騒がしい声が聞こえてくる。
「すみませーん!」
騒がしい声は時間が経つ毎に更に騒がしく、やかましくなっていく。
そうしてすぐ近くまで走ってやって来た楓はぜぇぜぇと息を切らしながら私を見るとニッコリ笑みを浮かべた。
「良かったです。まだ待っててくれました」
だが楓が笑顔だったのも少しの間だけ、彼女の顔は次第に申し訳なさそうな表情へと切り替わる。
「すみません。まさか有栖川さんを待たせてしまうなんて……」
「全然そんなことないよ。私達も今家を出たところだから」
そうだよねと隣にいる桜田にも同意を求める。
そのとき彼からはさっきと言ってることが違うという非難の視線を向けられるが、得意の笑顔で向けられた視線を打ち消す。
彼ならまだしも楓にはまだ素の私はバレていないのだ。これ以上私の素を知る人を増やしたくはない。
そんな思いが桜田にも届いたのか、彼は再びため息を吐くと首を縦に振った。
「そうだ、あまり気にすることじゃない」
「あ、桜田もいたんですね。おはようございます」
楓が元気良く挨拶する一方で桜田は一人難しい表情を浮かべる。
「今まで気づいてなかったのか……」
まるで悲しさと寂しさが合わさったような表情の桜田が呟いたその一言でお腹の底から一気に笑いが込み上げてくる。しかしここで笑うわけにはいかない。いくら彼が不憫すぎるからといって完璧美少女である私が人前で笑うなどあってはならないのだ。
だが、そう頭では分かっていても内から込み上げてくる笑いを完全に制圧することは出来なかった。
「……ドンマイだよ、桜田君」
笑いを抑えようと励ましの言葉を送るも、そこに笑いが混ざってしまう。駄目だ、面白い。
「有栖川、流石にそれは傷つく」
「大丈夫、大丈夫、私笑ってないから」
既に吹き出す一歩手前だが必死に否定する。きっと認めたら本格的に笑いを抑えられなくなる。
私が笑いと平常心の狭間で必死に戦っていると私の隣にいた楓から心配そうな表情を向けられた。
「有栖川さん、どうしたんですか? もしかして体調でも悪いんじゃ……」
「え? いやそうじゃないよ。気にしないで」
「そうですか……分かりました。でも無理はしないで下さいね」
「うん、ありがとう」
とにかく今は気持ちの切り替えをしなければ。このままでは楓を前にしてボロが出てしまうかもしれない。
「有栖川、カバンで遮ってまでしてどうしてそんなに俺から視線を逸らそうとするんだ」
「これもあれだよ、一種のコミュニケーションだよ」
「そうか……」
だからしばらく桜田の顔を見ることは出来ない。
そう、これはきっと私に対する神からの試練なのだろう。
「二人とも、そろそろ学校に行こう?」
「そうですね。あ、今日のお昼も有栖川さんのクラスに行きますね」
「うん、了解」
返事をした私はそれから桜田の顔を見ないよう細心の注意を払いながら学校へと向かった。
登校中、桜田が少し寂しそうであったが、まじまじ見ると笑いそうになるのでとりあえず放置しておいた。
◆ ◆ ◆
それから時間が過ぎてあっという間にお昼休み、目の前には私が持ってきた弁当箱、そしてその向かい側では自分のお弁当へと箸を伸ばす楓の姿があった。
「ほら、有栖川さん見てください! このタコさんウィンナーは私が作ったんです!」
バシッという効果音が付きそうなほどの勢いで目の前に突き付けられたのは紛うことなきタコさんウインナー。可愛くカットされた見た目とタコさんウインナーらしい若干焦げ目が付いた真っ赤な色、食欲をそそる香ばしい匂いも相まって私のお腹が悲鳴を上げそうになる。
「せっかくなのでこのタコさんウインナーは有栖川さんに贈呈します、どうぞ」
「え、でも楓が食べるために作ったんでしょ? それを私が貰っちゃうのは悪いよ」
「いえ、このタコさんウインナーは有栖川さんのために作ったので大丈夫です」
もしかして私はそんな物欲しそうな目でタコさんウインナーを見ていたのかと少しだけ恥ずかしくなるが、楓はそんな私の心情など知る由もなく更にグッとウインナーを突き出してくる。
これはきっと私が食べなければいつまで経っても終わらないのだろう。
「じゃあ一つだけ頂こうかな」
色々察した私は差し出されたタコさんウインナーを前にして口を開く。そうすると楓がウインナーを持った箸を私の口の中へと押し込んだ。
噛むと口の中に広がるTHE・ウインナー。スーパーでお馴染みな納得の味だった。
「うん、美味しい」
「本当ですか? もっと食べます?」
「いや、流石に遠慮するよ。これ以上食べたら楓の食べる分が無くなるでしょ?」
「そうですか、別に私は無くなっても気にしないですが」
「私が気にするんだよ。ほら、早く食べないとお昼休み終わっちゃうよ」
「有栖川さんがそこまで言うなら……」
私の言葉に渋々引き下がった楓はそれから黙々と広げたお弁当に箸を付ける。
そんな光景を自分もお弁当に箸を付けながら眺めていると、どこからか耳障りな会話が聞こえてきた。
「そういえば最近あのチビッ子よくこっちに来るよね」
「あー有栖川さんと絡んでるあの子のこと? そういえば一年生の時は同じクラスだったよね」
「そうそう、もしかして有栖川さんに取り入ろうとしてるのかな? 内気な自分を変えたいみたいな?」
「かもね、一年生の時に散々地味子晒してきたのに今になってイメージを変えようとか無理でしょ」
「そうだよね、でも有栖川さんもよく付き合ってるよ。私には無理だわ、あんな地味な奴の相手」
「私も無理だよ。というかあれじゃない? 都合の良いパシりみたいな」
「そうか、それなら納得かも」
「だよね」
聞こえてきたのはどれも楓に対する陰口のようなもの。この距離だときっと楓本人にも聞こえているだろう。
何故わざわざ私達がいるところで言うのか。本当に気分が悪い……。
「ねぇ、楓」
「はい、何ですか?」
「次からは別の場所でお昼食べよっか」
「そうですね。分かりました、有栖川さん……」
体を震わせ、どこかぎこちない楓の表情を封じ込めるように私は笑顔を浮かべてから彼女の頭を優しく撫でた。
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