第2話 爆心地

 破片が撒き散らされて周辺は無残に砕け、残りかすのような街が残っただけで立っている人間はいなくなった。

 日常は消え去った。この塔と共に幸せとされる者達が崩れ去る。

 埃っぽい空気を爆風で散らし天から落ちてきた新鮮な空気を吸い込んだ。

 使える能力に満足して破壊された街の破壊された古い喫茶店の椅子に腰掛けた。カウンターと数席だけ残り野天となってしまった喫茶店は砂埃で覆われ何年も放置された遺跡の様に見えた。

 カウンターの砂埃を右手で払うと磨かれた天板が顔を覗かせて日常が失われたのだと認識した。

 晴れ晴れとした気分になる。

 なのに曇り空なことが嫌で左手を開いたまま天にかざした。

 雲の中心にある原子核に命令を出すと核分裂を起して雲を吹き飛ばした。極小にコントロールされた核爆発は世界中で観測されたはずだ。

 塔の破壊と核爆発は印象深く世界に報道され環境活動家の少年も目にするだろうかなどと思ううちに、寒空が一転していく。

 沈み込んでいた風景は太陽光にさらされると一変してコントラストの強い残骸が浮かび上がる。

 日差しが戻った店の前には塔を形成していただろう巨大なパイプが突き刺さってそこからうめき声が聞こえてきた。

 せっかくの気分に全く同調しないBGMにウンザリして覗いてみると人が挟まって苦しそうに唸っているだけだ。

 耳障りなのでそいつの頭を爆破した。

 スイカが破裂したみたいに簡単に血液の染みが塔の残骸にこびりついた。

 張り付いた肉片を残して血液が重力にとらわれ血溜まりを作った。

 (爆)の余韻を邪魔した事による罪ではあるが結果的に苦しむ人間を救ったのだと思い充実した気分になった。

 静かになった町の壊れた自動販売機から原型をとどめた缶コーヒーを掴んで席に戻る。

 甘いコーヒーがノドを抜ける頃、なぜ塔を爆破したのか考えた。

 塔を爆破するのは何故なのか?試すという必要性があったからだ。

 600mの塔を破壊する事は爆風と残骸で周辺が被害を受けるなど考えていなかった。

 しかも耳障りな人を直接殺したのはなぜか。

 迷惑だからだ。

 人に迷惑をかけると殺されるのはシンプルな対応で気に入ったが、同時に苦痛を取り除く救済でもある事に気がついた。

 大方満足できる結果だが、さっきからむずむずするのは気に入っていない事があるからで、それについてはまだ語ることが出来ないでいる。それには教科書と呼べるものがなかったし、教えてくれる人も見つかりそうも無いから……焦りはしないが待ちくたびれるのも耐えられそうに無い。

 

 喫茶店を後にして破壊された街を散歩した。

 やはりあちこちで助けを求める人々がいてそのたびに頭を吹き飛ばした。

 みな最初に救われたようにこちらを見るが、爆発のための圧縮をかけると驚いて目を見開く、救われた顔じゃない、失望と恐怖で困惑している。

 理解できない。

 苦痛を無くす最善は意識の乖離しかないはずだ。

 ある親子がいた。

 母親は両足を吹き飛ばされ、幼い娘は顔半分の皮がめくれ眼球が飛び出している。生きてはいるが痙攣している。

 母親は自らの苦痛は忘れたように懇願してきた。子供を助けて欲しいと泣きながら縋り付こうと手を伸ばしこちらを見た。

 了解してすぐに子供の頭を爆破した。

 爆破の瞬間子供と母親の、ギャ!と言う声が重なった。

 母親は目を向いて泣き叫び這うようにこちらに向かってきた。

 子供の苦痛を取り除いた事が気に入らないらしい。おかしな行動は続く、母親は悪魔と言いながら足を掴むと理由を言わずに膝を殴ってきた。

 悪魔と言う表現の意味がわからない、子供は救われた事実を正確に理解していないのかもしれないと思いすがりつく母親を蹴り飛ばし殴った両腕を吹き飛ばした。

 四肢が無くなりもがきながら暴れる虫のようになった母親の顔半分を表面だけ爆破して子供と同じ状態にすると痙攣して今度は殺してくれと懇願してきた。

 もう訳がわからない、すでに言葉は通じないのだと判断してこの母親は放置する事にした。

 救いを与える価値が無いと判断したからだ。

 その後も何人かの平和な日常から転落したモノたちの様子を観察したが反応はほぼ変わらずにつまらないものだった。

 散歩も飽きてきたので爆心地から離れると、街並みは平穏に変化した。

 規制線が張られてそこを過ぎると笑い出したくなる。

 普通が現れたからだ。

 数時間前まで普通だったものが爆破と言う行為で一瞬にして普通を失った。

 脆すぎる薄氷の普通、人は異常を見物しようと普通の境目である規制線から無くなった塔を眺め関心を寄せる。何度も軍の車両が通過して規制線を越えるたびに歓声が上がる。

 隊員はヒーローのようなつもりなのか強い使命感を帯びた顔をしているので一人の頭を爆破すると彼らの表情は一変した。

 車両は停車して混乱の中無線で指示を仰ぐ兵士と頭の無くなった兵士をどうにかしようと焦る救護班が入り乱れてつまらないコントみたいになっている。

 頭のなくなった兵士に呼びかける救護員は目が泳いで逃げ出すタイミングを探しているので自分の滑稽さに気づいていない、頭のない肉片を人形に見立てて訓練している様は観衆をしらけさせた。

 片付けられた肉片が無くなると次々に引き返す車両からは蒼白な顔をした隊員がひと目を避けるように俯いていてそれを群集が冷めた感じに眺めて盛況なイベントは終了した。

 規制線が一キロ広がって立ち入り禁止区域が増えてだけだ。

 完全に捨てられた街には、まともを装う人間は近づくことは無くなった。

 巨大都市の真ん中に爆心地と言う空洞が出現して人々は悪魔の存在を噂するようになった。

 あの母親と同じだ。頭の中で漂っていたものが少し固形物を作り出している事に気がついたのは母親を放置した時からだ。

 あの行為は何だろう。

 ただ殺すだけのことをせずに放置して何を気づかせたいと思ったか、気づかせる行為そのものが何かの意味を持つことなのか?問いかけても膜の厚みが増すだけでたどり着く気がしなかった。

 つまり無駄な思考の繰り返しでしかない。

 

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