壊れた塔を見ていた
ハミヤ
第1話 誘発
虐げられている訳ではないし社会的には普通のカテゴリーに入る生活水準だ。
困っていることは無いのかと問われれば朝の通勤ラッシュはうんざりしているしリーダーシップのかけらも無い上司には死んでほしいと常に思っている。
なのに朝のニュースで環境活動家の15歳の少年が地球環境サミットで怒りの演説をしているのを見たときどうしようもなく疑問がわいてきた。
タイトルも答えも無い疑問だ。
ただ疑問があると理解していて、疑問そのものも不明だし、そのものが何なのかが答えではないはずで、そこにたどり着けるのかすら疑問だ。
その日は会社を無断欠勤した。
何気なく生きて普通に行動していたことで無断欠勤などと言う思考は存在しないことになっていたのに疑問があることに気が付くと社会性などと言う概念は異次元のものに変わった。
一週間ほど図書館へ通った。この都市で一番大きい図書館で蔵書数もこの国でも上位に入るらしいので疑問が見つかるかも知れない。
朝から晩まで本を読んだ。3日も通うと司書ともなじみになった。
ジャンルは哲学から人類の歴史、生物や物理はよく分からないが読んだ。最後は小説まで読んだ。
疑問は見つからないが精神領域は有害物質に汚染されて何かが大きくなった。
つまらない、こんなモノはどうでもいい。ほんの一端をたどり人類の輪郭を見たのに意味はない。
言葉が見つからずに本を閉じた。
机には積みあがった書籍があるだけでなんの役にも立たなかった。膨れ上がった疑問は人間の限界を超えているからか、もしくは人間がそこまで到達していないかの2択。
本での限界を知りこの国で一番大きな都市を歩き回った。
繁華街をうろつき、住宅街では不審者扱いされてた。人の家をじっくり覗いていたからだろうと理解はするがそれが悪いとは思わなかった。
奇妙なことにのぞいている間家の住人は隠れて姿を見せなかった。
悪い事をしているわけでもないのに何故だろう?
パトカーが来たので立ち去ったが不可解な体験だと思った。
途中ネットカフェで休み、ネットで世界を見ていたような気がする。
文字情報はくだらない思考が蔓延しているので引っかかる言葉で検索して画像を見ていた。情報を画像だけに絞ると見える物が単純化して広大な情報量のある写真が悲惨とか楽しそうとか苦しい、悲しい、殺したい、セックス、死体、戦争、愚か者、幸せそうな、暇、汚れ、食事、静か……など簡潔なモノとして脳に焼き付いた。もちろん客観的に見ているが絵だけのモノなもなので本質はわからないがどうでもいい。
3週間ぶりに出社した。
そこにはすでに居場所はなく当然のようにクビを告げられた。
わずかにの残っている社会性がクビを受け入れるが特に何も感じないのは疑問が支配していたからだ。
怒りに満ちている風な上司のことなどどうでもいいが質問をぶつけてみた。
環境活動家の少年の演説について聞くとお前よりはすばらしい人間だとおかしな答えが返ってきたので思い切り笑った。
人生でこれほど笑えたことは無い。
上司は怒鳴り続けたあ挙句咳き込んで過呼吸になった。
笑いがとまらずに会社を出ると道行人に同じ質問をした。
嫌悪の表情で誰も答えようとせずに無言で去っていく。誰も疑問が何なのか知りはしない。警官が来て職質されたが無視して同じ質問をした。
驚くほど完結に警官は答えた。
そんな事はこの国の治安には関係なく風紀を乱す行動こそが悪であり、今のお前が悪なのだと言い放った。
悪?質問すること、疑問に思うことが悪?
何が悪なのか質問した。
警官は煩わしそうに無線を使い応援を呼んだ。何が悪なのか答えないで悪とみなして行動していることに少し疑問の端が見えたように感じるが明確なものは何も見えない、悪人は排除しなければいけないのではと言い警官に詰め寄って拳銃に手を掛ける。吐き出して唾気が警官の顔を濡らして怒りの表情が浮かぶのを見て悪人はこれで撃ち殺せばいいのではないかと言い、もみ合いになるとパトカーが到着して取り押さえられた。4人の警官にねじ伏せられ苦しいが何が悪なのか質問は止めなかった。
元勤め先のあるビルから元同僚が出てきてクビになっておかしくなったのだと警官に事情を説明している。おかしくなどなっていない、社会性から自由になっただけで、ただ質問していただけだ。
答えない自由は与えていたので迷惑はかけていない。
(異質)というワードが人間的脳細胞に刻まれていることに気がついた。
次第に野次馬が集まりスマホで撮影している人間を排除しようとさらに警官が増えるとこの場所はカオス状態と化した。
手錠をされるとそのままパトカーに押し込まれ連行された。
警察の世話になるのは初めての体験で、普通に属する人間ならショックを受けるのだろうとかと考えるがさっぱりショックじゃない、疑問を探し始めてからすでに普通が麻痺して悪人になったのだろうか?
環境活動家の少年はすばらしい正義を振りかざしているように普通の人間には見えるのだろうか?ネットで調べていたとき目立つ人間に対する嫉妬に似た批判が見られたし、経済と言う正義をかざしているものまでいた。疑問などは見つからないがすべてが正義を振りかざして何かを矯正しようと奔走しているとしか見えなかった。
人類は極めて個人的な思いで造られた正しさの中で、悪と思われる事象を遠ざけて生きることに満足しているのだろうか。
いつからそれが正義で悪なのかわからないままだ。
酔っ払いと同じ扱いで保護されたまま眠ることもなく狭い保護房の中を歩き回るとフローリングのため足音がうるさいと怒鳴られたが無視して歩いた。
数えていたわけではないが450回転したところだ。なぜ450回転かと分かるのか、それは奴が言ったからだ。何回転か分からないときから並走して隣を歩いていたが気にはしていなかった。
立ち止まり奴を見た。
さっきまで気配で認識していたモノが視覚を通すことで実体化した。
奴は言った。お前に任せると、そいつは認識することで唐突に現れて俺に力をくれるといって条件を出した。
そんな事象に驚きもしないで心を解放した。
力と言うのは(爆)と言う能力だ。(爆)とはその字の通り爆発を誘発制御する力でそれは使い方云々で人助けが出来るとかそんな代物じゃない。
破壊のための爆発を司る力。
条件を出したモノは(愚)と名乗った。おろかと書いてグと読む、男は通り過ぎるように現れ一方的に話し消えていった。消えると言うよりいなかったと思えるほど自然に空間が残された。
任せられて断る選択は用意されていない、それは命令とも違う、心に植えつけられたように使命と化してしまった。
ただ環境活動家の少年を見て正体の分からない疑問に支配されていただけで選ばれる意味もわからずただそこにある物を手に取ってしまった感じがする。
一度手にしたものは自然に自分の一部になり、何の答えも分からずその疑問さえ明確ではない現状でも力を行使しする事で満たされていくような気がした。
(愚)は疑問そのもの、言った事を紙に書き出すことなど不可能で脳の中にそれのイメージが漠然とあるだけ、条件を理解するためまずは言葉を探す事からはじめないと最初の門は開かないと表層のイメージが言っている。(爆)はそれをなしえるために必要な力ですべての原動力なのだろう。
疑問探しのついでに条件を理解するという仕事が増えた。
今から生きるのだと思った。今までの人生はこのためのゼンギのようなものだった。
まずは警察署を圧縮して外に出た。
4階建ての警察署は最初のインパクトのための元になってもらうため手のひらの中に納まるほど小さく圧縮してからポケットの中にしまった。
人々が異変に気づき警察署の前で撮影会を始めるとすべてのスマホを爆発させた。リチウムイオン電池を使用した小さな爆発だがやけどぐらいはするのだろう、周辺は大騒ぎになった。
社会人をしていた頃と同じ電車に乗って家に帰る途中の風景にデカイ塔が見える。社会性にとらわれていた頃には気がつかなかった塔はそこにある事が当然のように堂々とした佇まいでそこにある。
そこにある事がふさわしいとでも言いたげなその姿をへし折りたくなる。
笑みがこぼれ落ちた。
最初のインパクトにふさわしい。
あのデカイ塔を爆破してみようと思う。
まさに爆破日和、賑わいがある休日に塔に向かった。人々が幸せそうに町を歩いている普通の休日だ。
当たり前のように日常が過ぎることに何の疑問もないのだろうか?
耐熱容器に入れ黒いカバンにしまった圧縮した警察署が火傷しそうなほど熱を持っていてそろそろ限界だろう、たぶんあと2時間ほどだ。
塔の下に来るとその大きさがわかった。
まるでこの惑星に刺さったトゲみたいにそびえ立っている。新しく出来たばかりの塔に観光客が吸い込まれている。
塔には高速エレベーターで昇る。展望デッキには人が溢れて隙間を縫う様に移動しなければならず、時間を使ってしまった。レストランを予約しておいたのにゆっくりとランチを堪能している事はならずに出てきた料理を流し込む様に食べたそれを不思議そうに周りの人間が見ていた。
後20分くらい……トイレ前のベンチにカバンを置き下りのエレベーターに乗り込んだ。
人の流れに合わせるように自然に歩き、塔を背にするビルの裏側から地下鉄の階段を下りる。
地下通路へと下りきったとき爆音が響き渡った。
数秒後カシャカシャと言うガラスの雨音が響き渡る、その途中にアクセントのように巨大なものが地面にたたきつけられる音がゴンゴンと地鳴りを伴って聞こえると地下通路に亀裂が走りところどころ砂が落ちてきた。すぐに怪獣の鳴き声なんじゃないかと思える鉄の裂ける音がして、その音はしばらく続きまわりの人間はしゃがみこんで泣き叫んだ。
走り出した若い男がこどもと母親を突き飛ばし地下通路の奥に逃げていく。それに続く様に人々は走り出し転んだこどもと母親は踏みにじられ転がっている。
(爆)を使い生じた光景を壁にもたれ掛かり眺めていると人間だったことを忘れてしまった様な気持ちになっていた。
静かになった地上からガラスの雨を浴び血だらけになった人々が地下に降りてきて助けを求めている。
その流れに逆らうように地上に向かう。何度か縋り付こうとするモノを小さな(爆)で払いのけながら地上に出た。
数百メートル先に展望デッキの上にあった回廊部分が拉げて瓦礫の山を作り出していた。ビルの横に回りこみ塔を確認する。
デカイ塔はバラバラに崩れ去った。
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