第二話 ゴブリンとの闘い
ローゼンの小川に沿って上流を目指していくと、ゴブリンの住処と思わしき洞窟がそこにはあった。洞窟とは言いつつも、大きくはなく、恐らく熊などが冬眠するために開けた穴をそのまま住処にしているだけのようだ。ゴブリンも数匹しかいないだろう。
距離もそれほど遠くなく、馬車を使うよりも足で移動してきたほうが音も出ないし、気づかれにくい。
ゴブリンは夜行性なので、今は夢の中なのだろうが、あえて起こす必要もあるまい。ずっとおねむしてもらえるのであれば、そのままおねむしてもらったほうがクエストの難易度は圧倒的に下がる。
「さて……」
俺は森の茂みに隠れながら、今回使う道具を確認する。
洞窟の規模はそれほど大きくないので、やろうと思えば睡眠薬を投げ込んだ上で中に忍び込み、ゴブリンを一人一人ナイフで処理していくこともできるだろう。
ただ、睡眠薬は高価なため、あまり使いたくないのが正直なところだ。単純な毒のほうが実は安かったりする。
殺傷能力を上げるのであれば薬品の濃度が高ければ高いほどいいので、多少雑に作ってもいいのだが、眠らせようとすると濃度の調整がややこしく、その分調合が難しいのだ。
「……火薬よりも、毒のほうがいいか」
火薬を使って洞窟の入り口を破壊して生き埋めにしたほうが、証跡を残さずにゴブリンを処理することが出来る。
ゴブリンの死体を残しておくと、逆上したゴブリンの群れが村を襲いに来る可能性があるからだ。ただ、火薬を使って大きな音を出して他の魔物を呼びつけてしまっては意味がない。静かに処理するために、毒以上に適した方法はない。
俺はイヌレシンという草の根っこから抽出した毒が入った瓶を取り出して腰のベルトに巻き付ける。
洞窟の壁にへばりつくよう、慎重に洞窟の中に入っていく。ゴブリンが仮に毒で暴れたときに逃げにくくするよう、細かく小さい落とし穴を作っていく。落とし穴のそこにはまきびしを数個入れておき、動きにくくする。
ここにいるゴブリンを抹殺すること自体は特別難しいことではないが、周囲のゴブリンに危険シグナルを出された時が面倒なのだ。なるべくゴブリンを外に出さずに、静かに処理することが大事なのである。
しばらく歩くと、ゴブリンたちの寝床を発見した。
俺の膝ぐらいまでしかない小さい魔物で、緑色の皮膚が特徴だ。耳はとがっており、骨の形が浮き出るぐらいやせ細っている。5匹ほどのゴブリンが石を枕にしながら地面に横たわっていた。
ゴブリンは暗くても周囲を見渡すことが出来るため、この洞窟に灯は全くない。灯は自分の居場所を周りに教えるものだと父さんから徹底的に教えられ、俺も多少は暗視の訓練をした。そのため人並み以上には暗闇でも目が効く。
「……バカだな……」
ゴブリンの寝床はたちが村を襲撃した際に奪ったであろう品々を置く貯蔵庫の役割も果たしているようで、食料や武器など様々なものが置いてあった。本来であれば監視係を置き交代で睡眠をとるものだが、ゴブリンは他の魔物と比べて知能が低い。とりあえず全員で見張っていれば大丈夫だろうという単純な考えなのだろう。
見た目は小さな人間のようだが、本能の赴くまま動くという意味では動物である。
俺は淡々と仕事を片付けることにした。毒の入った瓶を紙で包み、紙と瓶の間に火薬を敷き詰める。高純度の酒をしみこませた長い糸を瓶へつなぎ、仲良く眠っているゴブリンの真ん中にそれを置く。瓶は一つだけだが、これほど空気が籠る洞窟であれば殺傷するには十分なほど毒は充満する。
もはや狩人だな、と内心呟くが弓や投槍などを使えない時点で俺たちのほうが一段劣っている。狩人のほうが正々堂々戦えるし、職業内で特殊訓練を受けた人たちとは争えない。
俺はふとゴブリンが強奪した品々の山に目をやる。
「珍しいな……」
ゴブリンが強奪した品々の中に宝飾品も含まれていた。
ゴブリンだけではなく、ほとんどの魔物は金や宝飾品の価値を理解しない。魔物の中では通貨を使った商活動はなされていないからである。食料や武器のほうが利用価値はあるし、彼にとって鋳つぶした銅や銀は単なる固い石でしかないのだ。
「……もらっておくか」
村の人々には申し訳ないが、流石に報酬が少ないので足しになりそうな宝飾品をいくらか無造作に布袋の中に詰め込む。これを売れば数週間は生活することが出来るし、臨時報酬だとしておこう。盗賊なのだから、物を盗むのは当たり前といえば当たり前だ。
俺は自分で仕掛けた落とし穴を避けながら洞窟を抜ける。
洞窟を抜けると、瓶へつながっている糸の先端にマッチで火をつける。火がアルコールで湿った糸を伝って瓶の火薬に着火すると小さい爆発音が聞こえる。瓶が破壊され、洞窟の中は毒で満たされるはずだ。
仮にゴブリンが爆発音で起きたとしても毒による混乱と落とし穴によるトラップで身動きが取れないまま死ぬことになる。仮にゴブリンが5匹以上いたとしても、毒であれば満遍なく洞窟内の空気中を漂うため、抜け目がない。
俺はしばらく洞窟の外で待ち、ゴブリンが外へ出ないことを確認する。
日が沈み、通常であればゴブリンが起床する時間だが、まだ活動が見えていない。
本来であれば中に入って確認したほうがいいのだろうが、毒が充満した洞窟に入るのは流石に危険だ。俺は確認のために、火薬を紙で丸めて小さな爆弾を作り、洞窟の中に投げ込む。先ほどと同様、小さな爆発音が響き渡るが、ゴブリンが驚いて外へ出てくる様子はない。
「……帰るか」
毒一瓶だけで何とかゴブリンを討伐することが出来た。しかも多少金になりそうな宝飾品も手に入った。クエストの終わり方としては上々である。
俺は荷物をまとめ、ローゼンの村へ戻ることにした。
***
行きと同じく、帰りも徒歩で帰る。
そもそも行きで何の乗り物も使っていない以上、帰りに使える乗り物があるわけがないのである。
しばらく小川を下るとローゼンに着く。
俺は即座に異変に気付く。異様に騒がしいのだ。祭りがあるとは聞いていないし、騒ぎ方が普通ではない。
擦り傷だらけの村人の一人が俺を見えると、俺の方向に向かって走ってくる。
「あ、あんたゴブリン討伐したんじゃなかったのか!?」
流石小さい村だ、俺がゴブリン討伐をしたことは知れ渡っているらしい。
男性は焦った様子で、俺の肩を掴んできた。
「ああ、今帰ってきたばかりだが」
「なにが今帰って来ただ! ふざけるな、この野郎!!」
男は俺に思い切り平手打ちをしようとするが、俺はその手を制止する。
相当頭に血が上っているようだ。
「話せ、何があった」
この焦り具合からして、村が大変なことになっていることは容易に想像がついた。
俺が村を回って状況を把握するよりかはこの男性から話を聞いたほうが早い。
「貴様がゴブリンを殺し損ねたせいで、剣とか弓とか鉄槌とかを持ったゴブリンの大群が村を襲ってるんだ! お、お前どうにかしろ!!」
「なんだって……!」
俺は耳を疑った。
クエスト依頼書に書いてあったゴブリン討伐先は間違いなくあの洞穴だったし、あそこのゴブリンがこの村を襲うことはほぼあり得ない。考えられるのはクエスト依頼書で書いてあった情報が間違っていたということである。
考えられる要因は一つしかない。
それは依頼者であるこの村がゴブリンの生息地を一つだと勘違いしたまま、依頼したということだ。この村を襲っていたゴブリンは、俺が始末した洞窟のゴブリンだけではなかったのだ。
「……なるほど。わかった。何とかする」
俺は男性にそう言い残すと、村の中へ走り出した。
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