第三話 メッテのために
俺は村の中を走る。ゴブリンの襲撃が去った後なのだろう、ゴブリンの姿はないが、民家が見るも無残に破壊されている。かなり大規模な襲撃だったのだろうか、村が原型をとどめていなかった。いくつかの民家は火をつけられれた焼け跡があり、単純な武器しか使わないゴブリンにしてはかなり戦略的に行われたと伺える。
「母ちゃん……母ちゃん……!」
大破した民家の中で横たわる女性をゆするように少年が涙を流しながら座り込んでいた。
あちらこちらから痛さをこらえるような叫び声や、泣き声が聞こえる。俺は拳を握りしめながら民家の間を通り過ぎていく。なんでこんなことになってしまったんだ、という後悔の気持ちと、俺は悪くないという、自分を正当化する気持ちが葛藤していた。
ゴブリンが撤収した今、俺が急いでゴブリンを追いかける必要はない。
メッテとセリーの安否確認が先だ。俺は腕輪の引力に従いながら村の中を走ると、宿を通り過ぎ、村の出口までたどり着いてしまった。どうやらセリーはこの村から離れたところにいるようだ。
村を抜けると、森の中へ入っていく。灯のない森の中は月明かりだけが頼りだ。
高くそびえたつ木々の影がより森をより一層暗いものにしている。暗視に頼りながら森の中を全速力で走っていく。細かい木の枝につまずきそうになりながらも、腕輪の引っ張る力だけを頼りに突き進んでいく。
「ゼルさん!!」
聞き覚えのある声が森中に鳴り響く。
「セリーか!!」
腕輪を付けたセリーが飛び跳ねながら手を挙げて自分の居場所を俺に伝える。
セリーは大樹の根っこの近くにいた。俺はセリーを見つけた安堵から、歩くペースが遅くなる。なぜこんなところにいるのか、開口一番聞こうと思っていたが、俺がセリーの近くに行くにつれて、そんなことを聞いているどころではないことに気づく。
「セリー……これは一体どうしたんだ……!?」
そこには全身傷だらけのメッテが横たわっていた。かなり出血しており、頭にも打撲跡がある。
胸が小刻みに上下に動いているので、生きているようだが、意識はないようだ。出血多量による貧血なのか、頭を強打したことによる脳震盪なのか、原因は分からない。それほどまでにメッテはボロボロだった。
「メッテさんが、村の人々を救おうとゴブリンを引き付けて森に入ったんです。村の中のゴブリンはメッテさんについていって、何とか被害を抑えることが出来ました。メッテさんに宿で待ってるように言われたのですが、私もいてもたってもいられずメッテさんの後を追って森に入ったら傷だらけのメッテさんがいて……」
セリーは俺が頼む前にも関わらず、いきさつを説明する。
俯きながら話すセリーの手は擦りきずだらけだった。恐らく少しでも安全な場所へメッテの体を移動させようとしたのだろう。応急処置として傷だらけの人の体をむやみに動かすのは好ましくないが、ゴブリンと出くわさないための対応策としては仕方がない。
「……治療はどこまでした?」
俺は冷静に状況を把握しようと試みる。今メッテは呼吸しているが、かなり危険な状態だ。
小刻みに呼吸しているから、動悸も収まっていないのだろう。出来る限りのことはやらなければならない。
「め、メッテさんが持っていた治療薬は使いました……と、特にすごく一杯血が出ているとこに薬を使ったので、出血は何とか止められたと思います……でも、意識がまだ戻ってなくて……」
俺はメッテの体中の傷を見渡す。体中にあざがあり、特に左半身の腕と両足が複雑骨折しているようだ。俺が持っている治療薬でも骨折はすぐに直せない。一旦応急処置のために、適当な木の枝を見つけ、俺の服を破いた布で左腕と両足を縛る。
傷を見る限り、ゴブリンは本気でメッテを殺しにかかったに違いない。ゴブリンは極めて単純な魔物だ。メッテに騙されたと知った連中がメッテを全力で痛い目に合わせようと考えたのだろう。周囲にはゴブリンの青い血が散乱していたので、何かしらの形で相打ちになり、重症のメッテを置いていったようだ。
「ごめんなさい……私がゼルさんについて行きたいって言ったから……」
セリーは目に涙を浮かべ、悔しがるように歯を食いしばっていた。
「……ここで泣いても、状況は良くならない」
メッテはセリーを守るためにも、自分がおとりになってゴブリンを村の外へおびき出したのだろう。
メッテの逃走技術は並みの盗賊以上に高いし、メッテは自分がおとりになってもゴブリンを振り払えると信じていたに違いない。俺だってメッテであればそれぐらい難なくこなせると思っていた。
それでも振り切れないほどゴブリンの数が多く、かつ知能と身体能力が高かったに違いない。
ゴブリンにしては不自然なほどだ。
「これから、どうしましょう?」
セリーは額に汗をかきながら混乱した顔を見せる。メッテの容態がどうなるか分からないまま、今の今まで俺が来るのを待っていたのだろう。体中がこわばり、緊張がほぐれていないように見える。
「……村の連中は俺がクエストに失敗していると言った。もう、ここにいる必要ない……セイズへ戻ろう」
この状況を想定していなかったが、メッテが重症である以上、俺がとるべき選択肢はさほど多くはなかった。一刻でも早くここから立ち去り、しっかりと手当をしてやりたい。何とか冷静な表情を保っているが、内心は落ち着いていなかった。
「……は、はい……」
セリーは同意する。恐らく俺と同じような考えなのだろう。
まだ一緒に暮らして長くはなかったが、メッテはセリーを実の妹のように可愛がっていたし、セリーも俺よりもメッテのほうが話しやすいようで、普段もメッテのそばにいることが多かった。メッテを一秒でも早く助けたいという気持ちは俺と同じ、もしかしたらそれ以上にあるかもしれない。
「ゼル……ゼル……」
意識がないはずのメッテからかすれた声が、俺を呼んでいた。
「メッテ!? 起きてるのか」
「……私、ゼルが寂しがりやだって知ってるよ」
メッテは俺の質問を返すことなく、語っていく。どうやら寝言のようだ。
俺はメッテの手を握りながら、聞き落とさないようにメッテの口元に耳を近づける。
「お母さんも、お父さんもいなくなって……強くなったのに誰にも褒めてもらえなかったんだもんね……辛いよね、ゼル……お金持ちからお金を盗んで貧しい人に渡すのも、自分を認めてほしいからだって、知ってるんだ……自分が正しいって思えるようにって……自分に嘘ついてるんだって……」
意識が朦朧として、自分の命がかかっているというのに口から出るのは俺への言葉だった。メッテは俺がそばにいることを知らないはずなのに、あたかも俺がそこにいると認識しているかのように話し続ける。
「でもね……私はゼルが一生懸命頑張ってるの知ってるから……誰よりもヒーローになりたいっていう気持ちを分かってるから……私ね、正しいことから逃げないゼルをずっと応援してあげたいの……ゼルは優しい人だから……世界で一番優しい盗賊だから……」
俺は心の震えが止まらないのを感じる。父さんや母さんがいなくなった日ですら涙は出なかったのに、今は頬が涙でぬれていた。
セリーもメッテの言葉を聞いて、手でびしょぬれになった顔を拭いていた。
「だからね……私だけは、ずっとそばにいてあげる……」
そうだな、お前はいつもそばにいてくれたよな。俺は心の中でそう呟く。
言葉に出しても、今のメッテの耳には入らない。
「……ゼル……大好きだよ」
最後メッテがそう呟くと、ピタッと言葉を発しなくなった。
念のために俺は呼吸と脈を確認するが、特に変わりはなかった。俺とセリーは安堵する。
レミアンだったら、こんなときにどうするのだろう。
メッテだったら、こんなときにどんな行動を俺に期待するのだろう。
様々な判断基準が俺の脳内をかき回す。
――俺は強くなった。次は人に優しくなる時だ。
「……セリー、俺はしばらくこの場を離れる。いいな?」
「え? は、はい!」
セリーは勢いよく返答する。
俺は布袋からありったけの治療薬と睡眠薬をセリーに渡し、等身大の黒い布と火薬玉を床に置く。
「とりあえず骨折した部位に、この治療薬をかけてくれ。今の状態でメッテが目を覚ますと全身の痛みに耐えきれないだろう。俺が戻ってくるまで、適度な時間間隔でこの睡眠薬を嗅がせて、なるべく起きないようにしてほしい」
「わ、わかりました」
「ゴブリンがここら辺にもういないとは限らない。この黒いマントをお前とメッテを隠すように上からかぶっておいてくれ。この大樹を囲むように罠は仕掛けておくが、何かがあったらこの火薬玉を着火して思い切り投げろ。その音が聞こえた瞬間に俺は全力でこの場所に戻ってくる」
俺が布袋を覗き込むと、罠を消費したらもう俺の装備はナイフと毒薬しかなかった。
流石に盗賊として訓練はしてきたかもしれないが、これほどまでに最小限の装備で臨むのは久しぶりである。四年前のドラゴン以来ではないだろうか。
「……じゃあ、頼んだぞ」
俺は大樹の罠設置に取り掛かろうとした。
「あ、あの……! わ、私も……」
突然悩んだ様子のセリーが俺を引き留める。
「……い、いえ、気を付けてください!」
何か言いかけたようだったが、最後まで言い切るのをやめたようだった。
セリーは黒い布を上からかぶり、メッテと一緒に身を隠す。大樹の影と同化しており、接近しなければそこにだけかが隠れているなど気づかないだろう。
俺は大樹を囲むように素早く罠を配置する。
一秒でも早くゴブリンを処理し、一秒でも早くここに戻ってくれば来るほど、メッテの身体的負担は減る。
「……言われなくても、全力出すさ」
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