第三章 大切なものを守るために

第一話 ローゼンの村

 俺が受理したクエストの場所はローゼンという小さな村だった。


 盗品を換金したポルテの町から北に少し行ったところに位置しており、海に向けて流れる下流付近の川沿いに村が立てられていた。ポルテから魚を仕入れた際の商人の中継地点として賑わっている。人々は川釣りや農業での自給自足を主にしつつも、商人が訪ねた際の宿代などで通貨を獲得して成り立っていた。


 今回受けたクエストはこのローゼンから出されたものだが、小さな村で大して通貨を蓄えていないところからの依頼だけあって、大して報酬は良くない。だが、その代わり他の戦士なども受理したがらないので、あえて俺が受理した。

 競合しないクエストは「難易度が高すぎて受理が不可能な場合」と「報酬が低すぎて、全く魅力がない場合」の二つがある。前者を受理したい場合は世の中からかなりのヘイトを買うが、後者の場合は「物好きなバカ」というレッテルを張られるだけで終わる。


 極力影が薄くなるクエストを選んだつもりだが、報酬が低すぎてろくな装備を準備できなかったのが残念だ。

 金持ち相手には念には念を入れて様々な道具や薬品を準備していたが、今回は最小限しか持ってきていない。仕方あるまい、金を稼ぐためにクエストをやっているのに、逆に損しては意味がないのである。


「……俺はこれからゴブリンの住処といわれている洞窟に行く。奴らは夜行性だから、夕方までには仕事を終わらせて戻ってくる。それまではこの村から出るな。いいな?」


 村に着き、商人が良く使うと定番の宿に一泊分の部屋を借りると、俺はメッテとセリーにそう伝える。

 本来であればもう少し余裕をもった滞在をしたいものだが、報酬が安いため一泊だ。それも大きめの部屋を一部屋しか借りていない。俺一人であればここら辺の出費は抑えられたのだろうが、二人がついてきてしまった以上、どうこう出来る話でもない。


「はいはい、わかった、分かったから! さっさと行ってきな、ゼル!!」


 メッテは聞き飽きたような表情を見せながら、俺を追い出すようなしぐさを見せる。

 俺は一通り装備を確認すると、罠や盗賊道具を布袋の中にいれ、肩から掛ける。いつも入れている量の道具がないためか、軽く感じる。非常に動きやすいが、その反面不安な気持ちにもなる。

 念のため、セリーの忠告しておくことにする。


「セリー、万が一何かがあったら、メッテの言う通りにしろ。こいつの盗賊としての技術は信頼できる。変な動きはするな、絶対に言うことを聞け」


「は、はい……」


「そんな脅さなくても、セリーちゃんなら大丈夫だって。ね? 私がついてるんだし」


 メッテはセリーの頭をなでながら、笑顔のままセリーを見つめる。


 セリーのお守りをすることを事前に伝えていたからか、メッテは必要最低限の装備を持ってきていた。流石に罠などは持ってきていないようだが、対人戦向けの武器や応急手当て用の薬品はいくつか装備しているようだ。


 とはいえ、相変わらず盗賊は対人戦になったら負けを覚悟したほうが良い職業だ。


 逃げるための技術は盗賊の中で長年培われてきたし、俺もメッテも親から直々に訓練を受けてきた。

 だが、拳で戦うことに長けているわけではない。その考え方をメッテは重々理解しているはずであり、メッテが持ってきた装備はあくまでも気休め程度でしかないのだ。


「……あと、これも渡しておこう」


 俺はセリーに赤い宝石がちりばめられた腕輪を渡す。

 少し大きかったようで、前腕の半分ぐらいの位置で止める。


「これは……?」


「……魔道具だ。俺もそれと同じ腕輪をつけていて、お互いに引かれあう性質を持ってる。着けていると少し引っ張られる感覚があるだろう? 引っ張られる力のもとを辿っていけば、お互いの居場所を知ることが出来るようになっている」


「なるほど……」


 セリーは初めて魔道具を見たのか、マジマジと腕輪を見つめていた。

 位置探知系の魔道具はピンからキリまであり、これは安価な部類だ。


 魔法使い向けの魔力を注入してより正確で具体的な場所を脳内で描くことが出来る指輪などもあるのだが、非常に高価だ。

 そもそも盗賊の家系は魔法が一切使えないので、魔道具を選ぶのであれば魔力に頼らなくても良いもののみである。セリーに渡したこの腕輪は常に一定の力で引っ張り合っている磁石のようなもので、自分たちの魔力を動力としなくてもよい。


「何かがあったら、安全な場所に隠れるんだ。いいな? 俺が迎えに行くまで一歩も外を動くんじゃない」 


 せめて大体の位置さえ把握できれば俺も動くのが楽になる。

 一泊しかしないので、何か起こるとは考えにくいが危機管理にまつわるものは慎重に進めて悪いものではない。メッテは訓練を受けているし何とかなるとして、このメンバーの中で最も何とかならないのはセリーである。


「ふふっ。全く、ゼルも心配性になったね!」


 メッテは笑顔で俺の顔を覗き込んでくる。

 これほどまでに嬉しそうなメッテの顔を見ると、心なしか俺も安心した気持ちになる。


「お前がセリーをどこに連れまわすのか分からないからな。念には念を入れただけだ」


「えー、そんなことしないのに……!」


「知ってるぞ。俺が留守にしてる時にセリーを町に連れまわしていることぐらいな」


「へへっ、流石にバレちゃうか!」


 メッテははにかんだ笑顔で可愛らしくそう白状した。

 セリーを妹のように可愛がってくれるのに特段問題はないのだが、盗賊が貴族の娘を連れてウロチョロするのは自粛すべきだと中国史ているのにも関わらず、聞く耳を持たない。しかも出かけるたびに俺の金が目減りしているので、絶対俺の知らないところで買い物をしているに違いない。


「まあ、任せてよ! 一泊だけだし、どうせゼルがゴブリンを一掃してくれるんでしょ? 後はドンと私に任せてクエスト言ってきて頂戴!!」


 心配はしつつも、ローゼンは小さな村だ。

 連れまわせる場所もないし、半日もあれば村中の施設を一通り堪能することが出来るだろう。日中のほとんどは宿にいることになるるのがオチだ。暇かもしれないが、彼女たちがついてきたいといったのだ。そもそも観光で来たわけでもないし、不満を垂らすことは許さない。


「ああ、セリーを頼んだぞ、メッテ」


「うん、いってらっしゃい、ゼル」


 俺は扉を開けて、クエストに出かけるのだった。 

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