第八話 セリーの頼みごと

 セリーの生活必需品をポルテで一通りそろえ、帰宅すると、本格的にセリーが俺の家に住むことになった。


 俺の家はそれほど広いわけではないが、もともと父さんと母さんが使っていた空き部屋があり、一緒の部屋で、一緒のベッドで寝るという倫理を逸脱した行為に興じる必要はなかった。父さんと母さんの部屋は彼らが蒸発する前の状態だったが、生活感があって逆に住みやすいのかもしれない。


 しかもメッテがセリー用に部屋をどんどん改造していくので、壁一面に敷き詰められた盗賊道具が可愛らしい洋服で埋まっていくのだ。昔のことを思い出しそうで、今まで父さんと母さんの部屋にはなるべく入らないようにしていたが、苦しい思い出を上書きするようにヒラヒラした洋服が部屋一面を彩るのだった。


「これからどうするの? そろそろ行く時期でしょ?」


 メッテは俺とセリーが夕食で使った食器を洗いながら俺に声をかける。

 第三者から見たら夫婦なのかもしれないが、残念ながら俺がメッテにそのような感情を抱くことはない。


 メッテはセリーが来てから、ほぼ住み込み状態だ。以前からかなり頻繁に俺の家に訪ねてはいたが、セリーの面倒を見ることを理由に爆発的に俺の家での滞在時間が増えた。メッテもセリーの部屋で一緒に寝ていることが多い。夫婦部屋なので、ベッドが俺の部屋にあるものの二倍の大きさなのだ。女二人であれば十分収まる広さだ。


「そうだな」

 

 グランテ公爵から盗んだ報酬のうち、手元に残ったのは中金貨一枚だ。五枚の小金貨はセリーの生活用品を買うのに消え、もう1枚の中金貨は封筒の中に入れて孤児院の募金箱の中に突っ込んでおいた。今頃はその金額に驚愕しているだろうが、恐らくあの孤児院を抜本的に改善するための資金としては少なすぎる。あくまでも一時しのぎでしかない。


 中金貨一枚というのは下級労働者の二人分の年収を賄えるぐらいの金額なのだが、いかんせん盗賊は様々な道具で金が消える。しかも慎重にやればやろうと思うほど様々な道具が必要になるので、その準備費用も少しは残しておく必要があるのだ。特に薬品を使うときの費用はバカにならない。


「……久しぶりにクエストにでも行こうと思っている」


「あの噂のせい?」


 セリーを誘拐して以降、金持ちを狙って指名手配されていた盗賊を特定する手掛かりが頻繁に噂されるようになった。


「ああ、ちょっと気を付けないといけなくなってな」


 グランテ公爵の屋敷から脱出するときに有刺鉄線を切った際、急遽駆け付けた警備員が塀をよじ登る俺の後ろ姿を見たのだという。警備員曰く、影しか見えていなかったため、おおよその背丈と体格から推測して男性ということまでしか知られていないが、俺はかなり動きづらくなった。


 グランテ公爵はセリーが誘拐されたことも知っているに違いない。

 男であり、なおかつ厳重な部屋の鍵を開けることが出来る技術を持っている盗賊はそれほど多くはないだろう。不幸なことに俺も盗賊の中では名が知れているので、俺も要注意リストの中の一人に入っているはずだ。


「ご、ごめんなさい、ゼルさん……」


「セリーちゃんが謝ることじゃないって! こいつが上手くやれなかったのがダメなだけだって!」


 セリーは責任を感じているのか、手をモジモジさせながら俯いている。

 メッテはすかさずセリーのフォローに入った。


「……ああ、そうだな。俺が判断してセリーを連れてきた。セリーが何か感じる必要はない」


 実際失敗したのは俺自身だ。あそこでセリーを連れて帰らないという選択肢もあったのだろうが、その選択肢を取らなかった。仮にセリーを連れて行ったとしても、塀を上る以外の手段もあったかもしれないがそれを検討しなかった。何はともあれ、自分が行った選択による責任は甘んじて受け入れるしかない。


「で、今回はどんなクエストをやりに行くの? あんま派手な奴はやめてね、世間の目が冷たいからさ」


 何事もないかのようにメッテはふるまっているが、本当は心中複雑な気持ちであることは知っていた。彼女の親が俺のことを好ましく思っていないのも、俺の父さんや母さんがこの家から出たのも、俺が盗賊なのにも関わらず難易度の高いクエストをこなし、戦士や他の職種との対立をあおってしまったがゆえだ。


 最近は、俺もクエストではなく盗賊らしく盗みに入ることが多かったので、世間のヘイトも大分落ち着いてきたように思える。だが、再度クエストをこなすとなると、また盗賊の悪評が広まってしまうかもしれない。メッテはそれを恐れているのだ。


「……まあ、難易度Cぐらいのクエストにしようと思う。最近ゴブリンが各地で暴れまわっているらしい。その討伐でいいだろう」


 季節も冬に近づいており、森の葉も少しずつ少なくなっている。ゴブリンの主食である果物や野菜も少なくなり、食料を探しにゴブリンが人里を襲うのだ。

 ゴブリン自体は体格も小さくて、力もそれほど強くはなく、魔法も使えないので、大して脅威ではない。ただ、いかんせん繁殖能力が高く、退治しても退治してもなくならないので、成人したばかりで役所に届け出たばかりの戦士の格好の訓練相手だ。

 クエスト自体は大量にある。この季節では定番のクエストになっているが、難易度は低く、下手すれば誰にでもやれてしまうため、報酬も低い。


「そっか、いいんじゃない、ゴブリン」


 ゴブリン退治であれば、世間のヘイトも大して受けることはないだろう。

 数多くあるクエストの中の一つをやるだけだし、目立つようなこともない。報酬は少ないが、金持ちに向けた盗賊業を再開できない現在、何もやらないよりかは何か収入があったほうがいいに決まっている。


「わ、私も一緒に行かせてください!」


 セリーは突然立ち上がると、そう叫んだ。立ち上がった勢いで、セリーが座っていた椅子が倒れ、バタンと大きな音が家中に響いた。皿洗いをしていたメッテは驚きのあまり振り返る。


「……無理だ」


「ど、どうしてですか!」


 俺は頬杖を突きながら、セリーに向かって説明をすることにした。

 自分のせいで俺が本来の仕事が出来ないと責任を感じているのだろう。体が震えながらも俺の仕事の手伝いをしたいと申し出ているその姿勢から、相当緊張していることが分かる。


「理由はいくつかある。ゴブリンは確かに弱いが、武器もまともに使えない小娘を連れていくのは危険だ。知性は高くないが、それでも投石や槍で容赦なく人間を襲ってくる。」


「で、でも、こう見えて武器は使えます! 監禁されていた時に、一通りの武器を触りましたから……」


「では、実戦で使ったことはあるのか? 生き物を全力で殴ったことは?」


「……ないです……」


 武器は握り方や振り回し方を知っているだけでは無意味だ。料理をするために肉を切るのとは次元が違う。

 生き物を傷つけることの精神的な壁をいかに超えられるかが一つの勝負であり、鈍器を生き物に思い切り振り落とせないようでは意味がない。自分の手で命を絶やす勇気がないのであれば、安々と討伐クエストは受けないほうがいい。


「今、お前を連れて行ったとしても、足手まといにしかならない。俺は自分の身は自分で守れるが、お前を連れていけば自分だけではなく、お前も守らなければいけなくなる。極めて非効率的だ」


「そう……ですか」


 セリーは落ち込んだ様子で座り込む。何かしらの方法で貢献をなしたい気持ちは理解できるが、無謀にもほどがある。

 しかも理由はそれだけではない。


「……仮にだ。仮にお前が非常に優秀な戦士だったとしよう。ゴブリンを軽く退治出来るほどの素養と経験がある場合でも、今のセリーを連れていく、つまりパーティを組むことはできない」


「それは、なんでですか?」


 皿洗いが終わったメッテはセリーの隣に座り、会話の中に入ってくる。


「それはね、セリーちゃん。クエストを受理できる職業は既に決まっていて、貴族階級以上はクエストを受理できないからなの」


「そ、そう、なんですか?」


 貴族と平民の違いとしては、この社会の一種の常識なのだが、セリーは相当世間に触れずに育ってきたようである。


「ええ。だって考えてみて、魔獣の討伐とか貴族がやる必要ないでしょう? 兵士や戦士の職業についている人にやって貰えばいいだけの話。だから、パーティを組むことも許されていない」


 厳密に言えば受けられるクエストも職業によって違ったりするのでややこしい。

 例えば商人は採取クエストを受けることはできるが、討伐クエストを受けることはできなかったりする。基本的にはクエストの種類に適していない職業が受理することを禁止しているのだ。


 これはクエストで必要なスキルを身につけていない職業の人々を危険にさらさないという風に表面上は説明されているが、一番の理由は書類上の職業と実際活動している内容が逸脱しないように管理するためである。


「そ、そうですか……少しでもゼルさんのお力になれればと思ったのですが……」


 盗賊はどんなクエストでも受けられるようになっている。単純に盗賊が目立った動きをすることがなかったので禁止するまでもなかったのが理由だ。


「せめて、クエストの場所までお供させてください! 荷物持ちでもなんでもしますから!」


 セリーはギラギラした目で俺を下から見上げる。見た目はか弱い少女なのに、中身は意外と頑固そうである。これほど義理に溢れているのであれば、尚更盗賊の手伝いはしない方がいいのではないかと考えるが、俺はそれを口に出すのを辞めた。


「……まあ、いいんじゃない? クエストで多分町に行くんでしょ? だったら町で待機してもらいましょうよ。ゼルは勝手に仕事すればいいし、私も一緒に行くから」


 抜け道のように感じるかもしれないが、クエストをサポートするだけであれば職業の制限はない。

 俺をクエストの場所に連れて行く御者や、俺にクエストで使う武器を売る商人などは、俺のクエストをサポートはしてくれているが、クエスト自体を実行はしていない。だが、もちろん職業規定違反で罰せられることはない。それはあくまでもクエストのサポートという位置づけだからである。


 盗賊の荷物持ちに貴族を連れて行くのは構図として変といえば変だが、セリーが実際のクエスト実行者にならなければ、クエストへの同行は可能だ。


「……お前も来るのか?」


 俺はメッテに確認をする。いつもであれば俺の仕事に足を突っ込みたくない雰囲気を醸し出していたのに、何かしらの意識変革が行われたらしい。


「うん、ここにいても暇だし! 遠足にでも出た方が気持ちが晴れるってもんよ! セリーちゃんもいるしねえー!!」


 ――嘘だ。


 俺はメッテの声のトーンがいつもと違うことに気づく。何年一緒にいると思っているのだ、メッテは俺を見くびりすぎている。

 メッテはこの町で一人になるのが嫌なのだ。


 メッテの家庭の事情は色々噂で聞いていたし、最近俺たちに長くかまったせいで親から勘当されたと耳にしている。荷物を徐々に俺の家に入れるためにたまに実家に忍び入ったりしているようだが、恐らく俺の家以外メッテの居場所はない。


「はあ……分かった。比較的安全な町の討伐クエストにしよう……お前たちが町の観光をしている間に俺が仕事を済ませる。それでいいな?」


 正直メッテがなぜこれほどまで俺を気にかけてくれるか、分かっていない。幼なじみで、一緒の職業なのは事実だが、なぜ俺の気まぐれに付き合ってくれるのか、不思議で仕方がない。


 たまにメッテに聞くことがあるが、いつもはぐらかされて終わる。


「は、はい! 大丈夫です!」


 メッテがいればとりあえずセリーは大丈夫だろう。彼女も十分優秀な盗賊だし、何かあったときにセリーと一緒に逃げることぐらいはできるはずだ。


「じゃあ、少しずつ身支度しとかないとねー。馬車とか私の方で手配しておくから、ゼルはクエスト受理しておいてね!!」


「……ああ、了解だ」

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