第七話 貴族から見えるもの

「す、すごいですね……いつもこんなことをやられてらっしゃるんですか」


 質屋から少し離れると、今まで黙っていたセリーが口ずさむ。

 セリーが一時期平民だったとは言え、このような嘘八百な商談を間近にするのは初めてだろう。ましてや貴族になってからは町にも滅多に下りなかったと想像できるので、先ほどの現場は衝撃が強かったかもしれない。


「最近はそうね」


 メッテは俺を一度視線を向けると、セリーに笑顔で話しかける。


「普通だったらセイズで良くしてもらってる裏商人に買い取ってもらうんだけど、最近は貴族とか大物を相手にしてるから足が着かないようにこういう芝居をすることが多くなったわね」


 俺たちはポルテの街並みを抜けていく。

 ポルテはセイズと同じような風景ではあったが、果物や野菜の売買が盛んなセイズと比べて鮮魚や海藻類の商売が盛んだ。ポルテと比べて海に近いからなのだが、ここで鮮魚を仕入れてセイズで売り、セイズで果物や野菜を仕入れてポルテに売るということを生業としている行商人も少なくない。


 ただし、そのような行商人にしても社会のルールは同じだ。

 誰もが誰もその職に就けるわけではなく、子供か、結婚した女性のみがその職に就くことが出来る。楽で安定した商売だし、出来るのであれば、俺もポルテとセイズを往復するだけの人生を歩みたいものだが、役所はそれを許してはくれないのである。


「さて、どこに行くか」


 盗品も換金したし、買い物する分の資金はできた。中金貨2枚と小金貨5枚あれば小規模の鮮魚店にある全ての魚を仕入れることくらいはできるし、まず少女一人を養うための初期費用として不自由はしないだろう。


「そうね、まずは服とかを見に行きたいわね。あとは髪飾りとか、靴とか」


「服はお前の古着で足りるんじゃないのか?」


 俺は極めて真面目に話したつもりのだが、メッテは呆れた様子を見せる。


「これだから、男は分かってないわねえ。あのね、古着って言っても私の身丈に合わせているものなの。だからセリーちゃんが着るとダボダボになっちゃうのよ」


 麻の服はシルクや綿の服に比べて安価だとは言え、それでも気軽にいくつも保有できるものではない。女性で上下三着セットあれば贅沢なぐらいである。だから、兄弟姉妹のおさがりをもらうことは普通だし、もっと言えば親からのおさがりをもらうことすらある。


 俺は商人の真似をしているので自分のステータスを表すために自分の体に合ったサイズのものを着るが、セリーはあくまでも付き添いだ。服のサイズがピッタリでなくても世間はあまり気にしない。俺とメッテは職業柄様々な服が必要になるので、他職業の人々よりかは箪笥がパンパンだ。ただし、それはあくまでも例外なのである。


「べ、別に私は……」


 セリーもその元々平民であったこともあり、価値観は共有できているようだ。

 親も踊り子だったし、いかに服を買うことが珍しいことが理解しているのだろう。踊り子なんて更に衣装に悩まされる職業だっただろうし、メッテの提案がいかに軽々しいものなのかわかっている。


「だーめ。女の子なんだから少しはおしゃれにこだわらないと。ゼルも、今後も商人の真似をするのであれば連れの子の服装は見られるものじゃない?」


 メッテの言っていることも一理ある。商人のふりをしてセリーを町に連れていく機会が今後もないとは言えないし、自分だけいい身なりをしてセリーだけ縫い目だらけの服を着させても見栄えは悪い。いっそもっとみずぼらしい服を着させて、召使だという方法もあるが……。


「……仕方ないな」


 俺はメッテの言うことに折れることにした。仮に召使を抱える商人という設定にしたとしても、良い服を着せられたらその分俺の印象もよくなるだろう。先行投資だ、良しとしよう。


「決まりね! さて、どこにしようかな……」


 メッテは町中を見渡す。


「あそことかはどうでしょうか?」


 セリーは大きな服屋を指さす。既製品の服を売っている服屋にしてはかなり大規模で、しかも価格もそれほど高くなさそうだ。そもそも高価な服に群がる人々は通常少ないにも関わらず、かなり多くの客でごった返している。服屋にしては中々珍しい。


「……あそこはダメね。人が多すぎるわ」


 メッテは即答した。俺も同じ意見だ。人の濁流に呑み込まれるのはあまり好ましくない。


「そうですか。あんなに大きな商店なのに……」


「ここら一帯では私たちは商人で通ってるけど、セイズの人がいないとも言えないからね。なりに変装はしてるからそう簡単にはバレないと思うけど、仮に勘がいい人にあったら面倒だから……」


 以前ははセイズよりも近場のルメールという町で盗品の売却をしていたのだ。ただ、勘のいいセイズの役人に見つかってしまった

 その結果、ルメールで変装している男女二人組の盗賊がいることが噂で流れ、ろくに活動することが出来なくなってしまったのだ。いくら盗賊としての技術を磨いたとしても、町中の有象無象の視線から逃れることは困難である。


「……メッテさんとゼルさんはいつも人込みを避けてるんですか?」


「そうね、やっぱり盗賊ってバレると色々と厄介だからね。しかも職業詐称は詐欺になるから現行犯で見つかると、そのまま牢屋行きになるの。なるべくリスクを取らないように行動しないとね」


 セイズで俺たちが変装して行動しないのはそれが理由だ。


 どんなに変装しても俺たちを認識するセイズ市民は絶対にいる。外見を変えようが、声を変えようが、ふるまいを変えようが、分かってしまう人には分かってしまうものだ。しかも残念ながら、俺ら盗賊がセイズで沢山仕事をしたせいで、セイズ市民全体が俺たちの行動に対して敏感になっている。


 セイズ市民の危機管理能力が上がったからといって、俺が盗みを失敗することはないが、職業詐称がバレて牢屋に入れられるという厄介ごとだけは避けたい。牢屋だけならまだしも公開処刑を食らったら、遠くの地方に飛ぶしか選択肢はなくなるだろう。


「盗賊って、そんなに悪い人たちなんでしょうか……」


 セイズから出てきた時もなるべく人に合わないようにこっそり移動した。その時点で既に商人の身なりをしていたからである。

 その時もセリーは不思議そうに首をかしげていた。踊り子の家庭は貧しくはあれど、差別されるような職業ではない。このように俺たちがコソコソ行動していることに違和感を覚えているのだろう。


 ふとしたセリーの問いかけに、俺とメッテは黙ってしまう。


「す、すみません! 私は、メッテさんとゼルさんが悪い人だとは思えなくて……」


「い、いいのよ。なんかごめんね、セリーちゃんにも面倒かけちゃって。盗賊と一緒じゃなかったらもう少し堂々とできたのにね……」


 セリーも本来は貴族だ。グランテ公爵という変態の家に入らなければ俺たちと行動することすらないし、町中だって変装せずに堂々と歩くことが出来たに違いない。


 そもそも俺たち盗賊にとって悪い人の定義が分からない。

 人々は俺たちを卑しい集団だというが、俺たちは役所が決めたルールに乗っ取って盗賊をやり、生活をし、死んでいくだけだ。狩人も、商人も、農民も、同じような規則のもとで生きているというのに俺たちは生まれたときから常に悪者だったのである。


「……あまり盗賊、盗賊口ずさまないほうがいい。誰が聞いてるか分からないからな」


「は、はい。ごめんなさい」


 セリーは恐縮したようにうつむく。

 商店街の周囲は商談で大忙しだ。到底俺たちの声など聞こえてはいないだろうが、話を切り上げたくて俺はそう促す。


「さっき行った質屋のもう少し先に小さい既製品の服屋があった。あそこで用事を済ませよう」


「そ、そうね、そうしましょうか」


 俺たちは来た道を戻るように、この町での用事を済ませるのだった。

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