第六話 盗品の買い取り

 メッテは自分に妹が出来たかのようにはしゃいでいた。

 誘拐したばかりでセリーの生活に必要なものがなかったのだが、メッテが急いで古着を持ってきてセリーに渡した。それだけで一週間はやりくりできたはずなのだが、メッテは自分の妹が可愛くてしょうがないらしく、その他もろもろの生活必需品を町へ買いに行こうと言い出した。


 俺も丁度奪った品々を換金しなければならなかったため、仕方なくメッテの提案に乗っかった。とは言いつつも、メッテは俺が隣町へ行かなければならない状況を知っていたので、結果的には俺が上手く乗せられたということになるのだろう。


「こんな風に町を歩くのは久しぶりです……!」


 隣町のポルテという名の町に着くと、メッテはあたりを見渡しながら感激したような表情を見せる。そもそもセリーは太陽の光を浴びることすら久しぶりなのだ。町の中を散歩するのはもっと久しぶりに違いない。


 メッテは大きめのフードを被り、セリーの古着を着せ、庶民感を出している。

 俺とメッテも服装と髪形に変化を加え、一般の商人であるかのように変装する。俺は皮で作った厚めの上着を着用し、顔に薄くひげを生やすし、メッテはいつもポニーテールで後ろに結っていた髪を全て降ろし、小さめのフードを被らせた。


 俺が住んでる町から馬車で半日の距離はあるとはいえ、ここら一帯はグランテ公爵の敷地内だ。セリーのことを知らないとは限らないし、今現在セリーを誘拐している以上、俺は常に現行犯なのである。どこかの貴族に俺がセリーと一緒にいたことが知れ渡れば最後、俺は鉄格子にぶち込まれるに違いない。


 最善の選択はそもそも出歩かない。

 ……ということなのだろうが、メッテにそれを説明しても聞いてくれなさそうだったのであきらめた。


「で、とりあえず換金でしょ?」


「そうだな」


「付いていこうか?」


「ん……そうだな」


 盗品を売りさばく際にはメッテに手伝ってもらうことが多い。

 相手方が不当に値段を吊り下げていないか嘘を見抜くためというのもあるし、交渉事にはなんだかんだ女性がいたほうが融通がきいたりするものだ。嘘発見器だったら最悪俺だけでもなんとかなるが、性別はどうしようもない。


「どちらにいくのですか?」


「あー、セリーちゃんにはまだ説明してなかったわね。これからグランテ公爵の家から取ってきたものを質屋に売りに行くの……あ、なんかごめんね……」


「……いえ、気にしないでください。ゼルさんに盗まれた時点でゼルさんのものですから」


 セリーはかなりサバサバした性格のようだ。

 俺が盗みに入った全ての人間が同じような考えを持ってくれていれば、俺も多少仕事がしやすくなっていただろうが、社会はそんなに甘くはない。


「……ここにセリーを置いていくのも危険だ。ついてきてもらうしかないな」


 俺とメッテが仕事をしている間にセリーに何が起こるか分からない。セリーも久しぶりに外へ出たばかりで、どれぐらい危機管理能力があるのかも分かっていない。流石にずっと俺の視界の中にいろ、というのは極端だがせめて監視できる距離にいたほうがいいだろう。


「それもそうね」


 メッテはかがむと、セリーと目線を合わせる。こう見ると益々姉と妹のようだ。


「セリーちゃん。これから質屋に入るんだけど、中にいる間、喋らないでもらってもいいかな?」


「は、はい、わかりました」


 メッテは状況が読めないまま、承諾する。

 状況が読めないなりに素直に従ってくれるのは良い。物分かりがいいのは美徳だ。


 俺たちはいつもお世話になっている質屋にむかう。

 本来であれば複数個所回ってリスク分散するところだが、盗品が多くないので分散させるまでもない。表通りではなく、民家が立ち並ぶ裏路地にある部屋が俺の行きつけの質屋だ。


「ひひ……いらっしゃい……おやおや、親方とご婦人ではありませんか……今日はどのようなご用向きで?」


 ヨレヨレのスーツを身にまとった細身の男性が俺たちを出迎える。


 その低い声はまるで死霊だとメッテは言っていたが、正直言うと俺もその通りだなと思う。骨と皮だけで出来ているかのような身なりもそのような印象を与える要因になっているのだろう。不気味な雰囲気を感じ取ったのか、セリーはメッテの後ろに隠れていた。


「いつも通りだ、店主。俺の店の客が仕入れの時にいくつかの宝飾品を担保に入れてたんだが、そいつが返済できなくなった。だから、買い取ってほしい」


「なるほど……最近景気も良くないと聞きますからねえ……」


 俺たちはガラス越しに立ちながら会話をする。

 客と店主の間にガラスの衝立があるのは防犯のためらしいが、俺からすれば何を防犯しているのか意味が分からないほど脆弱だ。俺なら向こう側へ行って物を盗む方法なんて何百と思いつく。


「全くだ……長い間商売をやっているが、まさかこんなに立て続けに踏み倒されるとはな。担保を取っておいて正解だったさ」


 質屋にも色々な種類があるが、俺が選ぶのは個人証明がいらない質屋だ。

 この種類の質屋は役所からの認可を受けていない。だから、この店主は俺の名前を知らないし、俺も店主の名前を知らない。


 役所から認可を受けていないこともあって、色々なものを質に入れることが可能だ。

 盗品であると質屋が分かっていたとしても、利益が出そうなのであれば彼らは質を受け入れることが多い。ただし、認可されていない以上、仮に相場以下で質に入れられたとしても役所は何の保証もしてくれない。自業自得の世界である。


「……で、今日はどんな品を?」


「ああ、これだな」


 俺は盗品が入った布袋をガラスの衝立の下から店主に手渡す。

 店主は布袋の重量を手で感じると、不気味な笑みを浮かべた。綿の厚い布を台に敷くと布袋の中身を並べる。


「ほほう……これはこれは中々ですねえ……」


 質屋ではなく宝石商に言って買い取ってもらっている盗賊もいるようだが、俺は足がつく可能性を恐れてあえて質屋にしている。特に貴族から盗んだ宝飾品だとオーダーメイドしている場合も多いからだ。

 貴族がオーダーメイドを頼んだ宝石商に、盗んだ宝飾品を売りにでも出してみるといい。下手すれば貴族から目をつけられてこの町では身動きが取れなくなるだろう。


 宝飾品を見て、何百といる職人の癖を見抜き、あえて作成したところとは異なる店に売ることが出来るほどの目利きがあればいいのだろうが、俺はそんなリスクはとりたくない。多少価格が落ちたとしても、顔見知りの質屋に入れたほうが良い。


「俺の店の最上級のシルクを持って行ったんだ。それぐらい担保に入れて当然だろう」


「ええ……これはいい品だ」


 俺は商人として演技をしているのは、このような質屋を使う商人が少なくないからだ。

 商売で担保を受け取ったりすると、その担保が盗品なのかどうか分からない。商人は自分の商品に対して目利きはあるだろうが、担保の品物が盗まれたものなのかどうか、当たり前だが知る由がない。


 下手に役所公認の質屋で換金して盗品だった場合、盗賊の仲間だと言われたりする。

 直接罰せられることはないが、世間の目が冷たくなる傾向があるのだ。だからこそ、自分の個人情報を出さなくても良いこのような質屋は商人に重宝されている。


「……これぐらいでどうですかな?」


 店主は二本の指を立てる。中金貨二枚といったところか。

 裏営業の質屋としては妥当な価格設定だ。


「店主さん、もう少し色を付けてくださいな。これじゃ取られたシルクの売価にも届きません……いつもお世話になっているじゃないですか。ほら、もう少し頑張れるでしょ!」


 今まで黙っていたメッテがここで口を出し始める。

 一応ここでは俺の妻で通っているので、彼女も商人らしく振舞っている。


 これぐらい図々しくしても、嫌な印象を生まないのはうらやましい。恐らく彼女が持っている才能なのだろう。

 彼女は演技をしているのだろうが、実際商人になっても通用するとつくづく感じている。


「……へへ、ご婦人に言われちゃったら頑張んないとですねえ……では、これで如何でしょう?」


 店主は右手の二本指はそのままに、左手で三本の指を立てた。

 中金貨2枚に小金貨3枚をおまけするという意味だ。


 メッテは眉間にしわを寄せ、納得していないかのような表情を見せる。


「うーん、ちょっと失礼しますね……」


 そういうと、メッテは店主の左手を握り、折っていた小指と親指を力づくで立てる。

 若い女性に手を握られたのにびっくりしたのか、店主は少し震えていた。


「これでいいでしょう!」


 右手は二本指、左手は五本指、つまり中金貨二枚に小金貨五枚だ。

 役所公認の質屋でもこれぐらいの価格を出せるところは中々ないだろう。

 

 店主はため息をつきながら、中金貨二枚と小金貨五枚で契約書を書いた。

 質入れの契約書になっているが、この店主とは暗黙の了解で買い戻すことはしない。質流れ前提の契約である。


「ご夫人には敵いませんね……」


 俺はメッテと目線を合わせる。

 メッテは商人の笑顔を浮かべているが、心の中ではガッツポーズをしているに違いない。


「……ああ、俺も尻に敷かれてばかりさ」

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