第二話 公爵の宝箱

 グランテ公爵の家は控えめに言って豪邸だった。グランテ公爵は八つある公爵家の中でも一番二番を争うほどの政治力があり、それに応じた富も保証されていることは知っていた。


 敷地面積は下手をすれば一つの街が作れてしまうのではないかというほど大きい。家よりも庭園が占めている面積のほうが大きく、中央には噴水が置かれていた。敷き詰められた色とりどりの花から察するに、庭師は毎日泣きながら手入れをしているに違いない。


 庭園の中に財産を隠すという例がないわけではないが、基本的にはやはり家の中に重要なものを置くものである。第一、盗賊の仕事は金目の物をかすめ取ることであって、この家で最も高値のものを持って帰るということではない。

 俺が盗んだ品物がナンバーワンではなくて、ナンバーテンぐらいのモノだったとしても問題はない。相応の金が俺の財布を潤してくれれば成功である。


 門番もいれば、壁のいたるところに有刺鉄線が張り巡らされているため、警備が頑丈そうである。

 だが、いつもの仕事に変わりはない。有刺鉄線を切ってしまえば帰り道も確保され、やり方としてはスマートかもしれないが、俺はなるべく手掛かりを残さない主義だ。有刺鉄線に石をぶつけて軽く揺らし、刺激を与えても警報装置の類がならないことを確認する。


 レザーアーマー用のぶ厚い皮で作った手袋を手にはめ、有刺鉄線をがっつりつかむようにして素早く壁をよじ登る。ドラゴンの鎧も有刺鉄線の鋭利な棘を通すことはない。俺は体に傷一つつけず、公爵家に侵入することが出来た。


 公爵家で空いている部屋は事前に調査済みだ。

 二階の東向きの角部屋がどうやら空き部屋になっているらしく、そこからであれば容易に侵入できるだろう。


「こりゃ厄介だな……」


 俺は窓の留め具を細い糸鋸で切断すると、人一人分の大きさがある窓を開け、空き部屋に入る。


 公爵の息子がどうやら昔に住んでいたようだが、公爵の後を継ぐための経験として、現在はグランテ公爵管轄下の領地を転々としているらしい。やけに生活感はあるものの、大事なものは旅のために持ち出されているに違いない。

 噂では息子の旅の理由は家出らしいが真偽は不明だ。唯一わかるのが、当分息子は帰ってこないということである。


 では何が厄介かというと、この家の面積である。

 ただでさえ面積が普通の民家の数十倍ほどあるというのに、二階建てときた。父さんとの訓練の結果、探知能力はかなり鋭くなったもののそれでもある程度ハズレを引く覚悟で各部屋を探索するしかあるまい。


「さて……」


 俺は布袋から清潔な靴下を取り出して履くと、靴を布袋の中にしまう。


 足跡は散策ルートがばれてしまうだけではなく、足の大きさや履いている靴の種類もバレてしまう。

 現行犯逮捕だけが逮捕条件だが、手口がバレて下手にマーキングされたり、何かしらの防衛策を取られたらたまったもんではない。窓の留め具は切断せざるを得なかったが、それでも切断後の留め具は現場に残さず持ち帰ることにしている。


 俺は豪邸の散策を始める。

 広いとは言っても、大体どこから手を付けるかは目星がついている。


 一つが公爵様の寝室だ。

 理由は単純で、貴重品であればあるほど自分の行動範囲内に置こうとするのが人間の心理だからである。加えて財布やアクセサリー類などは携帯することが多いので、自分の寝室に置いておいたほうが身支度が楽だということもある。


 俺は二階の西側に配置された最も大きい扉まで音を立てずに歩くと、しゃがんで布袋を開く。

 この公爵の睡眠時間も既に調査済みなので、今公爵はどうせ夢の中なのだろうが、このままカギを開けるのは二流がやることだ。扉の向こうに何があるかわからないのであれば、扉の向こうの状態を自分にとって安全な場所であることをしっかり確定させてから侵入しなければならない。


 俺はマントで鼻を抑えながら布袋から、液体化された睡眠薬を取り出す。

 紙で作ったストローを睡眠薬の瓶にさしこみ、その先端をドアの下にくぐらせた後、睡眠薬を流し込む。寝室内で睡眠薬が気体化すれば、寝室に侵入したとしても公爵は気絶しているも同然である。象が鳴いたとしても、起きることはないだろう。


 この母直伝の睡眠薬は素早く気化することが特徴だ。

 睡眠薬が部屋の中に充満するのを待つ間に、俺は扉を開ける準備をする。


 扉の鍵を開けるのに何を使ってもいいのだが、いつも通りワイヤーで仕事をすることにしよう。

 適当な形を作って、ドアに差し込んでいきながら、感触と音で徐々に適切なカギの形を作っていく。ここら一帯は同じ鍵屋に工事を依頼しているから、大体どのような仕掛けで、どんなカギの形なのかはおおよそ検討がついている。こんなに簡単な仕事はあるまい。


「……カチャッ」


 鍵が開く音と扉が開く音を最小限にしながら、俺は寝室へ侵入する。


「……グゴオオオオオ!! グオオオオオ!!」


 室内全体を震わせるようないびきが響き渡る中、俺はさっさと仕事をすることにした。

 箪笥から金貨が入った袋と金銀宝石がちりばめられたアクセサリー類を自前の布袋の中に次々と放り込んでいく。

 ここはスピードが勝負だ、少しでも金目になりそうなものがあればさっさと持ち帰ったほうがいい。


 盗んだものがアタリなのかハズレなのかは帰ってから品定めしても遅くはない。


 睡眠薬の効果で、ハゲた公爵が一向に起きる様子はない。

 ただし、一つ難点を上げるのであれば、俺も呼吸が出来なくなるということだ。痕跡が残らないよう睡眠薬は無臭なため、自分が睡眠薬を吸っているのか吸っていないのか自覚症状がないのだ。今は作り慣れたからやらかさないが、昔はよく睡眠薬の調合中に眠ってしまっていた。


 申し訳程度にマントをマスク代わりに口を隠すように巻いているが、恐らく効果は薄いだろう。俺はこの寝室にいる間はずっと呼吸をしていない。これも一つ叩き込まれた技術ではあるが、十五分程度であれば息を止めることも可能だ。


「……ったく、悪趣味だな」


 箪笥を調べれば調べるほど、変な物が次々と出てくる。ナイフやら鞭やら、はたまた血の付いた釘などが散らばっていた。決してオカルトなどは信じていないが、流石に薄気味悪いと感じてしまう。


 あらかた散策し終えた俺は、何事もなかったかのように部屋を後にし、扉を閉める。

 もちろん箪笥の物も盗品以外は場所も元通りにしてある。理由がない限り痕跡は残さないほうがベターだ。


 俺は金庫部屋に向かうことにした。よく使う小物などは自室管理でいいが、これぐらいの豪邸になると財産を自室で管理するのは難しい。そのため、金庫部屋として別だしすることが多いのだ。通常は自室の棚の裏などに隠し扉などを用意するものだが、この公爵はどうやら自室の近くに配置していないらしい。困ったものだ。


 このままトンずらしてもいいのだが、流石に戦利品が公爵の財布とネックレスだと単なるスリと変わりがない。せっかく侵入したのであれば、侵入した盗賊らしく大きめの魚を狙いたいものだ。


「ここか……」


 俺はとりあえず地下室に行ってみることにした。人目にさらされる心配もなく、厳重に戸締りがされている。何重にも扉が重なり合っており、その各扉に高度なカギがかかっている。俺からしたら単なるおもちゃでしかないのだが、一般人であればここをすり抜けることは不可能に違いない。


 俺はなんだかんだでおもちゃを楽しみながら、最後の扉を開ける。


 するとそこにはランプ一つで照らされた密閉された空間があった。


 薄暗いその空間に金目のものは一つもなく、あるのは壁に飾られたモーニングスターや鞭などの拷問器具だけ。壁の石罪にはところどころ血痕が残っており、トイレは完備していたが、うまく流れていないのだろう。部屋に糞尿の匂いが充満していた。


 ふと、部屋の隅に目を配る。


「あ、あなた……誰ですか?」


 そこにはボロボロの麻の服を着た、背丈の小さい少女が静かに座っていた。

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