第二章 盗賊と貴族
第一話 敵なしの盗賊
――4年後。
世間はとある事件に沸いていた。
1年ほど前からずっと金持ちを狙った盗みが多発し、犯人がいまだに捕まっていないのだという。その金持ちから奪われたと思われる金品は貧しい村の井戸の底に沈めてあったり、はたまた奴隷商から奴隷を大人買いするために使われたのだとか。
指名手配を出そうにも、誰一人犯人を知らないし、何の手掛かりもない。
そのため指名手配書は町の各地に張られているが、あくまでも事件が発生したらその盗賊を捕まえるのに協力をしてくれ、というなんとも情けない指名手配書になっている。
盗賊という職業はあれど、盗みは当たり前のように犯罪なので逮捕される可能性はある。
だが、公安は基本現行犯逮捕だけを対象にしているため、盗賊を指名手配するのは非常に珍しい。そもそも社会で盗賊が職業として認められている以上、盗賊を指名手配するのは暗黙の了解でタブーになっていたのだが、そのタブーに踏み込んだ公安はまさにお手上げ状態だった。
今日はあそこの地主が被害にあった、明日はあそこの商店の店主が被害にあうんじゃないか。
セイズのいたるところでそんなことばかり話されていた。
「今日も……仕事しに行くの?」
俺は装備を整えると、メッテが用意した夕飯に手を付ける。
このスープは昔よく母さんが作ってくれていたやつだ。メッテも昔から俺の両親と交流があったから、俺のいないうちに料理を教えてもらっていたのかもしれない。今に至っては過去の話だ。
「……ああ」
俺はスプーンを手に取り簡単に返事をする。
家は昔から変わっていない。母さんと父さんがいたときと、何も変えていない。
「……今日はどこへいくの?」
「東のはずれにある公爵家に行く」
行く前に俺が今日行く予定の場所を聞くのが最近の日課だ。
メッテは一緒に住んでいるわけではないが、よく頻繁に俺の家を訪れ、一人になった俺の世話をしてくれている。
「そう……なんだ」
俺が行き先を答えると、メッテはいつも悲しげな表情をする。
悲しくなるのであれば聞かなければいいのに、と思ってしまうが、俺に気を使ってくれている手前、言い出すことが出来ない。
「……危険じゃない? 大丈夫?」
「……大丈夫だ。お前も、もう十分知ってるだろ」
メッテはうつむきながら、俺の向かい側の席に座る。いつも母さんが座っていた席だ。
「そう……だけど」
4年前のあの日、俺は洞窟から帰ると父さんと母さんに徹底的に盗賊の技術を仕込んでほしいと懇願した。
とうとう本気で盗賊になる決意が出来たか、と父さんと母さんは喜び、そこから厳しい訓練が始まった。
両親とは言え、両方とも一流の盗賊だった彼らの特訓は容赦なかった。父さんからは盗賊の技術全般を学び、母からはコミュニケーションと偽装の方法について学んだ。
ナイフの使い方で失敗して頬に傷ができ、罠の作り方で失敗して傷ができ、走り込みのときに転んで傷が出来た。毎日ポーションを飲まなかった日はなかったし、薬品を作った日には必ずといっていいほど解毒薬を飲んでいた。そのせいからか、徐々に毒に耐性がついたのは不幸中の幸いである。
父さんと母さんの特訓は実際に口から血が出るほど辛かったが、それもこれも世界一の盗賊になるためだった。
疲労で倒れた日には流石に心配してくれたが、それでも彼らは俺が心から強くなりたいということを応援してくれた。毎日休まず鍛え抜かれた俺は2年で父さんと母さんの全ての技術を習得した。
「やっぱりさ、心配だよ、ゼルのこと」
「……父さんと母さんのことか」
「……うん」
父さんと母さんの全ての技術をマスターした俺に、こなせない盗みなどなかったと思う。だが、俺はクエストをこなすことに専念した。人のものを盗むのではなく、クエストをこなした報酬で盗賊としての名を上げたかった。
実際父さんと母さんの技術はクエストでも活きた。適切な罠や薬品を適切な場所に忍ばせれば大抵の魔獣は倒すことが出来たし、アイテムの散策も徹底的に叩き込まれたので、素材集めなどもそれほど苦労しなかった。宝箱なんて、単なるおもちゃ箱でしかなく、今になってみればなんでこんなものを開けるのに苦労していたのか、不思議に思うぐらいだった。
「父さんと母さんは自分の身を守るために、俺を置いていった。……この後に及んで俺は彼らを恨んではいない」
そんな世間は俺を不気味がった。盗賊のくせして、ベテランの戦士すら避けるような高難易度のクエストばかりを受けて、しかも成功して帰ってくる。誰もが開けることが出来なかった宝箱の中身というおまけ付きである。
世間は俺に嫉妬した。俺に水をかけ、石を投げた。
そして、その被害は俺だけではなかった。俺の父さんと母さんにも、その被害が及んだ。
父さんと母さんはもう俺にクエストを受けることをやめてほしい、普通の盗賊に戻ってほしいと懇願した。俺はもう十分盗賊として強いし、盗みをしても誰にもバレることはないと、そんなことを言っていた記憶がある。
「……普通の盗賊に戻る気はない……んだよね……」
「……ああ」
俺は頑なに拒んだ。盗賊が一生盗みをしても、一生悪者扱いだ。
その根付いた社会の意識を変えることは、絶対に出来ない。
父さんが意見を変えない俺を殴ろうとしたこともある。だが、父さんから直々に護身術を学んでいた俺が安々と殴られるわけもなく、父さんは断念した。
「あの日から、ちょっと、ゼル変わっちゃったからさ。……今でもたまに心配になるんだ」
そして、もめてから数日過ぎたある日、父さんと母さんが家からいなくなっていた。
「あなたは盗賊失格です。さようなら」という置手紙だけを残して。
最後まで彼らは誇り高き盗賊だった。だからこそ俺を認められなかったのだろう。
その日から、何かが俺の中でプツリと切れてしまった。
メッテはいつも言う、俺は変わったと。
自分でも分からないのだ、自分が何なのか。今の自分が自分ではなければ、いったい今の自分は何者なのかと。
いくら考えても分からない俺は、今日も仕事をする。
社会で自分の居場所を探すために、今日も盗みをする。
「……ごちそうさま。美味しかった」
「うん、お粗末様。お皿片づけておくから、お仕事行ってきな」
俺はドラゴンで作った黒い鎧を身にまとい、罠と薬品が入った革袋を肩にかける。
服装の色を少しでも隠すように黒いマントを外に羽織る。これを着ると少しでもレミアン近づけたのではないかと錯覚するが、レミアンのマントほどくたびれてはいない。
「気を付けてね。そこの公爵、すごく変な人だって聞いたことあるの。……捕まらないようにね」
「……もちろんだ。――全力出しにいく」
俺は物音を立てないよう、家の扉を開いた。
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