第六話 強くあるために

「……れ、レミアンさん……?」


「お、良く俺の名前を覚えててくれたもんだな」


 俺がそう名前を呼ぶと、レミアンは笑顔を浮かべた。

 差し伸べられた手を俺が握ると、レミアンは俺の体を思いっきり引っ張り、立ち上がれるように俺を支える。強打した左足は今も力が入らず、右足一本に体重をかけながらなんとか立つことが出来た。


「ど、どうしてここに……?」


 俺はレミアンの顔を見上げながら、聞いてみる。

 黒いくたびれたマントに、腰に巻いた長剣は依然として健在だ。町で初めて会った時の服装と全く変わりはない。


「んあ? ああ、ちょっとこの近くの町に行ったら、どうやらここのドラゴンのせいで鉱物が採掘できなくて困ってるって話を聞いてな。しかもほら、見てみろ」


 レミアンはマントをまくり上げると、傷だらけの鎧がのぞかせる。ところどころ欠けている部分もあれば、鉄でつぎ足したようにも見えた。かなり年季が入っているようだ。


「丁度鎧も新調したいところだったし、町の人助けもそうだが、ドラゴンの鱗の採取もついでにやろうと思ってな。ドラゴンの鱗って頑丈で軽量だからよ。鎧にしたらすげえ便利なんだ」


 レミアンは俺にそう説明すると、大きな布袋を取り出しおもむろにドラゴンの鱗を布袋に詰めていく。

 漆黒に輝くそのドラゴンの鱗で鎧を作ったら、黒いマントと同化して、全身真っ黒になりそうだ。レミアンは一回り小さい布袋を俺に投げると、ドラゴンの死体を指さす。


「お前もせっかくだ。突っ立ってねえで鱗でも持って帰れよ。そんなレザーアーマーじゃ、紙を体にはっつけてるのと同じだぜ? 一部鱗は売って、売った金で防具一式そろえろ。ナイフがあれば鱗の先端を掻っ切れるはずだ……ほら、早く」


 俺はレミアンの指示に従い、両手と右足を器用に使いながら、ドラゴンの死体をよじ登る。

 死んで間もないドラゴンはまだ生暖かく、俺は割と大きめな鱗が多い背中のところで鱗を採取することにした。


 腰に身に着けたナイフを取り出し、鱗をはがすように手で押さえると、その根元を切り取るようにはがしていく。光に当たった鱗は美しく光り輝いて見えるのだった。


「……んで、お前は何してんだ?」


 レミアンは手際よく鱗を布袋の中に詰め込んでいきながら、先ほどの質問に戻る。俺は一瞬適当な返事をしようかと思ったものの、レミアンにはなんだかんだお世話になっている。俺は正直に答えることにした。


「……クエスト中なんだ」


 俺がそう答えると、レミアンは一瞬作業する手が止まった。


「……はあ? クエストだと? おいおいマジかよ。そんな『これからちょっと散歩行ってきます』みたいな装備でクエスト受けるとか、冗談だろ? そもそもこの洞窟はおめえみたいな小僧が入って出られるところじゃねえんだ。町のやつらから聞いたが、この洞窟に入った町の連中は誰一人帰ってこれなかったらしいんだぞ……ちょっとクエスト依頼書見せろ」


 俺は後ろのポケットから、巻物のように畳まれたクエスト依頼書をレミアンに投げる。

 レミアンは見事にキャッチすると、クエスト依頼書に目を通す。読めば読むにつれ、表情が苦くなっていった。


「魔獣討伐って……おいおい難易度Aランクのクエストなんてなんでとってきてんだよ……! 小僧、まさか死に急いでんのか? 前にも変な商人に絡まれてたが、まさか本当はさっさと天国に行きたかったとかじゃねえだろうな?」


「ち、違う! べ、別に俺は死にたくなんかない……」


 俺は必至で否定する。

 死ぬとしても、ドラゴンの足で踏まれて死ぬことは選ばない。


「じゃあ、なんでこんなクエスト受理してんだよ。こんなん、小僧どころか、経験を積んだ兵士ですら簡単にこなせるもんじゃねえ」


 ベテランの兵士ですらてこずる魔獣を一瞬で切り刻むレミアンは一体何者なのだという質問がふと頭の中をかすめるが、今は質問するタイミングではないと察し、胸の中にしまった。


「……一体なんでこんなクエスト受理してきたんだ?」


 レミアンはますます俺が洞窟に入ってきたのを不思議に感じたようだった。

 俺はレミアンと目線を合わせずに、固い鱗と戦いながら答えることにした。


「……見返してやりたかったんだ。酒場の連中を……!」


「見返すって?」


「盗賊は何もできない、薬草の採取だけしていればいいんだって俺たちをバカにするあの連中を!! 盗賊は……盗賊はそんな落ちぶれた職業じゃない!! 俺は……俺は悪くない!! あいつらが……あいつらが悪いんだ!!」


 酒場で侮辱されたシーンが頭の中でフラッシュバックする。自分では頑張って感情を抑えようとするものの、やはり植え付けられた憎しみや屈辱はそんなに簡単には消えない。気づかないうちに俺は声を荒らげていた。


 レミアンはドラゴンの背中を跨いで、俺の近くに座り込む。


「ちょっと顔貸せ、小僧」


「へ?」


 ……パアァン!


 レミアンは全力で俺の顔を平手打ちした。

 強烈な音に俺の脳内にジーンという甲高い音が鳴り響く。


 突然の出来事に俺は茫然としていた。

 叩かれた左頬に徐々に痛みが染み出してくる。


「小僧、てめえな!! 親にもらったその命、下手したら酒場の酔っぱらいをぎゃふんと言わせてやるっていう、くだらないプライドで失うところだったんだぞ!! 盗賊だからじゃねえ、てめえが単なる大馬鹿ものなんだよ!!」


「でも、でも……!」


「『でも』も、クソもあるか!! あと一分俺が到着するのが遅れてみろ、お前は今頃地面と結婚してるころだ!! 」


 実際レミアンがいなければ俺は既に死んでいたのだろう。

 でも、レミアンには俺の感情を知ってほしかった。この人であればわかってくれるんじゃないかと、そう期待していた。


「でも、レミアンさんは言ったじゃないか! 優しい盗賊になれって!! ……俺はもう盗みたくないんだ。だから、クエストで、俺もできるって、見せつけたかったんだ!!」


「……小僧、いいかよく聞け。今、小僧が何をやっても無謀だ。どんな親切なことをしようとしても、小僧はそれを成し遂げられるだけの力も、技術もない」


 レミアンの言葉に、俺はぐうの音も出なかった。

 今回のクエストだって、しっかり情報収集をしてドラゴンの生態に合わせた薬品を作っていれば成し遂げられただろう。ナイフで戦わなくとも、帰り道に念のため罠を仕掛けておけば、結果的にドラゴンを仕留められたかもしれない。


「……」


 俺には慎重さも、技術も、機転も、何もかもが欠けていた。

 レミアンの言っていることが全て正しい。それはわかっていた。


 レミアンは俺の肩を掴み、目線を合わせる。

 その顔はいつにもなく真剣だった。


「もっと強くなるんだ、ヘンゼル。世界で一番の盗賊になれ。――人に優しくしていいのは、強くなったやつだけの特権だ」


 その言葉は俺の心に突き刺さる。


 そうだ。俺は社会で認められたいのだ。

 家ではなく、社会での自分の居場所を見つけたいのだ。盗賊である俺の居場所を。


 もっと強くなれば、最強の盗賊になれば叶えられる。

 レミアンが俺を認めてくれる。


 俺はそのとき誓った。

 ――世界一強く、世界一優しい盗賊になると。

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